抱けーーーーーっ!! 抱けぇーーーーーっ!!!!
 唐突に気ぶりじじいになってしまいましたが、見た人は分かるでしょうこの気持ち(パッション)。分かれ。
 というわけで見てきました「グリッドマン・ユニバース」。ネタバレと言うほどではないものの、TLに作品の内容に関わる感想が流れてき始めたので、早目に見ておこうということで見に行きました。
 公開からまだ日がない作品ですし、内容には大きなサプライズもありましたが、けっこう情報が出回っているのでまあいいかな。ネタバレ全開で行くので各自注意してくださいな。
 こないだ見てきた「劇場総集編 SSSS.DYNAZENON」のエピローグからつながる、「SSSS.GRIDMAN」のその後の世界に「SSSS.DYNAZENON」の面々が迷い込む、というお話。
 で、見終わって思ったのが、本作は大きく分けて3つの側面を持っている作品だな、ということ。なので、感想もまたその3つの側面ごとに分けて書いていこうと思います。
 まずひとつ目が、「青春群像劇」という側面。
 本作はひと目見てわかる通り「怪獣が出たぞ! パンチだロボ!」な作品なわけですが、キャラクターの絡みも非常に大きな魅力となっています。
 分けても、本作での大きな主軸になっているのが「裕太と六花の恋愛模様」です。
 「SSSS.GRIDMAN」本編ラストで明かされた通り、「響裕太」とされていたのは実はアレクシスの攻撃によって分割されたグリッドマンの一部。なので「本来の響裕太」の物語は語られてはいなかったわけです。本作は「本来の響裕太」の物語が初めて語られるストーリーとなっています。
 「本来の響裕太」は本編である「SSSS.GRIDMAN」2ヶ月間の記憶がなく、本編の記憶を持っているのはあの世界=コンピューター・ワールドで内海と六花のふたりだけ。
 しかし、そんな中で裕太は疎外感を感じることもなく学園生活に溶け込んでいます。そして、そんな彼の最大の関心事は、冒頭で内海に打ち明けた通り「六花に告白すること」。世界がどうこう怪獣がどうこうより失った記憶がどうこうよりも「好きな子に告白する」というのが最大の関心事であり目的、というのが実に等身大の高校生という感じで眩しすぎる……ナンデ……ワレハ……アアジャナイ……。
 などと嫉妬のあまりに白面の者になってしまうほどに、本作における青春群像劇の眩しさは目に染みるものがありました。特に「SSSS.DYNAZENON」の面々も巻き込んだ文化祭の準備がこれまた楽しそうでなあ……。
 「文化祭の前日」と聞けば我々の業界では当然「ビューティフル・ドリーマー」なわけですが、「怪獣が出現する」「巨大ロボットに乗り込む」「別の世界の住人が現れる」といった非日常すらもこの「文化祭の前日という非日常」に取り込まれているのが印象的でした。
 そんな非日常の中で、本来の響裕太として六花と関係を深めていく裕太の姿は微笑ましくも眩しいものでしたね。また、冒頭で内海に六花に告白することを明かしたときに「遅い」と言われてしまったように、本来の裕太には2ヶ月分のロスがあるんですよね。記憶を失いながらも学園生活を楽しんでいる裕太の言動のそこかしこにこのことに対する焦りが見え隠れしてるのも上手いと思いましたし、だからこそラストでいよいよ告白してどうなる!?という場面には、見ているこちらも怪獣との対決以上に手に汗握ってしまってうっかり気ぶりじじいになってしまいました。
 そんな裕太と六花のカップリングに対するのが「SSSS.DYNAZENON」の蓬と夢芽のふたりですね。裕太と六花の二人とは対象的に、蓬と夢芽のふたりはすでに告白を済ませて晴れて恋人同士になっています。そしてもうその関係にきっちり慣れているのが冒頭の登場シーンの遠慮ないやり取りでしっかり分かるようになってて大きくなったねえ……となぜか親戚のおばちゃんになってしまいました。
 しかも、本編ではあまり他の人に心を開かない印象のあった夢芽が、蓬と付き合っていることを気負うことなく明かしたり、六花を気遣ったりしてるのが成長というか変化を感じられて良かったです。このへんはもう思い出すだけで白面の者になりそう。
 青春群像劇として印象的だったのはそれだけではありません。「SSSS.DYNAZENON」では不意の別れとなってしまったガウマさんと蓬くんの再会がまた泣かせるんだ……。「SSSS.DYNAZENON」が合流してきたあとの夜に、ひとり眠れない蓬くんとガウマさんの会話シーン、本作でいちばん好きかもしれん。あとこのシーンのガウマさん、やたら色気が増してないか?
 あと、ラストバトル後のよもゆめのやりとりがまた最高なわけですよ。
「わたしがお呼ばれしちゃっていいの? 家族で食べるんでしょ?」
「うん、だから夢芽も一緒にって」
 このあとの夢芽の表情見るだけでも映画館に行く価値はありますぜ。蓬くんたぶんそういう意図はゼロで言ってるんだろうな……眩しすぎる……。
 また、付き合う付き合わないのラブコメ展開におけるひとつの大きな節目となるのが「パートナーの下の名前呼び捨て」なわけですが、裕太も蓬くんもそれはすでにクリアしてるんですよね。
 じゃあどうするかというと主人公ふたりのお互いの下の名前呼び捨てですよ! しかもクライマックスで!!
 熱いバトルが繰り広げられる本作ですが、個人的にここが最高の燃えポイントでした。
 まあこのように、本作は青春群像劇、あるいはラブコメとしても非常に楽しめる作品でした。怪獣が出たり巨大ヒーローに変身したりするものの、あくまで彼らが立っているのは彼らの日常、彼らの青春であり、だからこそ彼らは自分たちの日常、自分たちの青春を守るために戦うわけですよ。
 それを象徴しているのがスタッフロールのあとのアレでしょう。あれで完全に日常が戻ってきた感が出るのが好き。あと観客席からも笑いが漏れてたしな。
 ふたつ目が「巨大ヒーローアニメのお祭り作品」としての側面。
 スタッフロールに「ヒロイック作画」なんて役職があることからも分かる通り、本作におけるバトルシーンは巨大なヒーローと怪獣のぶつかり合いをゲップが出るまで楽しめる作品となっています。
 まあなにせ「ウルトラマン」の円谷ですから、巨大ヒーローと怪獣のバトルの巨大感と重量感は素晴らしいの一言。個人的にすごいと思ったのは、今回登場する怪獣「ドムギラン」とのバトル。
 この怪獣は俊敏な動きを得意としているわけですが、巨大感と重量感は非常に強く結びついています。したがって、キャラがあんまり素早く動くと見ている側からすると重量感が失われてしまうもの。しかし本作におけるVSドムギラン戦はスピード感と重量感を両立した迫力あるバトルを楽しめました。これなんでだろうな? キャラじゃなくてエフェクトや倒壊するビルなどの周りの演出で重量感を表現してるのか?
 怪獣のデザインそのものも良かったです。最初に出てくる怪獣である「ディモルガン」の姿を見て「あれ?」と思わなかった人はいないでしょう。続いて出現するドムギランも同じように、明らかにグリッドマンと似通ったデザインをしている。また、パンフレットによれば名前もまた「GRIDMAN」のアナグラムになっている。
 このデザインがよもや本作のストーリーに大きく関わっているものだとは読めなかった、この海のリハクの目を持ってしても。
 もちろんグリッドマン側も魅力的。巨大ヒーローとしてのみならず、合体変形巨大ロボットものとしての魅力を祭りだワッショイとばかりに全部盛り!
 パンフレットを見れば、登場する形態は全部で10種類+アルファとまさに大盤振る舞い。しかも、形態が多彩なだけでなく技や攻撃の種類も豊富で見てて飽きません。そして合体変形のギミックがまたたまらん。連結部を内部から見たカメラアングルとか最近ではなかなか見られないのでそっち方面のリビドーが十二分に満たされました。
 そして本作における最大のサプライズ! まさかのアカネくん&アレクシスさん参戦!!しかもアカネくんはなんか魔法少女みたいな変身バンク付きですよ。
 「SSSS.GRIDMAN」ラストにおいてコンピューター・ワールドから去った彼女、まあおそらく何らかの形で登場するとは思ってましたがまさかこう来るとは。しかもいったん現実世界に戻ったのでいきなり実写で登場というまさに度肝を抜かれる登場でした。というか本作最初の「TRIGGER」のロゴがアップになるところで人間の目っぽいものが見えててて気になってたんですが、あれって現実世界側のアカネくんの目だったんですね。
 そして、この現実世界から介入してきたアカネくんと会話をするのが裕太というのがまたいい。アカネくんと関係の深いキャラと言えば当然六花なんですが、ふたりのあいだでやるべきことは「SSSS.GRIDMAN」本編ですべてやりきっているんですね。さらに言うなら「SSSS.GRIDMAN」本編の裕太=グリッドマンもアカネくんと関係深いキャラではあるものの、やはり本編でその関係は終わっている。ということを考えると、「SSSS.GRIDMAN」本編の記憶がない本来の裕太にとって、実はアカネくんは伝聞でしか知らないもっとも縁遠い立場なんですよね。この辺は、後に述べる本作の3つ目の側面につながっていくわけですが後述。
 アカネくんと縁深いキャラとしては言及せずにはいかないのがナイトくん=アンチくんですよ。そりゃあアカネくんが助けに来てくれていちばん嬉しかったのは彼でしょうよ……。二人の別れのシーン、アカネくんが何も言わず頭を下げるナイトくんの頭をわしゃわしゃしてあげるのがまたいいんだ。
 アレクシスさんも「SSSS.GRIDMAN」本編ではどこか憎めないところのある悪役でしたが、本作でもそのどこかすっとぼけたところは健在。「やあやあどうも六花の父です」じゃあないんだよ。
 「SSSS.GRIDMAN」の主題歌「UNION」には「君を退屈から救いに来たんだ」というフレーズがありましたが、まさに退屈からコトを起こしたアレクシスさんは、本作で文字通り退屈から救われたとばかりにアカネくんとともに大暴れしてくれました。そしてアカネくんと同様に、その去り際もまた良し。
 本作は間違いなく「SSSS.GRIDMAN」「SSSS.DYNAZENON」両作品のキャラが一同に会するお祭り作品でありますが、お祭りには寂しさを伴う終わりがつきもの。そういうところまで含めて、本作はお祭り作品だったんだなあと思います。
 そして3つ目の側面、それこそが本作が表立ってはアピールしていないものの、本作の本質とも言えるものだと思っています。それはずばり「フィクションという概念の扱い」です。
 本作は別にメタフィクション的な構造を持つ作品ではありません。しかし、本作における「フィクション=架空の物語」という要素は非常に重要な部分に据えられていると感じました。
 例えば本作の舞台となる「SSSS.GRIDMAN」本編終了後のツツジ台という世界。
 「SSSS.GRIDMAN」本編にて、あの世界はコンピューター・ワールドという架空の世界であって、そこに暮らす人々もまたレプリコンポイドという人工生命体であることが明かされています。こうした世界観を持つ作品で、アカネくんが帰還した現実の世界ではなく本来の裕太たちが過ごす架空の世界であるコンピューター・ワールドの方を舞台にする
=現実世界ではなく架空の世界に比重を置くというのは非常に珍しい展開だと思います。
 これ、「グリッドマンユニバース」という作品それ自体がフィクションであることを考えると、本作の舞台となるツツジ台、ひいてはそこに暮らす人々の存在は、「フィクションの中のさらにフィクション」という二重にフィクションであると言えるんじゃないでしょうか。
 そしてそんな彼ら彼女らが、作中で文化祭の出し物である演劇台本「グリッドマン」というフィクションを作っているという構図には、何かしら薄ら寒いものを感じました。しかも六花が書いた脚本「グリッドマン」の初期稿は、よりによって「リアリティがない」という理由で却下されているという……。
 考えてみれば、こうした世界観で「自分の暮らしている世界が架空の世界であることを知っている」という六花と内海もけっこう異質な存在ですよね。
 従来の作品なら、自分の慣れ親しんだ世界が架空のものであると知ったらそこから脱出して現実世界の戻るというのが当たり前の流れなわけですが、その役目は「SSSS.GRIDMAN」本編のアカネくんにのみ与えられ、六花と内海は自分の暮らしている世界=自分の人生そのものが架空のものであると知りながらなお彼らの日常を過ごしている。
 多くの場合、フィクションの世界は脱出するべき世界、現実世界は戻るべき世界という構図になるもの。実際アカネくんにとってはそういう構図でした。しかし、架空の世界のはずのツツジ台=コンピューター・ワールドは未だ存在しており、そこを架空の世界と知っていながらそこで暮らし、そこを守ろうとする若者たちがいるという本作の構図には、「創作作品はフィクションで架空のものであるのは承知の上で言うが、彼ら彼女らは紛れもなくスクリーンの向こう、モニタの向こうで生きている」というメッセージを感じました。
 得てしてフィクションというものは偽、現実こそが真という扱いになりがちですが、ある意味ではフィクションもまた紛れもない現実であると本作は語っていたように思えます。
 それを補強するのが、テレビや演劇を見ながら涙を流す裕太や内海の姿であり、アノシラスの「人間だけがフィクションを信じられる存在である」というセリフだと思います。
 また、本作の「SSSS.GRIDMAN」の世界に「SSSS.DYNAZENON」の面々が入り込んでしまったという異常事態の原因についてもフィクション/現実の側面から色々思ったことがあります。
 この異常事態の原因は実はグリッドマン自身であり、グリッドマンの合体能力が彼自身の制御を離れて拡大した結果、内部に無数の平行世界が内包されてしまったことが終盤で明かされるわけですが、これにも「コンテンツの過剰な拡大」という意味があるように思えます。さらに本作のラスボスとなる、怪獣「マッドオリジン」の「グリッドマンは私のモノだ!」という叫び、これにも「グリッドマンというコンテンツを専有・独占しようとする企業ひいては商業主義」という側面があるんじゃないでしょうか。……考えすぎかこれ?
 このように、本作はさまざまな側面を持つ作品だと言えます。単純にお祭り作品というだけでなく、「SSSS.GRIDMAN」と「SSSS.DYNAZENON」の世界観の違い、「文化祭の準備期間」という日常における非日常感、現実とフィクションの対応関係など、作品内外に対してさまざまな思いを巡らせることができる作品でした。
 電光超人の方はちょくちょく見てたもののあまり記憶がないんですが、パンフレットによれば電光超人グリッドマン全39話にちなんで、39か所ネタが仕込んであるそうなので、今度はその辺を探して見てみようかなと思ってます。
 いやー予想以上にまとめるのが難しかったな今回……。要素が多いんだよなこの作品。
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TOHIOシネマズ梅田「グリッドマン・ユニバース」バトルゴーしてきました!
初公開日: 2023年04月02日
最終更新日: 2023年04月07日
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