この少年の異様な姿にも何も言わずに、おじいさんとおばあさんは私たちの世話をしてくれた。
わたしも少年も着の身着のままで逃げ出してきてボロボロだった服の代わりに、自分の服を仕立て直して新しい服を作ってくれた。
お屋敷で着ていた豪華な服とは大違いのツギハギだらけの服だったけど、どんな豪華な刺繍よりも、どんな美しいフリルよりもそのツギハギはきれいなものに見えた。
これからのことを心配するわたしに、おじいさんとおばあさんはずっとここにいてくれていいんだよ、と言ってくれた。その顔を、わたしは一生忘れることはないだろう。
「わたしたち、ここにいていいんだって……もう二人きりで逃げ続けなくっていいんだって……」
そう言って少年の、黒い毛と鉤爪の生えた手を取って、わたしは涙声で言った。
少年はあいかわらずなにも話さなかったけれど、わたしたちは間違いなく幸せだった。
見えない檻に閉じ込められたわたしと、見える檻に閉じ込められていた少年。
そんな檻から抜け出して、逃げて。
ようやくわたしは、ううん、わたしたちは……本当の家族を、安住の地を見つけたんだ。
そう、思っていた。
薄いシーツに身を包んで眠っていたわたしは、扉越しに聞こえる物音で目を覚ました。
おじいさんとおばあさんの住んでいる家は壁が薄くて、周りの物音がよく聞こえる。だからわたしは、はじめはさほど気にしていなかった。
けれど……なんだか、得体の知れない悪寒がする。しかもこの悪寒には、なんだか覚えがあるような気がした。
それがなんだかわからないまま、わたしはベッドを抜け出して、部屋にあるたったひとつの家具である机の上に置いてあった燭台を手にとって、恐る恐る部屋のドアを音を立てないように少しずつ開いていく。
頼りなく揺らめく蝋燭の炎が照らし出す決して広くはない家の中は、もうわたしが自分の家だと思っていた場所とは思えない、なにかこの世ではないような不気味なところに見える。
一歩を踏み出すのが、怖い。
このままベッドに戻って、頭からシーツをかぶって眠ってしまいたい衝動が、わたしの足首をがっちりとつかんでいた。そして明日の朝目を覚ませば、またいつもどおりの日常が、本当の家族の日常が始まる。そういう思いが、わたしが次の一歩を踏み出すのを阻んでいた。
でも、わたしが次の一歩を踏み出す前に、そんなことはお構いなしに事態は動いた。
蝋燭の明かりが映し出すその向こう、ゆらりと揺らめく影があった。
「……っ!!」
燭台を取り落とすのをなんとかこらえて、わたしは空いた手で自分の口をがっちりと抑える。そうしなければ、悲鳴どころか心臓が口から飛び出してしまいそうだった。
もうわたしは叫びだすのを抑えるのに必死で、そこから一歩も動けなくなっていた。あまりの恐怖に、頭の中がじんじんと熱くなってきた。
そんな中、わたしは他人事のように気づいた。さっきから感じているこの悪寒に、覚えがある理由を。
同じだからだ。
わたしが初めて、あの礼拝堂の地下に足を踏み入れたときと。
そう気づいた瞬間、頬にひんやりとあの地下の冷たく湿った空気の感触が蘇ってきた。
あの地下の鼻の奥を刺激するカビ臭いにおいが蘇ってきた。
――わたしの体が、あの地下を思い出している。
不意に、自分が生まれ育ったあの屋敷を、それを囲む森を少年と一緒に抜け出て、おじいさんとおばあさんのもとにたどり着いてから今までの生活が、夢か何かだったような気がしてきた。
ほんとうはわたしはまだあの屋敷にいて、偶然見つけただけのただの地下室で自分の生活を、人生を変えてくれる何かがいると信じ込んで、夢遊病者みたいにさまよっているだけなんじゃないか。本気でそう思えてきた。