天使さんと管狐さん・百白
「おうおう天使、こりゃまた随分と酷いことになってんねぇ」
もふもふとした赤と白の毛むくじゃらが、これまたもふもふとした彼女の髪の毛を搔き分け、肩の上で遊ばれていた。あまりにももみくちゃになっていたものだから、思わず百白は心配になって声をかける。いくら御具で制御できているとはいえ、それは今の話だ。彼女は過去にその狐に痛覚を食われたものだから、気が気でならない。共に夜喰の退治をしている時は彼が御具の性質を生かしてもろとも・・・・盾になればいいのだが、常に一緒に任務に取り組むわけではない。だからこそ先輩として、彼はいっちょ前に心配していたわけだ。しかし彼女はその気遣いを留めることなく、にこりと涼やかな笑顔で受け流す。白い髪から覗く深い金色はまるで喫茶店のよく手入れされた蓄音機みたいであった。
「ありがとうございます。今はなんとかなっていますから、大丈夫ですよ」
「今は、ってぇのがよろしくねぇんだ。おいコラこの伊賀専女いがとうめ、睨むなってんだ」
随分と嫌われているようで、社の棚を飛び回って遊んでいた管狐は彼と視線がかち合った途端にぼわっと体を膨らませて威嚇した。これでは狐というより猫だが、それに噛みつくように若草色の目をぎっと細めて睨む百白も百白である。彼らのいがみ合いを物ともせず、天使はいつのまにか百白の背中に回り込み、彼が背負っている盾をそろりと細指でなぞっていた。錆も見えるその盾はどの時代のどの日本にもない形で、それに興味を惹かれていたのだ。
「うーん、やっぱり西洋のものに似ているようですね」
「あぁ、こいつかい? うーん、やっぱりどの巻物見ても似た形がありゃしねぇってんで困ってんだ」
「でも、六年ずっとこれなんですよね?」
「今ンところ異能が使えなくなったこともねぇしな、まぁ相棒ってところよ」
「いやぁ、惹かれるものですね」
「やめとけ。あたしの何が気に入ったのかは知らねぇが、あたし以外が使うと碌なことになりゃしねぇんだ」
「と、言いますと?」
手には裏紙の覚書。他の御具についても考えられるか、参考にするらしい。御具への興味は関心できるのだが、と百白も一目置く反面すこし懸念も抱いたが、黙ることでもないので彼は話をする。誤魔化すことが下手だし、やりたくないからだ。
「いやぁ、まぁ家から御具だとかが無い探偵員ってのぁ卸売から捌いた御具を貰うだろ。で、相性だってあるから一度使ったことのある御具でも他のやつが使うことだってある」
「ハイ」
「話はこっからで、こいつを他の探偵員が試しに使った。あたしが使ったことがあるから、異能が何かはわかってる。ところがどっこい、こいつは夜喰の異能を貫通した・・・・
「貫通ですか」
彼女の手は忙しくメモを取る。
「ああ。お陰様で探偵員は大怪我、何か仕組んだのかと問い詰められたがそんなことする理由なんざありゃしねぇ。で、他で試してみたが結果は同じ。で、こいつはあたし以外持つなってことで今に至るわけさ」
「つまり、その盾は貴方以外が使うと異能が発動されることはおろか盾としての機能さえ果たさないと?」
「そういうこった。随分厄介な話だろう」
「厄介ですね。ですが、惹かれます」
そう言って、彼女は覚書を自分の机に仕舞う。そこには同じような覚書らしき紙切れが詰まっており、どうやら同じように聞かれた人間がいるようだ。それと、夜喰も。
「あたしは無理に止めねぇが、御具を知ろうとして御具に取り込まれるなんて真似はよしておくれよ」
百白がそう咎めるが、彼女は「ハイ」と笑むだけであった。管狐は、いつの間にか彼女の御具の中に仕舞われているようだった。
黎子さんと鬼道
その籠売りは、三秒以上自分の作ったものを見た人に声をかけると決めていた。ただイリマセンカと怒鳴っているだけでは人は来ない。だから見てくれた人に、確実に声をかけるのだ。
「そこな御人」
呼びかける。普段、籠売りは見てから通り過ぎようとした人を寄せるときにはお嬢さんだとか坊ちゃまだとかご婦人だとか旦那様だとかを使うが、その人物に対しては何を使うか悩み、御人と呼ぶことで落ち着いた。体のほとんどを覆う黒い羽織と黒い袴は、薄い色の髪と瞳も相まってさながら鯨幕の擬人化であるように思わされた。呼び止められたその人は声をかけられたことがわからなかったようで、一瞬身じろいだ。
「あなただよ、すらりとした雪化粧のような人」
真っ直ぐと目を見て、ごつごつもしていなければ細すぎてもいない手でちょいちょいと招く。といっても籠売りの片目はパサついた髪で隠されていてわからなかったのだが。しかしてその視線を受け止めた当人はゆっくりと線路が敷かれた大きな道の脇に慎ましく広げられたむしろ・・・に歩んでいった。客は三つ編みをむしろに垂らした店主を一瞥してから、品物たちを見やった。いくつかの大きさの籠だけでなく、すだれやザルなどその一つ一つ、丁寧に編まれている代物が積まれている。品物たちの中には竹を切り出して削った程度にとどめることで節を活かした一輪挿しであったり柄杓であったりと中々どうして手の込んだものも見受けられ、隅の方には一つ竹トンボが置いてあった。竹トンボを手に取れば、籠売りは曖昧な笑顔のまま「お」と楽し気な声を出した。
「今日は子供たちがよく通りかかったからね、随分と人気だったんだ。最後の一つだよ」
「最後の……」
「随分長い竹を切ってしまったから、一輪挿しだとかは手慰みも兼ねて作ったんだ。竹トンボは十個ほど作って、九つ売れた。女学生も買ってくれてね」
女学生や幼子が竹トンボではしゃぐ様子を想像して、少しだけ笑った。しかし童心に易々と戻れないその人は竹トンボを戻し、代わりに一輪挿しを手に取った。場所を邪魔するほどの大きさでもなしに、これくらいの落ち着いたものなら買ってもいいのではないかと思わされた。
「一つ、これを」
「二銭ほどだよ」
頷いたその人は懐から出した財布を開け、硬貨を三枚取り出す。ちゃりちゃりと乗せられた硬貨の枚数を数えて、籠売りは口元から笑みが消えた。
「一枚多いですよ」
「品に見合うお金を出したまでです」
そうしてありがとうございます、と会釈をしてその人物は立ち去った。しばらくぽかんとしていた籠売りは、背を向ける客に毎度ありと頭を下げた。
頭を上げて、人波に消えた彼奴についての記憶を辿る。辿って、辿って、そういえばあのような姿の夜行生がいたなと思い出す。雨の降る刀を使う、まるで葬式みたいな探偵員の話。どの烏が会ったかなど頓着もないため覚えていないが、彼女が夜行生であるとわかると、がれの日の橙の光で影が差したその烏の口元は、店主のものとは違う様子で笑んでいた。さてどうしてやろうかと思いながら、三枚硬貨を懐に仕舞った。
のぎちゃん・百白
銀色にぴかぴか光っている腕時計はまるで夜の空にて瞬く北極星のようだった。牛革の重厚な様子と金属の繊細な煌めきは最先端そのものの美しさがあった。洗練されたフォルムを見て、市地志のぎはホゥと見入っていた。手を伸ばそうとしても届かない値段に、つい羨む視線が強くなる。
「「いいなぁ」」
独り言のつもりだったが、声が重なった。声がする方向を見やれば、自分の隣でのぎよりも少しばかりか背の高い男が同じようにショーケースを見ていた。彼は同じように自分と声が重なった人物――のぎと目を合わせ、ぱちぱちとお互いに瞬きする。
「あはっ」「っはははぁ!」
百貨店の時計屋の中、のぎは綻ぶように笑い、男はそれと真反対に豪快な笑い声を出す。どうやらハイカラ趣味が彼らを引き寄せたようだった。同じタイミングで店を出た彼らは互いの服装の物珍しさについ話を盛り上げる。
「そのサスペンダー、どこで買ったんですか?」
「こいつぁちっと前の誕生日に三越でな。いやぁ高かったもんでしばらくは米と漬物の暮らしだったんでぇ。そっちこそ、随分と上等なブーツじゃねぇのかい?」
「これ、どこで買ったかなぁ。一目惚れだったんでよく覚えてないんですよねぇ」
盛り上がっているうちに食事でもしないかという話になり、近くのミルクホールに入った。一番ドアに近い席に座る二人は、色恋が好きな人間が見ればアベックのようにも見えるかもしれなかった。
「どうするかい」
「じゃあ牛乳を一杯」
「そうかい。おうい嬢ちゃん、牛乳とコーヒー、あとチョコレートおくれよ」
女給がハイかしこまりましたと去り、にぎやかな店を二人して見渡し、やはり楽しそうにした。
「随分慣れているようですね」
「おうともさ。ここのコーヒーってのは仕事をするにゃ丁度よくってよぉ」
「――仕事? 何の、仕事です?」
のぎの目の色が変わったことに気付かず、男は少々誇らしげに話す。
「ああ。あたしは夜行生って新聞社で働いててな。色々やってんだ。なんせ取材も夜だったりするから忙しっくてよォ」
忙しいと話しているが別段辛そうな口ぶりではなく、どうやら仕事に不満があるわけではないようだ。次の言葉を彼が言う前に、女給がトレーからグラスとカップ、チョコレートが乗った皿を卓に置く。のぎは口元を笑顔から崩さないまま、牛乳を少しずつ嚥下する。
「――そういえば、お名前聞いてませんでしたね」
今更なことを聞き出す。男も「そういえばそうだった」と笑って、コーヒーで唇を少しだけ濡らした。
「百白日〇ってんだ。百に白、日曜日の日に丸いだけの〇だ。そっちは?」
「のぎ。市地志のぎと言います」
のぎはグラスの中にあったミルクをほんの一口分残して飲み、チョコレートをひとかけだけ口に入れた。舌でゆっくりと溶かし、褒美のような味を楽しんでから喉を通す。そうして牛乳の最後の一口で流せば、白と茶色は食べる過程で絡み、甘い楽園を生む。
「手を出してください」
「?」
のぎは懐から何かをぎゅっと取り出し、百白の手の上で結んだ手を開いた。手に乗っている硬貨を見て、「いいよいいよ」と百白はつっぱねる。のぎもそのあといくらかごねたが、百白はのぎが思うより頑固であった。
「次はどこで会える?」
「え?」
「また会おうや。なんだっけ、活動写真カツドウだったかなんて見てみたいじゃねぇの。ほら、ハイカラなもんを楽しめる連中なんてあんまりいねぇもんだからよ」
百白がそう話せば、のぎはシパシパと蜜柑色の目を瞬かせて、そしてから笑った。これまでのものとは違う、熟れて弾けた果物みたいな笑いだった。
「いいですね。また、会いましょう。帝都はそう広くありませんから、きっとすぐ会えますよ」
「そんなもんかい? ――まぁ、あたしはあちこち走り回ってるんで、もしなんかあったら駆け込んでくれや」
百白は紙ナプキンを手に取って、胸元にあったペンでさらさらと自分の名前と夜行生の場所を書きつけて、彼女の前にあるグラスの下に置いた。
「じゃあ、あたしはこれから仕事だから行かせてもらうよ。悪いね、いきなり誘っちまって」
「……いいですよ、ありがとうございます」
紙ナプキンに書かれた百白の名前は、彼が店から去る時には結露の水分で滲んでいった。
百白と七人同行さん
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手取川
自キャラの喋り方忘れてる
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向き
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初公開日: 2022年09月15日
最終更新日: 2022年09月18日
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コメント
#いいねした人のお子さんとうちの子の絡みを勝手に妄想する
福秋199続き
悪党番イベント これ終わってくれるのだろうか
手取川
なしひとへのお題は『この先に何もないと知っている・小さな自己主張・喉が痛むほど叫んだ』です。
なしひとへのお題は『この先に何もないと知っている・小さな自己主張・喉が痛むほど叫んだ』です。
なしひと
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