新横浜でも駅から離れた鶴見川沿いにその公園はあった。
 昼間は子供連れのママ友がちらほらと集うような小さな公園である。子供を遊ばせるための遊具も低年齢向けの小さなものしか置いていない。日課の散歩に、あるいは買い物帰りにそこに集っていた親子たちも日が暮れたこの時間には姿を消し、オフィス街の裏手にあるその小さな空間は夜の間人々から忘れられた空間になる。いくらか周りが栄え始めているとは言ってもビルの隙間に忘れられたようなぽっかりと空いたその場所は人々の意識から遠のくのだ。
 その小さな公園に足しげく通う者がいた。者といっても吸血鬼。高等吸血鬼ドラルクは今日もその公園に畏怖練と称して訪れていた。
「今日はちょうどいい風が吹いているね、ジョン」
「ヌン!」
 晩秋の川沿いには冷たい風が吹いていたが強風というほどのものではなく、空にかかった月は冷たい空気の中で冴え冴えと光っていた。
 その月光に照らされて小さな滑り台がある。小学校に上がる前の子供が遊ぶような小さな滑り台だ。ほんの数段の階段を上がり、大人では一人立つのがやっとの狭いてっぺんに立つと、ドラルクはトレードマークの黒いマントを翻した。川面を渡る風がちょうどそこで巻き上がり、マントをふわりと膨らませる。
「我こそは真祖にして最強の吸血鬼…!」
 その細い体から精一杯の声を出してまさに名乗りをあげようとしたその時。
「誰が最強だよ。最弱の間違いだろ」
 通りに面した茂みが揺れて、赤い帽子が覗いた。ロナルドだった。
「やぁ、どこに行っていたんだね?起きたらいないものだから」
 小さな滑り台の上でマントをはためかせていた吸血鬼はそう言って振り返った。
 いつも通り日が落ちてから目覚めたら若造の姿は私室にも事務所にもなく、部屋は真っ暗だった。最近は日が落ちるのが早いからまだそんなに遅い時間ではなかったのだが。
「ちょっと買い物に行ってたんだよ。そしたらお前が見えたから」
 ロナルドはかさかさと落ち葉を踏んで公園に入ると、大きな樹の下にあるベンチに腰掛けた。そこからは小さな滑り台や砂場がよく見える。
 昼間なら子供たちを遊ばせる母親たちが語らうベンチだが、今は男二人しかいなかった。ロナルドはどっかりとそこに腰掛けて家みたいにくつろいでる。このベンチも今やロナルドにとっては馴染みの深い座り心地だった。なにせ、ドラルクはしょっちゅうこの公園に来るのだから。
「どうした?続けろよ」
「いや、こういうのは誰も見ていない時にやるものじゃないかね?」
「何を今更照れてんだよ」
「照れてなどおらんわ!」
 いつも通りの掛け合い漫才みたいな二人の会話を月と使い魔だけが見ている。
「では…よく聞けよ!」
 ドラルクはゴホン、と咳払いをすると冷たい秋の空気を肺にいっぱい吸った。
「我こそは真祖にして最強の吸血鬼、ドラルク!わが街新横浜の平和を守るのはヴァンパイアロードたる私の務め!」
「お前の街じゃねぇ!」
 客席から野次が飛ぶ。
「いや、もう私の街と言っても過言ではないだろ?何年いると思ってるんだ、この街に」
「居住年数の長さで所有者が決まるもんでもねぇんだわ!」
「じゃあ、何か他の言い方があるかね?」
 うーん…ロナルドは少し考える仕草をすると、ベンチから立ち上がり滑り台へと歩み寄った。
「じゃあ、こういうのはどうだ?偉大なる吸血鬼退治人の相棒にして伴侶、ヴァンパイアロードドラルク」
「は?伴侶?」
「今日からそう名乗れ、って言ってんだよ」
「わ!上がってくんな、ここは私の練習台…!」
 大人一人でも狭い滑り台の上に、ロナルドが上がってきた。狭いお立ち台の上にぎゅうぎゅうに詰まりながらロナルドはポケットに手を突っ込むと、中から小さな箱を取り出した。ちょうど手のひらに収まるくらいの小さな箱、よく指輪が入っている…。
「そう名乗って…貰えませんか?クソ砂」
 滑り台の上でロナルドはドラルクの左手を取り、その手袋を外すと手の甲に口づけた。間近で見るロナルドの顔は月明かりでもはっきりと分かるほど真っ赤に染まっていた。
「驚いた…君はそういうの興味無いのかと思ってた」
「そんなわけあるかよ!これでも、ちゃんと考えてたんだ」
「まさか付き合った人とは全部結婚を考えるタイプ?」
「知るか!付き合ったことあるのも、お前が初めてなんだから」
 ロナルドの恋愛における初めては全てドラルクだった。心の柔らかい部分に踏み込む感情を抱くのも、体を繋げるのも、将来を誓うのも。
 恋人同士とはいえ、仕事の相棒でもあり、ドタバタと毎日を過ごすうちに何年も経ってしまった。共に在ることに契約は必要ないが、何かちゃんと形に残る繋がりが欲しいとロナルドは思ったのだ。
「で、返事は?」
「では…今度からそう名乗ることにしよう。我が伴侶、ヴァンパイアハンターロナルドくん」
 ロナルドは小さな箱を開くとそこからプラチナの指輪を取り出した。内側にはドラルクの名前が刻印してあり、紫色の小さな石が嵌め込まれていた。
「これは?」
「アレキサンドライト。夜と昼の顔を持つ宝石なんだって」
 全てはジュエリーショップの受け売りだがその話を聞いた時にこれしかないと思ったのだ。深い紫色と明るい緑色を合わせ持つ宝石。同じものを嵌め込んで自分の名前を彫ったものがロナルドの指にも輝いていた。
 ロナルドは震える手でドラルクの手を取ると、それを枯れ木のような薬指に嵌めた。
「ふふ…本当だ。見る角度によって色が変わるんだね」
 それを月光にかざしてドラルクは満足げに微笑んだ。誕生日の夜にプロポーズしようなんて相変わらずロナルドくんはロマンチストだな、と思いながら。
「誕生日、おめでと…ドラルク」
「うん。ありがと。ロナルドくん…」
 かくして、小さな公園の小さな滑り台の上で二人は永遠の愛を誓ったのであった。
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