金がねえ。
 昼休みの五分前くらいから、嫌な予感がしていた。授業が終わるまで、デンジは不確定な財布の中身の金勘定に囚われ続けていた。
 昨日、夕飯の食材を買うためにレジで開いたのが最後だった。その時の記憶が正しければ、只今の所持金はおよそ百十円プラス一円玉が何枚か。おそらく、購買で買うことができるパンの最安値を切っている。ちなみに最も安いパンは、百三十円の塩パンだ。こんなことなら、途中でコンビニに寄っておにぎりでも買えばよかった。自身の迂闊さが空腹の胃をきゅるきゅると這い回る音を聞いた。
 腹の音を覆い隠すように、チャイムが鳴る。それを合図に、机の横にかけたカバンから急いで財布を取り出し、真実を確かめる。
 虚しいかな。予想通り、そこには百円玉一枚ポッキリと、十円玉ゼロ枚。あとは五円玉が二枚と、一円玉六枚。計百十六円。二回女子の椅子になればパンが買えるが、二十分経つ頃には全て売り切れているだろう。
 乱雑に広げられた教科書とノートの上に、ため息がひとつ転がる。
 海に沈めた網縄が破れた時のように、わらわらと教室を出ていく級友たちに紛れて、デンジはとりあえず席を立った。廊下は人で溢れかえっている。制服姿の行き交う狭い通路をぼんやりと歩きながら、せめて飲み物くらいは腹に入れておきたいな、と階下の自動販売機へと足を向ける。空腹には慣れているはずなのに、いつから自分は我慢が効かなくなってしまったのだろう。多分、静かな教室で腹が鳴ることの恥ずかしさを覚えてしまったせいだ。最初は気にならなかったが、あまりにも気にしなさすぎても女子にモテないのだと気づいたのはなんでだったっけ。
 先客がいた。
 その後頭には見覚えがあった。先日、デンジは同級生の女と休日に出かけたが、長い黒髪をゆるく二つに括った彼女はまさしくその人である。
 その女は、ボタンを押そうと人刺し指を立ち上げた状態で、ぴたりと静止していた。次順を待っていると言うには少し離れた距離で足を止め、様子を伺うように待つ。女は迷っていた。どれを買おうか、なかなか踏ん切りがつかないらしく、女の人差し指は煌々と光るサンプルのパッケージの上でふわふわと彷徨っては、突然動きを止め、諦めたように肩の横あたりに戻る、という一連の動きを繰り返した。
 優柔不断が過ぎるだろ。空腹も手伝ってか、苛立ったデンジは上履きの足を数歩前に進めた。呼びかけようと息を吸う。女の手が再度、持ち上げられたところだった。ピンク色のパッケージの前で、指先が迷うように揺れた。
「おいアサ」
「わっ」
 ピッ。がこん。
 白くて細い指先は、ピンクの一段下のボタンに着地した。
「やっと買えたか」
「あ、ああっ…アンタ……何してくれちゃってんの……」
 振り返ったアサは、信じられない、と言いたげな顔で口をわななかせていた。自販機の蛍光灯のような白い光が、彼女の整った輪郭の半分を縁取り、高い鼻と震える唇を境目に、顔に落ちる影を色濃くしていた。一刻も早く胃に何か物を入れたい気持ちに駆られていたデンジは、彼女のそんな様子もお構いなしで一言、「どけ、邪魔」と言った。アサは不服そうにきっ、と睨んで、一歩横にずれた。
 買うものはもう決めてあった。廊下に出た時からもうずっと頭に思い描いていたイチゴ牛乳だった。百円を投入して、間違えることなく一直線にボタンを押すと、彼女が購入した際と同じように、ピッ、がこん、と音が鳴った。
 買った紙パックを、屈んで拾い上げる。理不尽に退くように言われ、自身の買ったものを回収する間もなかったアサの分も一緒に出す。無糖の缶コーヒーだった。
「ん」
 隣で立ち尽くしていたアサに戦利品を渡す。渡しきる前に、彼女は先程と同じ表情のまま、無言で勢いよく奪い取った。
 んだよ、礼もなしかよ。
 心で軽く舌打ちをして、紙パックの背中に付いたストローを指で引っ掛けて剥がす。ゴミだけ捨ててから行こうと、小さなビニールを破って自販機の横に設置されたゴミ箱にそれ捨て、伸ばしたストローをアルミで閉じられた穴にぶすりと挿す。
 なんだか、ずっと見られている。
 視線を感じて、デンジは呑気に話しかけた。
「オマエ、コーヒー飲めんだな」
 すげえな、泥みたいな味しねえ? と続けると、少し間を置いてから、彼女が言った。
「しない」
 おもむろにプルタブを開け、腰に手をあて、グビグビと喉を鳴らして飲み始める。まるで牛乳のコマーシャルに出てくる健康優良児のようだった。
「おお、いい飲みっぷりだな」
 そう言ってやると、傾けたブラックコーヒーの缶の角度はどんどんキツくなる。鋭く、美しく弧を描く顎のラインがさらに上向く。
 ぷはっ、と一息つく。こちらを見て彼女が言った。
「コーヒーも飲めないワケ? ダッサ」
「はあ? ダサくねえよ」
 負けじとこちらもストローを咥えて、中身を吸い上げる。美味い。求めていた甘さはこれだ、という味がする。飯のお供にするには少し甘ったるいが、空腹を紛らわせ、程よく疲労した脳みそにエネルギーを補給するにはちょうど良い糖分量だった。睨み合って眉間に皺がよる。飲み物を持つ手にも自然と力が入り、パックがぺこっとへこみを作る。
 ふと、気づく。
 睨み合うのに飽きて目を逸らしたアサが缶から口を離したとき、一瞬、ぺろ、と舌を出したのを見逃さなかった。唇を頑く引き結んで、顔を歪め、眉根を寄せた。
 コレ、見たことあんな。前はもっと露骨にヤベエ顔してたけど。コーヒーはえずくほどではないらしい。
 隙が見えたことに、思わず破顔する。既に表情を元に戻し、しれっと第三陣を流し込もうとする彼女に、こう
言った。
「それ、貸せ」
「なんで」
 「なんで」も何もない。ただ、やろうと思ったからそうする。デンジの行動原理はいつもそうだった。
「いいから」
 下げられた缶を奪い取り、持っていたイチゴ牛乳を差し出す。
「は? 何コレ」
「それも飲みたかったんだろ」
 悪かったな。そう一言謝罪すると、アサは驚くように目を見開いた。少し迷ってから「じゃあ……一口……」と断りを入れて、パックを受け取ると、おずおずとストローに口を付けた。
「クソあめえからいい口直しになんだろ」
 言った途端、静止する。アサの耳がじんわりと赤らむ。
 あ、間接キスか。
 急に、落ち着かないのか、アサの伏せた目が不自然に泳ぎ出す。伏せているからもちろん目の動きがはっきり見えるわけではない。しかし、長いまつ毛が瞬きに揺れるから、彼女の動揺が手に取るようにわかる。
 デンジは、意識することもなく飲みかけを手渡した自分に感慨深いような気持ちを覚えた。気づいてからは、流石にちょっと照れたが。
 アサは今更やめられなくなってしまったのか、一口どころではなく、三、四、喉を鳴らしてそのまま飲み続けた。泳いでいるのは目元だけで、それ以外の、少し内側に入った肩や、内股気味の足、パックを持つ手は呼吸でも止めたかのように微動だにせず、そのまま銅像でも作れそうだった。
 吸い差しのタバコを分け合う行為を囃し立てたこと。ゲロキスをチュッパチャップスコーラ味に上書きされたこと。いちいち胸を高鳴らせていたあの頃とは違う。違うけど。
 でも、マキマさんみたいにゃなれねーなぁ。
 上書きできたかどうか、イチゴ牛乳が彼女のファースト間接キスなのかどうか。尋ねる勇気まで、持ち合わせてはいない。
 舌の表面に膜を張った、絡まるような甘さ。その下で眠る、人工的な甘味料の炭酸の泡が、シュワ、と弾けた。
 
 
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12:51
ななし@3b6698
これは何
12:57
ななし@3b6698
あ、麦子です
13:44
由良
喋っているんだけど聞こえてます?
15:05
むぎ(麦子)
???
15:11
むぎ(麦子)
テスト
15:45
むぎ(麦子)
今聞こえてる!!
16:01
むぎ(麦子)
でも音質が変だわ
17:07
むぎ(麦子)
初めてのプラットフォームすぎてオロオロしちゃった
18:41
むぎ(麦子)
なんかやってたから覗きに来ただけなんだけど今別のことしてるので抜けるね よかったらまたやってくれ〜
89:19
むぎ(麦子)
やほー まだやってる?
158:43
由良
ラストスパートだ!!
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デンアサ「紙パック イチゴ牛乳味」
初公開日: 2023年04月01日
最終更新日: 2023年04月02日
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コメント
テスト。ワンドロお題「コーヒー」にチャレンジ中(一時間ではおわらなそう)。自販機の前でアサと遭遇して、コーヒー飲めないのに頑張って飲んでいるアサに破顔して、買ったイチゴ牛乳あげるデンジ視点のデンアサを描こうとしています。基本黙って書いていますが話しかけてくれたら話します。