駅前広場に着いた。久しぶりにポニーテールにまとめてきたから、首筋が少し寒かった。ストールが緩まないように締めなおす。
 広場には、一か月前と変わらず移動販売車が群れている。私はその中にクレープ屋を見つけ、空いているようだったので寄ってみた。
「いらっしゃいませー」
 私の気配に気がついて、クレープ屋のおじさんはこちらに向き直った。私の顔を見て、探るように尋ねてきた。
「……君は、バレンタインの?」
「はい!あの時はありがとうございました!」
「よかった。サプライズはうまくいったのかい?」
「おかげさまで!」とピースサインを返す。
 一か月前、すなわちバレンタインに、先輩にほんのちょっとのサプライズを催した。先輩は気づいていないと思うけれど、クレープ屋のおじさんの協力がなければできないサプライズだった。お店としては、お金をもらった後に商品を渡すのが、食い逃げ対策の普通のやり方だ。お客さんを追いかけづらい移動販売車ならなおのこと。けれどこの店員さんは、私のサプライズのためにその禁を破ってくれたのだ。
「大成功でした!今日はあの時の人とデートなんですよ!」
「それはよかったじゃないか!……よし、ちょっと待ってて」
 浮かれる私に、おじさんは一口サイズの小さなクレープを作ってくれた。半分に割ったいちご飴がくるまれた、試作品なんだそうだ。
「丸々ひとつあげたいけれど、ご飯に行くかもしれないからね」
 私は改めてお礼を言って、広場の外れのベンチに向かった。
 そういえば、今日は何をするんだろう?
 ベンチに座り、クレープを食べながらぼんやりと考える。
 まさか、先輩がデートに誘ってくれるなんて。想像以上だ。
 想像していたのは、ホワイトデーのお返しのものをもらうことだけ。お返し欲しさのバレンタインでは決してなかったけれど、先輩は律儀だから。何かをもらえばそれに見合うよう返礼をする人だ。……仮に、含意がなかったとしても。
 クレープの残りを口に放り込む。飴の食感が面白い。
 先輩。想像以上のことをしてくれるってことは、想像以上の関係を期待していいんでしょうか?
 ――あつい。
 糖分を摂ったせいか、変なことを考えたせいか。多分顔も真っ赤だ。先輩に見られたくないから、ストールをほどいた。火照った首筋に、冷たい風が気持ち良い。
 ぴとっ。
「ぴゃっ!?」
 首の後ろに急激な冷感が走った。しかもじんわりと濡れている……!
 反射的に掌を首に当てながら、ベンチから飛びのいて後ろを振り返る。
 そこには、先輩が立っていた
 缶のサイダーをこちらに差し出すような格好で固まっている。やがて先輩は、堪えきれないという感じで笑い出した。
「……はは。いや、なんというか、ごめん。そんなに驚くとは……あはは」
「あははじゃないですよもう……」
 先輩が私の首筋にサイダーを当ててきたらしい。先輩の笑顔を見た嬉しさと、変な声を聞かれた恥ずかしさがごちゃ混ぜだ。心のうちを悟られないように、少しおどけて言った。
「ホワイトデーのお返しはどんなデートだろうってわくわくしてたのに。のっけから台無しです」
 先輩は少しだけきょとんとした顔を浮かべ、それからにやりと笑った。
「言ってなかったっけ?今日はお返しじゃない。仕返し、だ」
 次は私がきょとんとする。先輩は私にサイダーを手渡した。
「あの日、無防備な俺の頬にクリームをつけてきたのを忘れたか?それはその仕返しだ」
 意趣返し。先輩の意図が分かった途端、なんだかたまらなく愉快な気分になった。
「あはは!そんなことしましたね!じゃあこれでおしまいですか?」
「まさか。あの日にはクリーム攻撃以外にもやられたろ。……クレープを奢られた」
 奢られたって。
「今日、志村は律儀にクレープ屋に挨拶に行くだろうから、俺はその時にクレープを渡してもらうようお兄さんにお願いしたんだ。志村がやったのと同じようにお兄さんに協力してもらおうとした。けど話だけで十分だからって代金を受け取ってもらえなかった。志村のようにうまくはいかんな」
 つまり私は、前回の企みを看破され、先輩の思い通りに動いてしまったというわけだ。珍しく饒舌な先輩を見た面白さより、悔しさが勝る。
「だから俺はいまから志村に何か奢らなきゃいけない。というわけで志村、甘いものはまだ食べられるか?おいしいバウムクーヘンがある喫茶店を知ってるんだ」
 優しいのか詰めが甘いのか。サイダーを奢ったことは勘定に入っていないみたいだし、あの日私に連れ回されたことへの反撃は考えていないみたいだ。私は精一杯のダメ出しをした。
「仕返しが過剰で、不足です」
「まさか。これで必要十分だ」
 先輩はそっぽを向いて続けた。
「サイダーなんかで済ます気はないし、連れ回されたのは、まあ、楽しかったから」
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船宮真尋
https://www.pixiv.net/users/78241612/novels
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船宮真尋
↑の小説読んでもらえると今回の小説の流れがわかりやすいかもしれない
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船宮真尋
いいや、おしまい!
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船宮真尋
来てくれた人たちありがとう
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船宮真尋
このあとpixivとかにあがります
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