昨日の日記で書いた通り、見たい映画が山ほどあるのでさっそく見てきました。
今日見てきたのはこれ!
わたくし人形使いはマーベルコミックス作品やDCコミックス作品に関してはそれどほど多くを見ているわけではありません。というかマーベルコミックスとDCコミックスの違いもよくわかってなかったりする。
しかし今回の「ザ・フラッシュ」はなんだか面白そうだったので見に行くことに。
ところでなんで自分がフラッシュを知ってるのかわからないんですけどどこで知ったんだっけな……? 誰か知りませんか?
「超高速で動けるヒーロー」と外見は知ってるんですが、どこでそれを知ったのかほんとに覚えてない。
さて感想なんですが、結論から先に言うと、マーベルコミックスやDCコミックスの知識があまりなくても単品として面白かったです。
まず、「超高速で走り続けることでタイムトラベルできる」っていうアイデアの接続がよかった。「超高速で走り続ける」と「タイムトラベルできる」というふたつの要素は意外に相性がよく、理屈も通ってたのですんなり納得できました。
さらにそれに気づくきっかけが「自暴自棄になって走り続けたら偶然気づいた」というのがフラッシュのヒーローとしての未熟さも表現しててよかったです。また、冒頭の崩壊する病院からの救出劇もフラッシュの能力を視聴者に説明すると同時にコミカルなシークエンスもあって楽しめました。ネタバレですが犬は無事です。
また、ここで同時にフラッシュことバリーの不満やコンプレックスもさりげなく描いているのがうまい。
そして過去に戻れることを知ったバリーは、過去に死んでしまった母を救うべく過去に戻るのですが……。
個人的にアメコミヒーローは現代の神話と呼べる位置づけにあると考えています。そこから考えると、本作はいわゆる「タブー破り」の神話類型に属するものと考えられると感じました。
「過去を変える」というのは代表的なタブーの一つであり、バリーはその誘惑に耐えられず過去に戻ってしまいます。案の定それでめでたしというわけには行かず、お約束の「過去の自分に出くわしてしまう」から始まるさまざまなトラブルに巻き込まれてしまいます。
過去の自分が能力を身に着けないと自分が能力を失ってしまうため、未来のバリーは過去のバリーにも自分と同じように落雷事故を経験させ、能力を身に着けさせます。つまり本作にはふたりのフラッシュが登場するわけですが、このふたりのフラッシュによる戦闘シーンがまた素晴らしい。……しかしそんな戦いの中で、過去のバリーは未来のバリーの制止を振り切って何度も時間を巻き戻し続けることで、最終的には複数の時間軸と宇宙が衝突して消滅してしまうという事態に。
これらのたくさんの時間軸と宇宙が衝突するシーンに、歴代スーパーマンやスーパーガールなどが登場するというファンサービスは歴史あるシリーズならではでしょう。長髪のスーパーマンなど見覚えのないスーパーマンもいたので、分からなかった仕込みネタについてはあとからまとめサイトで確認することにしましょう。
そして最終的にバリーは歪んだ歴史をもとに戻すために、最初の交差点となった「母が買い物に行くのを止めるために、買い忘れたトマト缶を買い物かごに入れる」という行為を修正し、トマト缶を元の位置に戻します。
これによって過去のバリーによる時間逆行の繰り返し、それによるダーク・フラッシュの誕生、そしてマルチバースの衝突は回避されるのですが、それはつまりバリーの母がふたたび死んでしまうということ。時間逆行による過去改変は前述の通り大きなタブーであり、その代償としてバリーに課せられたのは、間接的にとはいえ自分の母が死んでしまう事件の発端を自分の手で作ってしまうというあまりにも残酷な行為だったという……。
タイムループで過去の決定的な事件に出くわすというのはやはりお約束ですが、その発端がトマト缶1個というのが奇しくも劇中でバリー自身が言及したバタフライ理論そのものというのがまた皮肉。
アメコミ世界においてヒーローと悲劇は切っても切れない関係にあるというのは、作中でマイケル・キートン演じるバットマンが口にしたとおりなわけで、そうした意味ではバリーは「やり直しを繰り返す」というループを断ち切り「過去を振り返らず前に進む」という道を見出したことでヒーローとして一歩成長したんじゃなかろうかと思います。
時間系SFに登場するキャラクターの大きなモチベーションになるのはもちろん「過去の過ちを正す」であり、その帰着点は「過去の過ちを受け入れる」となるもの。本作ではそれを映像、そして文脈としてしっかり作品の背骨として通したのが見事でした。