オレンジとブルーのグラデーションに染まる夕焼け空が視界いっぱいに広がっている。整備された庭園には人影も無く木々が揺れる音が聞こえるだけだ。
夕焼けは何度も見てきているがビルの隙間から見る景色とは大きく違うものだなと、真琴は大きく息を吸い込んだ。
「あーーー気持ちいいな!」
隣で大きく伸びをするレイも同じ事を考えているのだろう。同じように空を見る横顔はどこか楽しげだ。
「こうしてみると、僕たちの居る世界とはだいぶ違ってますね」
「そうだなー。いいとこだよなー」
ここは『東京』と名を冠しているが時代も次元も違う。黒御霊と呼ばれる化け物が出没する異世界だ。訳も分からず召喚された自分たちだったが2回目ともなれば慣れたものでメンバーに緊張感は無かった。
帰還の手段として開催される書生カフェの準備に追われながらも、こうしてのんびりと時間を過ごすことも出来ている。東舞基地内部なら黒御霊に襲われる心配も無いから比較的自由に動き回れた。
「しっかしこれが基地の中ってすごくね?どんだけ敷地あるんだよ」
「そうですね。かなり大規模な基地だと思います。それだけ政府の期待も大きいのでしょうね」
視界いっぱいに広がる芝生と舗装された道が緩やかなカーブを描きながら続いている。道にに沿うように点々とベンチが置かれて、遠くには白い柱の東屋も見える。ここだけなら基地といわず公園と言われても違和感はない。
少し散歩をしてみないかとレイを誘い出し宿舎から歩いてきていた。正直ここまで広いとは思っていなかったが。
「おかげで二人きりになれましたし。僕としてはありがたいですよ」
「やだーまこっちゃんのえっち」
ふざけた口調とは裏腹に近づいた唇の端がにやりと上がる。真琴がレイの腰に手を回しかけたときだった。
さく、と芝を踏む足音が聞こえた。慌てて顔を離し辺りを見渡す。
「なんだ?どーした?」
「いま、足音が……」
真琴の様子に慌てたレイも同じようにきょろきょろと辺りを見渡した時だった。
「おにいちゃんたち、なにしてるの?」
声のする方へふたり同時に視線をおろした。そこには、道を少し外れたところにある木製のベンチの横に立つ少年の姿があった。
「なにしてるの?」
見上げる黒い大きな瞳と短く刈り込まれた黒髪。少し色あせた水色のTシャツと黒いズボン姿の少年は物珍しそうに真琴とレイを見比べていた。年は5歳くらいだろうか。
「えっと……?」
「なんでもありません。お話をしていただけですよ。ところで君は何処から来たのですか」
口ごもるレイとは対照的に、何事も無かったかのように真琴は軽く微笑むと少年に向き直った。少年は相変わらず不思議そうな表情をしていたが真琴の問いかけに下を向いた。
「んと、よくわかんない。歩いてたらここにいたの。おともだち探してただけな、のに……」
小さく細い声がだんだんと弱くなり、泣き出す寸前のように震えた。ざわざわと風が大きく木々を揺らし影を作る。レイと真琴は思わず顔を見合わせた。
要領を得ないのは子供だからだろう、と納得することは出来たがここ東舞基地は部外者が迷いこめるようなセキュリティでは無かったはずだ。高い壁に囲まれた基地だし、子供が出入りできるような隙間があるとも思えない。
何かおかしい。レイも違和感に気づいているのか、訝しげな顔をしている。真琴の視線にも首を振るだけだった。
「そうですか。迷子かもしれませんね。では一緒に探しに行きましょう」
「やだ」
とにかくこのままここで話していても埒があかない。神楽武官なり司令なりに話をして何とかしようと手を伸ばしたが、少年は怯えたように一歩退き大きく首を振った。泣きそうな黒い目が不安そうに見上げてくる。吸い込まれそうに黒い瞳だ。何故か目をそらすことが出来ない。
ああ大きな眼だ。子供らしくまっすぐで大きい──
「おともだちとあそびにきただけだもん」
「おにいちゃんたちがおともだちになってくれるんでしょ」
「だからいっしょにあそんでくれるよね」
耳に届く声が脳内に響く。反響してぐるぐると回る。少年はあっちへ行こうと言わんばかりに手を差し出し、片方の指は木々の生い茂る方を指した。
そうか、この子は少し遊びたがっているだけなのだ。何ら不思議もないし問題も無い。そうだ、少しこの子に付き合って遊んでやれば……
「真琴!」
レイの声にはっと意識が戻ってきた。ぱちぱちと瞬きをして頭を振る。気づけば自分の手はあと少しで少年と触れるところまできていた。
弾かれるように引っ込めた手を少年は寂しそうな眼で眺めていた。
自分が何を考えていたのか、この手を取っていたらどうなっていたのか。真琴の背中に冷たい汗が流れた。
「なあ」
対してレイはいつもの人なつこい笑みを浮かべて腰をかがめると少年に視線を合わせた。
「わりいな。オレ達お前と遊んでやれねーわ。お友達の事もしらねえ。だから諦めな」
「そう……」
少年はそう言うと、出会ったときと同じようにレイと真琴を見比べるように視線を送ると踵を返し木々の間に消えていった。
芝生の上を歩いているのに足音ひとつ立てずに。
真琴はただ呆然とその後ろ姿を見送った。小さくか弱い少年の姿の中にいたものはなんだったのだろう。隣に立つレイに抱きしめられるまで目を離すことが出来なかった。
「真琴?だいじょぶか」
「ありがとうございます。一体アレは……」
「さあな? よく分かんねえけどなんかダメなヤツだなって思ったんだ。とりあえず宿舎に戻ろうぜ」
レイに背を押されて、並んで少年が消えた木々とは反対の方向へ歩き出した。最後にもう一度振り返ってみたがもう誰の姿も見ることはなかった。
「それは多分黒御霊の襲撃で亡くなった子供の姿でしょうね」
翌日、朝食の前に朝桐総合演術司令を捕まえて話をしてみた。夢でも見たのかと一蹴されるかと思いきや、彼女は神妙な面持ちでレイと真琴の話に耳を傾けた。
「わかるんですか」
真琴の問いかけに、司令はうーんと困った顔をした。長い黒髪と大きな瞳は昨日の少年を思い起こさせる。が、今思えば少年の瞳にはもっと生気が無かったような気がした。
「あくまでも噂なんですが、たまにそういう話を聞くんです。倉庫の隅に居たとか。見間違いとか気のせいとか片付けるにはあまりにも頻繁で」
司令の話だと、黒御霊を祓える力を持つものが集まる基地に救いを求めるのかもしれない、という事だった。
「ただ、今回のように接触を求めてきた例は無いんですよね。司令部と相談してみます」
では、と頭を下げて立ち去る司令の背をレイと真琴は名なんで見送り、顔を見合わせた。
「救い、ねえ」
「あの子は友達を探していると言いました。ひょっとしたら寂しいだけなのかも知れませんね」
「そうだな……」
なんとも言えないやるせない気持ちを抱えたまま、真琴は窓から見える青空を見上げた。
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初公開日: 2022年08月19日
最終更新日: 2022年08月19日
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明日のWEBオンリーイベント用のSSです。完成するといいな