◆流れ?
花火を家族と見に行った熾火。
花火はすごいのに周りの人たちが気になっていた。眼の前の花火を楽しめなくなった自分に驚いた。
気づけばSNSばかりで比較することや今他人がどんなことをしているかに気になっていた。
◆本文
「一週間ぶり?」
学校の体育館の二階の部分、あれ何ていうんだろう。手すりがあって黒いでっかいカーテンがあって。その手すりに腕組みしてもたれかかって体育の授業を見下ろすのが大好き……というか私と日翔麻(ひとま)の習慣になってる。
「そう、かも? たぶん。数えてないけどパターン的には」
体育の授業が始まると着替えて点呼を取ってその日に課題に取り組むけど、私とひとまんはふらっと先生の目を盗んで上に逃げる。
二人一緒に登ってくるというよりは、最初は授業に紛れているんだけど、適当なところで存在をフェードアウトしていく。高校二年生にもなって何をしているんだって感じだけれどみんなと一緒に授業に出るのはどうも昔から苦手だ。
私もひとまんも不登校気味なので誰も突っ込まないし「ああまたかー」って感じだと思う。ありがたいことにいじめられたり悪目立ちしたりってこともないので、そんな環境には感謝している。でもきちきちと毎日授業に出席するのは苦手なので先生ゴメンね。
と、彼女は思っているかはわからないけど、私はちょっとした罪悪感を抱えていると隣に来たひとまんが声をかけてくる。
「今週も変速シフト?」
私とひとまんも筋金入り? の不登校児だけど傾向がある。
私は火曜日から木曜日をサボる派。
ひとまんは金曜日や月曜日をサボる派。
いや、派閥なんてあるんかい、って感じだけどこのスケジュールどおりにサボると私たちは出会わない。
「うん。最近家にいても暇だしねー。それにちょっとお母さんもうるさくなってきたっていうか」
「ほう? ついにおっきーのご両親も真人間ルートを勧めてきた感じ?」
「まぁ、半分正解ってカンジかな。ちゃんと朝学校行きなさいとかそういうカンジじゃないけど、ただ単位は落とすなよって」
「留年したら学費払えないしね」
「バイトしてるわけでもないしなー。あ、でもひとまんってお小遣いめっちゃ貰ってるじゃん。一日500円とか貴族かよ」
「運のいいことにね」
私とひとまんは高校二年生になって学校生活が二週間ほど経過して初めて教室で顔を合わせた。
それまで最初の数日はお互いにクラスの子や担任の先生から話題が上がっていたのでお互いに”あの子も不登校なんだ”ぐらいの認識だったと思うけど、サボりルーティンがずれたときに初めて私と日翔麻(ひとま)は出会ったのだ。
同類だけど互いに人見知りなので、教室でも声はかけなかったけど、私が奇遇にも水曜日に登校してしまい体育授業をどうやり過ごそうかと体育館の二階の手すりに避難してたら彼女が隣にやってきた……というのが最初の出会いと言えるだろう。
友達もいない自分に声をかけてきてくれて本当にありがたかったけど、同時に「その勇気すげーなー」と関心したのは一生忘れないだろう。
そんな数少ない友達に私は昨日あった出来事を話す。
「昨日の夜さ、花火に行ったんだよね、家族と」
「へー」
ひとまんはあまり興味はないけれどすぐに相槌を打ってくれる。視線はクラスの子が追っかけているバスケットボールや体育館の時計をチラチラ見ているけれど、これが彼女なりの話の聞き方だと少し前からわかるようになってきた。私としても真剣に腹を向けられて「さあ話して」って言われると困っちゃうから、これぐらいの距離感がありがたい。雑に聞いてくれるってありがたい。
「夜の七時半からさ、川辺でやったんだよね。毎年やる花火大会。ひとまんって行ったりする?」
「小さい頃は行ったかなー。最近は全然。それで?」
自分の話はしたく無いっていうひとまんの意思を確認すると、私は続ける。
「それで両親がさ、高いところから見たほうが見やすいんじゃないかって。それで動物園がある公園あるでしょ? その高台っていうか一番上まで行ったの。駐車場も結構あるみたいだけど混んだら面倒だからって一時間前に家を出て」
「混んでた?」
「うん。でもなんとか停めれた」
「ラッキーじゃん」
「そうだね。イベントがあると駐車場なんて無理だからね」
「だねー。それで?」
私はスマホを開いて昨日の写真を見せる。
「こんな感じの広場で結構人きてた。ってかびっくりしたよ。階段登ったら広場の柵のところっていうか、一番前はカメラの人いっぱいいて。三脚とかおっきいカメラとかめっちゃ構えてた。あと親子連れとカップルとおじーちゃんとおばーちゃん」
「人類大集合じゃん」
「多分150人ぐらいだけど」
「十分だよ」
私が見せた写真は花火大会開始の直前だったのでほとんど日が落ちて肉眼だと人の表情はわからないぐらいには薄暗くなっていた。
「でさ、」
私が家族と横並びになってカメラマンたちのちょっと後ろに陣取った時、開始の花火が数発鳴って。
それで周りの人達も一瞬、おしゃべりをやめてキラキラまばらに光る夜景の上に広がった薄暗い空間を眺めてたんだ。
「それで最初の花火があがってさ、大きいやつ。ぱぁって広がってからドーンって来て、すごかったんだよね」
「よかったじゃん」
「うん。良かったんだけどさ、その時花火よりも周りの人たちを見ちゃったんだよね。花火はすごくきれいだった。スマホを構える気にもならなくて本当にキレイで音も響いて。でもなんかわかんないけど、周りが気になっちゃったんだ。眼の前のカメラの人はどんな操作をするのかな? とか、隣のカップルは何話してるんだろ? とか、風が吹いて肌寒くなってきたから後ろにいた半袖のおばちゃん大丈夫かな? とか。すっごくどうでもいい他人のことが気になっちゃって」
それからちょっとの間。多分5秒ぐらいだと思うけどひとまんはポケットからスマホを取り出すと、
「たぶん、これ」
ひとまんは青い小鳥がデザインされているアプリを開く。
「――それだ!」
私は心底納得して苦笑いしながらスマホを取り出しTwitterを開く。
別に用事はない。
アプリを開いてスーッとスクロールして閉じる。
5分後、意味もなく開いて真っ先に通知欄を確認してからホームを更新して閉じる。
こんなことを一日何回やっているかわからない。
何も新着情報がなく、今日も日本が平和に回っていることを確認するとスマホをしまう。
そして私はちょっとだけぞっとすると、現代にはびこっている他社の目線や承認欲求について考えてしまうのだ。
「いやー、怖いわ」
と、気づけば私はこぼしていた。
なにせスマホを出していたわけでもないのに目の前の花火よりも、全く知らない、顔もろくに見えない人たちの動向が気になってしまったのだ。
これがTwitterをやっている最中ならまだわかる。
この人はどんなツイートしてるのかな?
トレンドに芸能人! なんかあった?
今日は皆さん、何をしてるんです?
そんなことが気になって晩御飯のときにお母さんから「食事中ぐらいスマホみないの!」って怒られるけど。
いや、でもまさかなー。
花火だよ。
スマホ見てたわけじゃないよ。
それでも他人が気になるのかー。
もう、
「病気じゃん」
「大丈夫。おっきーだけじゃないから」
「ひとまんも?」
「まあ。でも私たちは言うほどTwitterにフォロワーいないじゃん」
「一緒にするなよ」
「ごめんごめん。……でもやっぱり周りの人達は気になるよね」
ひとまんはバスケをしているみんなを見下ろす。
普段学校でたまに見かけるときは、周りのことなんて全然気にしていない素振りで、ただ淡々とノートを取ったり教室を移動したり、ロボットみたいに学校での最低限の活動をしているように見えるけど。
でもそれはひとまんも不登校で、周りにどう見られているかをすごく気にしているから目立たないように目立たないようにしてるだけなのかもしれない。
だから今のひとまんはめっちゃ見てる。
みんなが彼女を見上げる暇なくボールと残り時間に追われている中、気にせず見下ろして、首を動かして目で追いかけて。
何も気にする必要がないってぐらいに。
多分今、彼女は世界に一人なのかもしれない。こうやって周りを気にする必要のない、体育館の二階という場所に来たときにきっと彼女は自分を守るなにかの鎧を脱ぐことが出来るんだ。
体育館の二階は安心の出来る場所なんだろう。
私もそうだったのかな。花火を見ている時。
「ここは誰にも必要とされてないから気が楽だね?」
「ひとまん?」
それから彼女は手すりを背もたれにして私の方へと向き直った。
「前に読んだことがあるんだけど、人間って昔は群れで生活をしていたから、自分の価値を認めてもらえないと集団からは追い出されちゃうんだって」
「うん」
珍しく……いやもしかしたら初めてかもしれない。こんなにひとまんが真剣に話すのは。
相変わらず細めで覇気の無い表情をしてるけど、それでも態度と声の調子は誰にも話すことのない押し出したような本音の近くのものなんだろう。なんとなくそんな気がした。
「だから獲物をたくさん取ってこれるとか、水場がどこにあるかとか、木の実はどこにあるかとか。そういうのをアピールして『自分は無能じゃないぞ』って周りに認めてもらってたんだって」
そう言いながらひとまんは再びTwitterの画面を見せてきて続ける。
「SNSだって『自分はこれだけ良いもの食べてるんだ』『友達が多いんだ』って必要性や凄さをアピールしてる。でもSNSだけじゃなくて学校のクラスや家族だっておんなじだなって思って」
「そっか」
それでひとまんは体育館の二階に来るんだ。
誰もいないから。一時でも群れから外れることが出来るから。――でもだとしたら。
「私はいてもいいの?」
「んー……おっきーは同類だからおっけー。私が学校に来れなくても勉強あんまりできなくても起こったり説教してこないし。だから◯」
そう言うひとまんは珍しく笑うとまた手すりに腕組みして下界を見下ろす。
ちょっとだけ口元がにやけてしまった。
やった、私特別~。