窓のない部屋。
 第一発見者が異常に気づいたときには確かに唯一の出入り口であるドアには鍵がかかっていた。
 血まみれの床。
 割れた花瓶。
 その中に倒れ伏す被害者。
 密室殺人。
 そうした状況から事件の証拠、そして犯人の動向を見つけ出す存在、探偵。
 しかし、その場には探偵はいなかった。いるのは、苦渋の表情で押し黙っている警察関係者、発見者。野次馬すらも同じ表情をしている。
 いくら待っても、探偵は来ない。
 そう、探偵は不在なのだ。
 数々の犯罪現場に足を運び、犯人の痕跡、その意図、その行動をわずかに残された証拠から見つけ出す卓越した能力を持つ存在、探偵。
 その探偵が、急激に数を減らしている。
 探偵の不足は、すなわち世界規模の不可能犯罪の指数関数的増加を招いた。
 増加し勢力を増した犯罪組織の手によって、探偵は次々に殺されていった。生き残った探偵も、そうした状況を恐れ、一人、また一人と探偵を辞めていったのである。
 結果、探偵の不足による犯罪の増加、犯罪の増加による探偵の不足という悪循環が構成された。
 この悪循環によって世界中で発生する犯罪は増加したが、その弊害はそれだけにとどまらなかった。
 完全犯罪の容易化である。
 事件の謎を解明してくれる探偵の圧倒的不足によって、世界中で不可能犯罪が横行……正確に言えば、従来なら不可能犯罪になどなるべくもなかった稚拙な仕掛けの犯罪すらも解決できなくなったため、不可能犯罪として処理される事件が爆発的に増加したのだ。
 世界各地で発生する多くの犯罪は未解決事件となっていった。より正確に言うなら、「未解決事件となるハードルが大幅に引き下げられた」ということになる。
 探偵の不足が探偵の不在になるのに、そう時間はかからなかった。
 事件操作能力を大部分を探偵に依存していた警察組織の能力、そして社会的信用は地に落ちた。それをせせら笑うように――否、実際にせせら笑いながら、勢力を増した犯罪組織や個人の犯罪者は、競うように犯罪を繰り返していった。
 今や世界中には、あらゆる場所に不可能犯罪という名の未処理の謎が転がっている。
 そしてその謎を解き明かしてくれる探偵は、もういない。
 警察が――否、社会がこの未曾有の探偵不在に対してとった施策は、新たに探偵を生み出すことだった。探偵を教育・輩出するための専門的教育機関を設立、すべての高等学校に探偵に関する専門知識を学び探偵を目指すための専門コースの設置、さらにはあらゆるメディアにおいて探偵の魅力をできる限りの方法でアピールした。映画館で公開される映画は有名女優主演の新作よりも探偵が登場する古典的なミステリーが優先して選ばれ、子供向けアニメのヒーローやヒロインも探偵をモチーフにしたものが爆発的に増えた。
 ……そこまでして社会が得たのは、完全な失敗だった。いくら探偵のイメージアップを行ったとしても、それだけでは探偵は生まれなかった。正確に言うなら、「探偵」という肩書を持った者が増えただけだった。
 そこでようやく人々は気づいたのだ。
 必要なのは、探偵という肩書ではなく、探偵としての能力であることに。
 そこから、「探偵不在」という事態を解決するためのアプローチは大きく形を変えることになる。
 
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