前回の事件では、【記憶の欠片】を集めるごとに蘇ってきた記憶は、夢の中の私によればいつくもに増えた「私」の記憶だったという。だから、この夢の世界には「この私」が知らなかった人妖、行ったことのない場所の記憶があったという。
そして、夢の中に散らばった【記憶の欠片】をすべて集め、夢の中の私の暴挙を止めたことで増えて散逸した私の記憶は統合された……はずだ。
にも関わらず、今こうして、今度はパズルピースという形で再び私の記憶が夢の世界に散らばっている。
思わず私は、反射的に自分の足元を見る。今この瞬間にも、自分の足元が崩れ落ちてしまいそうで。
パズルピースを集めたら、私の姿はかつて私がしてきたさまざまな姿に変わっていった。つまり、これらのパズルピースの正体は……。
私は思わず駆け出した。崩れ落ちる足場から逃げ出すように。
いや――実際にもう、崩れ始めているのだ。私に見えていないだけで。私が知らないだけで。私が気づいていなかっただけで。
必死に【空間】の中を駆け抜ける私の頭の中に、永琳先生の言葉が蘇る。
あなたが実感しているよりも、『自分を増やす』という行為は、デリケートなものなの。
デリケートどころじゃない! 私の知らない、知りようのない夢の世界なんかで、こんなことになっているなんて!
歯噛みしながら、私は必死にパズルピースを集めていった。何度も何度も同じ場所で挑戦を繰り返しながら。
私が増やしてきた頭の数も、もう合計でいくつになったことだろう。おそらく100個は超えているんじゃなかろうか。もちろん、現実世界でそんな数まで自分の頭を増やしたことはない。増やす必要も、そうしようという発想もなかった。
思うにそれは、私の……ろくろ首としての本能、ブレーキだったんじゃないか。
現実世界とは違い、夢の世界ならなんでもありだろう。現実世界でのブレーキが効かなくなる、無視できるようになるなんて当たり前じゃないか。
ドレミーめ! なにが「夢の住人は基本的に感受性が豊かで、かつとっても素直なんですね」だ!
それはつまり、やってることの歯止めが効かないってことじゃないか!
混乱しながらも、私には少しずつ今回の事件の真相が見えてきた。
パズルピースを集めるたびに、私の姿は変わっていく。そのどれもが私の姿だ。ということは……!
崖を飛び越え、シャンデリアを飛び越し、ジャンプ台で飛び上がり、穴に飛び込み――私は夢の世界を突き進んでいく。
そして、最後のパズルピースを手にした瞬間、私の視界は前の事件と同じようにまばゆい光に包まれた。
光が収まったあと、私の目の前にはがらんとした空間が広がっていた。
壁も天井もない、冷たい床だけがある広い空間。床だけがどこまでも広がっている。誰もいない。夢の世界の私も現れる様子はない。
その代わりに、私の懐から集めてきたパズルピースがふわりと空中に浮かび上がった。合計五十個のピースが渦を巻いて飛び回り、ひとつひとつ組み上がっていく。
ピースが組み上がるたびに現れるのは、私の姿だった。
赤いリボンを着けた私。
青いリボンを着けた私。
ハロウィンの扮装をした私。
眼鏡をかけた私。
パズルピースが組み上がっていくごとに、たくさんの私が現れる。まるで、私の思い出をたどるかのように。まるで、私の記憶を巡るかのように。
そう、そこにあるのは私の記憶。
じゃあ……ここにいるのは?
夢の中に散らばった私の記憶を、パズルのピースを集めてパズルを完成させた、この私は?
床を見る。
鏡のように磨き抜かれた床。
その床に映っているのは、赤いリボンを着けた私でも、青いリボンを着けた私でも、ハロウィンの扮装をした私でもなかった。
ない。
頭が、ない。
じゃあどうやって私はこの光景を見ているのかとか、いつの間に頭がなくなってしまったのかとか、そんな考えが一瞬でありもしない頭の中に膨れ上がった。そして私は、絶叫した。
もちろん、頭のない私には、叫びを上げることなんかできていなかったけど。