「大丈夫、楽」
「いや、悪い」
「ほら、水。薬は?」
「さっき飲んだ。悪い」
「もう、さっきからそればっかり。いいから。できるの?」
朝起きた時に真っ先に謝って来た楽は、普段から白い顔を不自然に紅潮させて、時折何かを堪えるように眉間にしわを寄せた。どうやら、過密スケジュールのせいで風邪を引いたらしい。休んだ方がいいのではないかと説く自分たちを説得してできると宣言したのは楽の方だったから、自分たちはフォローに回るしかない。
「なんか、天が優しいと気持ち悪いな」
「何? 今すぐ厳しくしてあげようか?」
にこりと笑みを浮かべてやると、ふ、と何かを逃すように息を吐く。やはり、体調は良くないのだろう。いつもより会話のテンポが鈍くて、反応も鈍い。軽く地を叩いているのは、わざとなのだろう。天自身それに気が付いているから、いつも通り振舞ってやっていた。
「いや、いい。あと天。できるかって、聞いたな」
「聞いたよ」
「誰に聞いてるんだ」
「そう。その返事ができるならいいよ。ボク、スタッフさんに聞いてくる」
疑問に思われない程度に控室から抜け出して、二人の視線から逃れると、一気に体が重くなった気がする。
言い出せなかったけれど、天もまた不調を抱えていた。それも、数日前から。言わなければ、と思っていたけれど、身に染みついた癖はそう簡単に抜けてくれない。言わなければと思うたびに機会を逃して、結局こうして熱が出ても言い出せなかった。本当は朝にでも龍之介に打ち明けるつもりで、それでも大丈夫だと伝えるつもりだったのだけれど。
「大丈夫。ボクなら、出来る」
これまでだって、やってきたのだから。
そう呟きながら、もっと甘えていいんだと説いた二人の顔が頭に浮かんできて、静かに口を閉ざす。
大丈夫だ。自分は不調に慣れている。それに対して楽は明らかに不調に戸惑っていた。同じグループのメンバーなのだから、助け合わなければ。熱に浮かされた思考では、それが天自身にも適用されるはずだとは終ぞ思いつかなかった。
あれこれスタッフと相談し終えて控室に帰ると、楽は先ほど見た時よりも顔色が回復しているように見えた。薬が効いてきたのだろう。
「遅かったな」
「話し込んじゃって。顔色、よくなったね」
「あぁ。心配かけて悪かったな」
「それ、薬のおかげだから。あんまり無茶な事すると、悪化するから。キミは今日一日大人しくしてて」
少し冷たいいい方になってしまった、と気が付いたときには、既に遅かった。潤んだ瞳は成人男性と言ってもなぜか少し可愛らしくて、天の兄心が擽られる。
「……っ」
「ごめん、いい方きつかったね。……無理しないで、って、言いたかったんだ」
「わかってる」
「熱があるとき、体が言うこと聞かないもんね。天もちゃんと謝れて偉いね」
「っ」
不意に頭の上に載せられた手に、びくりと体が震える。静かに見開かれていく龍之介の瞳は、確かに天の瞳を捉える。
「天」
「なんでもない」
「天?」
「水、買ってくる」
逃げようとした手を掴まれて、背中を冷たい汗が滑り落ちる。
「俺も、一緒に買いに行くよ」
だから話してね、なんて副音声が、聞こえた気がした。