このバイトをはじめてからイベントごとがあまり好きではなくなった。特にうんざりするのはお正月とクリスマス、それからバレンタインデーとホワイトデー。浮かれたような人間がどかどかと押し寄せてはいつもは手にすることのないきらびやかな装飾のついたようなお高い商品をつぎつぎカゴに放り込んでいく。レジで待ち構える死んだような目をしたわたしたちには目もくれない。時には会計が遅いと怒鳴り散らす者さえいる。
そうして過酷な労働から解放されたわたしたちに残されているのは、その場で倒れ込みそうになるほどのひどい疲労と売れ残って半額になった商品たちだけ。あれだけいたお客さんの誰にも買ってもらえずぽつんと置かれたケーキや高級かまぼこやチョコレートたちを見ていると、なんだかかわいそうになってきてついつい手を伸ばしてしまう。
そして、明日はまさにそういう日だった。二月十四日のバレンタインデー。しかもいつもの食品レジじゃなく催事のレジ。昼から先輩が来てくれるけど朝はワンオペ。ひとりでレジを打って、包装をして、お客さんからなにかきかれたらその対応をしなければならない。狂っている。
わたしがバイトしているスーパータカノは大型店舗で近くに競合店もないから、この地域の人間はたいていこの店にやってくる。つまりバレンタイン当日までチョコを用意していなかった愚か者たちが一同に会するのだ。その愚か者どもをひとりやふたりでどうにかしようという判断はあまりにも間違っている。去年の反省がまったく生かされていない。
明日はきっととんでもなく忙しいだろう。もしかしたら休憩もろくにとれないかもしれない。下手したら残業かーー。ああ、想像するだけでおそろしい。
といったことをぐるぐる考え続けてもう二時間になる。夜の十二時に布団に入ったはいいものの、明日のバイトがあまりにも嫌すぎてちっとも眠くならない。そうこうするうちに起きられるか微妙な時間帯になってしまった。人員不足で常にシフトに余裕はないから、遅刻したり当欠しようものならチーフに殺されるかもしれない。子持ちの主婦ならともかく学生バイトに人権はない。ならこのまま起きているほうがいいだろう。
わたしはベッドから体を起こしてスマホを片手にリビングに向かった。ヒーターをつけてソファにごろんと横になる。動画サイトをチェックしていると、『かんたん! クランチチョコのつくりかた★』だの『本格フォンダンショコラのレシピ』だのバレンタイン関連の動画が目に入ってくる。
昔はよく友達につくっていたけれど、高校生の今はあんまり縁がない。周りの子は誰もつくってこないし、甘いものが苦手な子もいる。だから毎年スルーしてきたけれど。
わたしは吸い寄せられるように一本の動画を再生する。タイトルは『初心者でも挑戦できる生チョコの作り方』。余計な前振りもBGMもない無骨な動画だったが、シンプルな分わかりやすくていい。これならわたしでも作れるかもなと思いつつ、七分の動画を食い入るように見る。
実は明日で退職する先輩がいる。この春から県外の大学に進学するからバイトを辞めるのだ。この先輩にはいろいろ仕事を教えてもらったし、年が近いこともあって仲良くさせてもらっていた。シフトの休みを合わせてふたりで遊びに行ったこともある。だから、最後に先輩にチョコを渡せたらいいかもしれないなと思った。