あの少年の存在を知っているのは、お父様とわたしだけだろう。ほかにあの少年のことを知っている人がいるとしても、彼に食事を与えたり世話をしたりしている人はいないはずだ。そして少年は、あの檻の中から自力で出ることはできない。
 だから。
 だからもし、わたしがこのまま引き換えして、このパンとスープを少年に与えなかったら。
 そして明日も、明後日も、その次の日も……あの少年のところに行かなかったら。
 誰からも食べ物を与えられることのない少年は、そのまま飢えて死んでしまうだろう。
 つまり――。
 自分の喉が、ごくりとつばを飲み込む音が、不自然に大きく頭の中で響いた。
 あの少年の命は、わたしが握っているのだ。
 そのことに思い至ったとき、わたしは初めて自分の膝が震えていることに気づいた。指先がしびれていることに気づいた。呼吸が乱れていることに気づいた。
 ふるえる自分の両手を見下ろす。
 今まで、この屋敷の生活で、わたしのもの、わたしだけのものと呼べるものはなにもなかった。
 お父様が決めたスケジュールがわたしのすべてで、お父様が決めたメニューがわたしのすべてで、お父様が決めたことがわたしのすべてだった。わたしはお父様に、支配されていた。それが当たり前だと思っていた。お父様が望む理想的な淑女になることがわたしのすべてだった。
 ――わたしの人生には、わたしのものはひとつもなかったのだ。
 でも、今は違う。この両手には、ひとりの少年の命が握られている。そして、その命は――わたしが支配しているのだ。
 自分の人生すら自分のものでなかったわたしの、それが当たり前だと思っていたわたしの手の中に、ほかの誰かの命が握られている。
 そのことにわたしは、異様な興奮を覚えていた。立っていられなくなり、夜気に冷えた草の上に両膝を突く。両手で抱きしめた自分の体が、病気にでもなったように熱い。
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