鍵。
扉や箱に付けるもの。
中にあるものを見られないように、あるいは中に入れないようにするためのもの。
ひとつの鍵穴には、ひとつの鍵が。
何を守り、何から守るのかは人それぞれ。
鍵をかけたいと思うものもまた同様だ。
家を出るときにはドアや窓の鍵をかける。
盗まれたり、誰かに見られたくないものも金庫に入れて鍵をかける。
危険な場所に立ち入らないように鍵をかける。
あるいは、思い出したくない記憶にも。
心と共に封じ、目に触れたくないものに蓋をする。
それは箱の中でも扉の向こうでもなく、掌に収まる錠そのものに封じられるのだ。
再び開かれるその時まで、固く閉ざされることとなる。
かように万能な鍵であろうと、気を緩めてはいけない。
鍵をかけたくともかけられないものだってあるのだから。
人の噂を封じようとしても、いずれどこかで綻びが生じるように。
そして、閉じられたものはいずれ開かれる。
いかに厳重にしようとも。
鍵穴を開く鍵は、鍵によって守れない。
◉
「どうしてまたこんな時間に学校にいるのかなあ、カイキくん!」
「もちろん、都市伝説を調査するためさ!」
神山カイキは胸を張って答えた。
時刻は七時。
怪談話にはまだ早い時間だけれど、小学生だけで出歩いていい理由にはならない。ましてやクラブ活動もとっくに終わり、施錠をされているはずの校内に平然と侵入しているのだから、叱責を受けることも当然だった。
それが担任である教師であるのならば尚更のこと。
カイキと一緒にいる都市伝説倶楽部のメンバーたちも、頷いて賛同する。
「なんでだよー。こんな時間、塾で一人で帰る友達もいるんだし、外にも人はいっぱいいるじゃん! オレばっかり怒られるなんてフコウヘイだ」
「そういうことを言っているんじゃないんだよ」
眉に力を込めカイキを叱っていた古ノ裏門戸──ウラモンは得意げなカイキに呆れてしまい、つい普段の気弱な口調に戻ってしまう。
つい先ほどまで、誰もいるはずのない教室からしていた物音に驚いていたことを、すっかり忘れてしまったようだった。
「もう、仕方ないな……。何度言ってもやめてくれないんだったら、お父さんとお母さんに学校に来てもらうことになるからね?」
ウラモンが言った。
脅しではなく、生徒がいるべきではない時間に学校へ侵入する彼らには何度も悩まされている。まるでそれが自分の使命であると信じて疑わない子供の言い分を宥めるのは、相手が高学年であっても容易くない。
むしろ歳が高い方がより難しい。ただでさえ人一倍恐怖心の強いのに、見回りをしなくてはならないウラモンにとって、彼らの立派なクラブ活動は、悩みの種だ。
「ボ、ボクらも……?」
「言い出したのはカイキくんだよ」
威勢のいいカイキとは違い、小針鈴虫と亀田大は両親を引き合いに出されたことで怯えた様子をみせた。
都市伝説や学校の怪談の調査だと言って、彼らを連れまわしているのは主にカイキの発言がきっかけであるので、言葉に偽りはないだろう。家を抜け出す気概はあっても、彼らの度量は一般的な小学生のものに過ぎないのだ。
「続きは明日また聞かせてもらおうか。もう遅いから家までは送ってあげる。まだ見回りをしないといけないところが残っているから、そうだな。職員室で待っててもらおうか」
「ちぇっ! つまんないの」
「はいはい。すぐに終わらせてくるから、諦めてください」
三人の気配が遠ざかり、ウラモンは大きなため息を吐く。
「はー! 怖かったー! 突然物音がするから驚いたじゃないか……。好奇心旺盛なのはいいことだけど──」
膝はがくがくと震え、涙目になりながらウラモンは振り返り、三人を見つけた場所を見つめる。フェンスの向こうに眠るうさぎを照らさないよう注意を払い、手にした懐中電灯であたりを確認した。
「なんで飼育小屋なんかにいたんだろう?」
◉
翌日。
休み時間に三人はウラモンに呼び出され、こっぴどく叱られた。
最中に「先生が怖かったから怒ってるんだ」と口を滑らせたことが、火に油を注いでしまった。
「いいかい? もう夜に学校に残っていたら駄目だからね」
何度も念を押してから開放される。
予鈴が鳴るので小走りで教室へ向かう後ろ姿に反省の色は見えない。その証拠にけろりとした顔でカイキは言う。
「よし、今夜も学校に行こう!」
「嫌だよう……。今度こそお父さんとお母さんを呼ばれちゃうじゃないか」
「これを見ても?」
カイキはポケットに手を突っ込むと、古びた鍵を取り出した。
「なあに? 鍵?」
「ウラモンの机の引き出しにあったんだよ。猫の写真に埋もれてさ。なんだか怪しくないか」
昨夜に職員室で待たされている隙に、カイキはウラモンの机を勝手に開いていたようだ。
カイキは手の中で弄んでいるが、金属らしい重みがありそうだ。
学内の見回りをすると宣言したのち、すぐに終わらせると宣言したウラモンは結局、長い間彼らと合流することはなかった。
風の音や校舎の軋みにいちいち悲鳴をあげるので、昨夜のようなイレギュラーがなくとも時間はかかっているのだが。
「さすがに泥棒はまずい……、いや、学校に忍び込んじゃうのもまずかったんだけど。さっきあんなに怒られたばっかりなんだよ。やめておこうよ」
「だからだよ! きっと今晩は来るはずがないって思ってるからいいんじゃないか」
鈴虫と大は目を合わせる。
「それに、もしもバレてるとしたらさっき怒られたときに言われてるはずだろ? 持っていかれてることにも気が付いてないだよ。すごく古い鍵だし、大事な儀式とかに使うものかも。この謎を明かすのは、オレたち都市伝説倶楽部の使命だ!」
カイキの勢いを諫める術はなく、三人はさっそく今晩どう家を抜け出すかの計画を立てることにした。
◉
「まったくあいつらも薄情なんだからなあ」
一歩ごとに靴底のゴムと擦れたリノリウムの音が不気味に響く。夜の学校独特の静寂が、いかにも幽霊や妖怪でもいそうな気配を漂わせる。
カイキに乗せられていた都市伝説倶楽部のメンバーたちも、今度こそ親に知られてしまえばただではすまないと恐れをなして、やって来ることはなかった。
「えーっと。学校にわざわざ置いてあるんだ、敷地のどこかに鍵穴があると思うんだけど」
カイキはきょろきょろとあたりを見回す。
無策で見つけられるほど単純ではないと考え、鍵と対になる穴の在処に推測を立てる。
ずっしりと重みのある鍵なのだから、きっと錠も同じくらいに重厚なものだ。
ただ唯一警戒するべき見回りも、懐中電灯を持っているはずの教師にはすぐに気が付けるはずで、警戒心は一段と緩んだ。大きすぎる音さえ立てなければ、どうということはない。相手がウラモンであれば、まさか昨日の今日で侵入しているとも思わないだろう。
「なんだよ。いっつもウラモンは震えてる割に、一人でも変わりないじゃないか」
これまで夜の学校を探検するときには、常に複数人で行動していた。
カイキにとっては暗闇の中のトイレですらも、恐れることはない。
幽霊や怪異といったものは、見えないからそこにいると錯覚してしまうけれど、むしろすぐ近くにこの世のものではない何かがいると想像するだけで興奮するのだ。
その正体がお化けでもUMAでも構わない。
肝試しのみならず、今晩は宝探しまで出来るのだ。怖がっている暇すらもどかしいじゃないか!
「昨日調べようとしてた怪談は見つけられなかったもんね。ウラモンの謎の鍵の正体は絶対暴いてやる」
明りを点けていない照明を握る手に力を入れる。
ポケットに入っている鍵の重みが見方をしてくれているようで、一歩を踏み出すごとに揺れる感覚が楽しかった。
夜を支配する王様になれた気がした。
「鍵って言ってもさー! ドアだけでも何十個あって、教室のロッカーだっていっぱいあって。ヒントもないのに見つけるのは無理ーっ!」
一時間後。
校内のめぼしい箇所は調べつくし、というかそもそも教室のほとんどには施錠がされていて、満足に調査もできないままカイキは廊下で大の字に転がっていた。
辛うじて視界を確保するだけの光を与えてくれていた月も雲に覆われてしまい、迂闊に歩けば転んでしまいそうなほどあたりは暗くなっている。
「古そうな鍵だよなー。学校よりも古いんじゃ……? だったらドアの鍵、とかじゃないのかもな」
寝そべりながらも諦めない。目を凝らして鍵をじっくりと眺め、文字や絵でも書かれていないか観察した。
既に手にはツンとした鉄の臭いが移ってしまうまで調べつくしているけれど、何か見落としがあるのではという希望から、新たな情報を探してしまう。
しかし、いくら見つめてみたところで、ただ古ぼけて錆びた鍵である他には何も分からなかった。
「あー、やっぱり駄目だー! さっぱり分からない……」
のろのろと立ち上がり埃を払うと、どうしたものかと再びカイキは思案する。
これ以上探索してみても得られるものはないかもしれない。
人がたくさんいて怪しまれにくい昼間に調べなおすべきなんじゃないか?
ゆっくりと迫る眠気を感じながら、侵入のために開いている窓へ向かおうとしたところ──
「…………っ!」
口を両手で覆う。
すぐそばに誰かがいる気配はない。
方向からして、何者かはひとつ下の階あたりにいるのだろう。
微かな物音だけだったが、徐々にはっきりと人の声が聞こえるようになってきた。
「ううう……。変な音がしたような気がしたんだけどなあ。ああ、怖いよー……」
「……ウラモンだ」
思わず安堵のため息を吐く。
なるべくならば見つからないままに脱出してしまいたかったけれど、生憎とここはまだ三階で、生身のまま飛び降りられるような高さではない。
急に立ち止まったり、飛び跳ねたり、予想できない動きをするウラモンを掻い潜って校舎を下るのは、簡単ではなさそうだ。
「誰も、いませんかー。…………なんて。いるはずない、よね? いないよね?」
とにもかくにも、廊下の中央で堂々と立ち止まってはいられない。
下の階を見ている隙に、渡り廊下やもう一つある階段へ向かうべきだ。
冷静に、ルートを絞り込む。毎日通う学校だから、地図は苦もなく浮かべられる。
……渡り廊下は危険だ。
まさにウラモンが登ってきている階段の目の前を横切らないといけない。
急いで通れば見過ごされる可能性が高いけれど、「外で目が光った!」と、猫か何かを見つけたショックでいつ駆け上ってくるかも分からないから。
できる限り距離をとっておくのが得策だ。
靴の回収は最悪、違うところから出て靴下のまま回収しに向かえばいい。
なら、残された道はひとつ。
「『踊り場の鏡』の階段」
人通りの少ない側の階段の、二階と三階の踊り場。
そこにある鏡を夜に覗いてしまうと、鏡の中に閉じ込められてしまう──。
有名な学校の怪談のうちのひとつだ。
閉じ込められるのは影だけだとか、自分と入れ替わりでドッペルゲンガーが出てくる、とかレパートリーはあるけれど、この学校では特殊な語られ方をしている。
「鏡に吸い込まれた人は、動物にされちゃうんだって」
飼育小屋で飼われている兎が学校に迎えられた日には、いつも一人ずつ生徒が減っている。行方不明として扱われたその生徒は、人間の姿を鏡に飲まれて動物のまま生涯を終えるのだ。
……昨晩の探索はこの怪談を調べるためのものだった。
巣穴に潜った兎たちは真っ暗で見ることすらも出来ず、ならば鏡の方を、と話しているうちに見つかり大目玉。
失態を取り戻すためにはこれ以上ない好都合でもある。
「よし。行くぞ……」
なるべく音をたてないように慎重に下っていく。
鏡は目視できるほど近くにあるが、今のところ特におかしなところがあるようにも思えない。もしものときの命綱として、手すりを掴みながら足元を探っていくと、苦もなく踊り場まで辿り着いてしまった。
「別に、普通の鏡にしか見えないな……」
試しに手をくっつけてみても、平凡な鏡と同じように自分の姿があるだけだ。
他の学校では四時四十四分に起こる、なんて条件もあるから、もしかすると他にもまだ知られていないことがあるのだろうか。
薄汚れているせいでぼんやりと曇っている他には、何も変わったところがあるようにも思えない。
「鍵…………は、さすがにないか。どこにも挿せるところがないんだもん」
カイキは写真を撮って違うものが映るか、特定の動きで反転して見えないかなど、思いつく限りの鏡っぽい実験を繰り返してみたものの、残念ながら成果はあがらなかった。
「もういい加減に帰らないとなあ......。早くしないと、窓も全部閉められて出られなくなるし」
そうして鍵の使い道も怪談の正体もほどほどに、カイキは鏡から離れることにした。
◉
「で、そのまま帰ってきちゃったんだ」
「これでも手は尽くしたんだよ。まあ......手がかりはちっともだったけどね。で、オレの予想だけど、社会科資料室とか理科準備室あたりが怪しいんじゃないかと思ってる。普段は誰も入れないようになってるし、中もごちゃごちゃと色んなものがあるから隠し物にはうってつけだ」
「ウラモン先生なら、理科準備室はないんじゃない? 教室に入るだけで人体模型の骸骨で気を失っちゃうよ」
「いいや、その裏をかいてってこともありえる」
朝の準備もそこそこに、机の上にランドセルを放り出したままカイキたちは談合をする。
「でもよく先生に見つからなかったよね。絶対警戒されてたよ? ボクならまた見つかっちゃってたもん」
「ああ、それはウラモンだったからだよ」
「どういうこと?」
「すぐに懐中電灯振り回して大変だけど、近くに寄らなかったら大丈夫。勝手に話してるから、一人だと静かでどこにいるかもばっちりなんだ」
「............先生のこと、たまに可哀想に思えてくるな」
小学生に哀れまれる成人男性ほど悲しい存在もいない。
話が弾むうちに教室は賑わいつつあり、やがて出席簿を手にしたウラモンもやってきた。
「先生おはよー!」
「おはようございまーす」
「おはよう、みんな」
八の字に眉を下げた柔らかな笑顔で挨拶を返す。
ざわついていた教室も、チャイムと同時に皆が一斉に席について落ち着きを取り戻した。
「じゃ、あとでまた話そう」
机上を占める荷物を押しのけて椅子に座るまでの間、ウラモンはカイキを見つめていた。
◉
「ねえ、本当に先生にバレてないんだよね?」
十分間の休み時間に、カイキは大に尋ねられた。
「大丈夫だって! 見つからないようにちゃんと気を付けたんだから」
「だといいんだけれど……」
不安そうにしている周囲をよそに、当の本人はどこまでも楽観的だ。
「まだ鍵のことだって気が付いていないんだよ。この謎を解決するまではやめるわけにはいかないじゃないか」
「こっそりでもいいから返してくるべきだと思うんだよ。きっと、先生の大事なものだろうから」
「そうかなあ。案外ただの奇抜な髪飾りってことならあるかもしれないけど」
アクセサリーにしては重みのありすぎるそれは、今もカイキが肌身離さず持っている。
不思議なことに、普通の鍵よりも大きく重量のあるにもかかわらず、はじめからそこにあるべきかのようにポケットの中に収まるのだ。この違和感が鍵がただのものではないというカイキの直感にも繋がっているが、大や鈴虫にとって手放すべき理由にしかならない。
オカルトの話題はいかにも怪しげなことばかりだからか、自然とどう伝えるべきであるのかといった判断が身についているのだ。
仮に鍵が呪いの道具だったりしたところで、一晩中ずっと手にしていながら体調にも変化がなく、危険なものではない。というのがカイキの考えだった。
「万が一高価なものだとか、危険なものだったらすぐになくなったことに気が付いていなかったらおかしいだろう? それこそ鍵を入れた引き出しに鍵をかけていてもおかしくない。なのにちょっとだけ見えにくくしてあっただけなんだ。きっとわけがあるはず」
「じゃあさ、その鍵自体が鍵を入れた箱とか引き出しの鍵ってことはないのかな?」
鈴虫がおずおずと言った。
「鍵が鍵を隠すための鍵……ってこと? なんだかややこしいな」
「カイキくんの言うウラモン先生のすごい力は完全に信じられないんだけど……。それでもずっと着けてる手袋も、頭の鍵も何か普通じゃない理由があるなら納得できるもの。──ちょっとしたことでも驚きすぎるのも気になるし。学校にそんな古そうな鍵を持ってきてるのが、誰にでも触れないように考えたからだったらありえると思う」
「なるほどな。だったら学校のどこにもそれらしい鍵穴になるところが見つからないのも頷ける。隠しているものがあるところから離れていて、安全だから職員室に無防備に置いておけるのかも」
「うう……。だったら余計にカイキくんが持ってるのはマズいんじゃない? なくしちゃったら大変なことになるかも」
「そんな大きさでもないよ。オレの手と変わらないくらい大きいんだ、盗むのだって難しいだろ。授業中もずっと気にしてるんだしどこにも隙がない」
「あれ、さっきは居眠りしてたんじゃ」
「……──夜の探検のせいで眠かったんだよ」
カイキはバツが悪そうに言う。
連日学校で都市伝説を調べているせいで、目の下には隈が伺えた。
寝不足であることに間違いはないらしい。もっとも、普段から授業中には船を漕ぐことが多いので誰も怪しんではいないだろうが。
「カイキくん。もう鍵のことは忘れて今日は早く帰って眠ったほうがいいんじゃないかな。ずっとそんな調子じゃ、見つからなかったとしても怪しまれちゃうよ」
「嫌だよ。せっかく面白くなりそうなのに、中途半端でやめられるものか」
カイキは意地を張る。今更引き返せないと考えているのか、信念は固かった。
しかし、友人の言うことを無視するほどに薄情ではない。
「……分かった。あと一回だけ、探して何も見つけられなかったら諦める。鍵穴が学校の外にあるかもしれないとなった以上は、町内どころか市内にあるかさえも怪しいからね。そうなったらちょっとオレだけの足じゃ調べきれない。だからこの瞬間から今晩のうちにきっとこの鍵で開ける場所を見つけてみせるよ」
短い休憩時間は終わり、チャイムが鳴った。
次の授業は国語だった。
◉
三人はそれから、鍵穴を探すためにどんなところに鍵をかけるのかを話し合うことにした。
夜の学校で調べるにはやはり捜索できる範囲が狭すぎるため、なるべくならば下校時刻までにめぼしいところは潰してしまいたかったからだ。
掃除中の喧噪に紛れて作戦会議を進める。
「学校でありそうなもので言うとやっぱりドアと窓、引き出し、ロッカー、金庫になるのかな」
「ドアはないと思う。昨日散々探したけど、どこも開かなかったんだ。体育館も倉庫も朝に来て試してみて外れだった。鍵の古さもどう見たって校舎より何十年も前からありそうだし、窓だって作られたときはほとんど変わらないはず」
「鍵がかけられそうな引き出しは先生たちの机くらい、だもんね。でも鍵を見つけたのもウラモン先生の引き出しだ。似たようなところに隠したいとはボクは思わないなあ」
「ロッカーだったら南京錠をかけてってことだよね? 掃除用具入れは引っ掛けられそうな出っ張りはないし、用務員室と、体育倉庫と……あと怪しそうなのはどこにあるっけ」
「音楽室の高そうな楽器が入ってるやつとかじゃないかな。そんなところ開けてもどうしようもないけど」
「金庫って?」
「職員室とか校長室にあったよ。テストとか大事な書類とかを入れるのに必要だもん。まあ、ウラモンが持ってる鍵が校長室の金庫の鍵だったらおかしいから、そこは潰していいよね」
椅子を乗せた机をふらふらした足取りで所定の場所に運んでいく。
カイキは自分の机を持っているが、ずっと前のプリントやよく分からない文字が書かれた紙がぎっしり詰まっているせいで重たくなっている。
そのせいか、指先に引っ掛けていた天板は手を離れ、盛大に中身を散らばせてしまった。
「カイキくん!」
「怪我はない!?」
派手な音で教室中の視線がカイキに集められる。
「うん、大丈夫……」
突然のことに自身でも驚きつつも起き上がると、クラス全体もまた片付けの作業に戻っていく。
「──ねえ。あと一箇所、あるかも。鍵のかけるような場所」
カイキがそう言うと同時に、先程よりも更に大きな騒音とともに教室へやって来る人影があった。
「ど、どどどっ! どうしたの!? トイレ掃除を手伝ってたら、すごく大きな音が聞こえたんだけどっ!」
◉
ほとんどの生徒が帰路につき、教師たちも帰っていく子供たちに注目している瞬間を狙って、三人は昇降口から校門とは逆方向の校庭へと向かった。
「確かにここなら、鍵もきっと使うよね。野ざらしになっててもおかしくないし古く見えるのもうなずける」
彼ら金網に手をかけて覗き込んでいる先には、土がむき出しになった地面と僅かばかりの雑草が生えた一角があった。金属製の小さな皿が複数と、小学生の腕なら丸ごと入ってしまいそうな穴がそこかしこに空いている。
隅にはもふもふとした毛玉──兎が三羽、固まって眠っていた。
「これ、開いちゃったとしてもどうするの? 鏡のせいで兎にされた生徒でも、ただの兎でも、脱走させたらいけないよね」
「だから生徒か兎かを確かめるんだよ。人間だったら……野菜が好きな小学生はいないよね? それで判断できる」
「上手くいくのかなあ」
「やってみなくちゃ分からないよ。ものは試しってね。どうせ今日で最後にするなら、思いついたことは全部やってみなくちゃ損じゃん」
カイキはすっかり慣れた手つきで鍵を錠前に突き付ける。
──しかし。
「ああーっ!!」
「なに!?」
絶叫するカイキに、二人は思わず驚きの声を発する。
「これ…………ダイアル錠だ……」
見ればカイキの手にしている鍵は、ダイヤルを回して数字を揃えてから鍵を差し込まなければならない形状で、例え正しい鍵であったとしてもパスワードを知らなければ開錠できない代物だった。
「絶対にここだと思ってたのに……」
ショックのあまり膝から崩れ落ちるカイキ。
分かりやすく落ち込む姿を前に、しかしそれを宥めている時間はなかった。
「こらー! そこ、何やってるの!?」
頭上から声が響く。
恐る恐る見上げてみると、ベランダからこちらをきっと睨むウラモンがいた。
「げっ。またウラモンかよ」
幸いにしてまだ鍵を持っていることまでは、この距離ではバレていないだろう。
しかし一昨日の夜に同じ場所にいるところを発見されているのだから、何かを企んでいると嫌疑をかけられるには十分だ。すぐにでも逃げ出すべきであることに間違いはない。
「早く逃げるよ、カイキくん!」
「燃え尽きてないでー!」
両肩を支えられながらすっかり意気消沈したカイキは、こうして最後と決めていた調査を打ち止めすることとなったのだ。
◉