乗り物酔い
欠伸 曖昧 時間
一織 看病 三月
#何より安心するのは
カラフルな景色に、ついつい視線があちこちに行ってしまう。可愛らしいキャラクターで埋め尽くされた園内は、見ているだけでも楽しい。
「楽しいか? 一織」
「はい。……ありがとうございます、兄さん」
「いや。一織が楽しいならよかったよ」
そう言って楽しそうに笑う三月に、申し訳なさが募る。貴重なオフを、自分のために使わせてしまったという事実に、どうしても気が引けてしまう。
「一織?」
「あ、いえ。次は何処に行きますか?」
何でもないと誤魔化して、入園時に手に取ったパンフレットを広げる。記されたアトラクションはどれも楽しそうで、目移りしてしまう。
「ん~……一織はどこに行きたい?」
今日の三月は、こうして一織の意見ばかりを聞いてくれる。三月本人だって乗りたいものがあるはずなのに常に一織の意志を確認してくれていた。
「兄さんの方こそ、乗りたいものはないんですか?」
「いいよ、俺は。今日は一織のために来たようなもんだし」
最近元気なかっただろ? と言われてしまうと、うまく返事が思いつかない。隠せているつもりだったが、やはり兄の目は欺けなかったらしい。
「……、ありがとうございます」
「なーんて。ほら、次はどこに行く?」
軽く茶化すような口ぶりは、恐らく一織が気にしないようにだろう。どこまでも気の利いた兄に感服しつつ、今日は素直に甘えようとひっそり決意する。
「でしたら、ここに、行きたいです」
「おう。じゃあ行こうぜ」
何気なく差し出された手に、目を丸くする。いくらオフだと言っても、さすがに浮かれすぎではないだろうか。それでなくとも二人とも目立つ容姿をしているのだ。もしばれてしまったら、なんてことが頭を過って、素直に握り返すことができない。
「大丈夫だって。誰も俺たちのことなんて見てないよ」
「、…………では、失礼して」
「ふは、何そんなに緊張してんだよ。ほら、行くぞ!」
楽しそうに笑う三月は、心から楽しんでいるように見えて、強張っていた体の力を抜く。自分だけが楽しんでいるのではないか、と思っていたが、どうやら三月も楽しんでくれているらしい。
「ふぁ、」
「あれ、寝不足か?」
不意にこぼれた欠伸を見た三月は、最近忙しかったもんな、と続ける。
まさか、楽しみにしすぎてあまり寝られなかった、とは言えず、曖昧に濁してしまう。
久しぶりに兄弟水入らずで遊びに出るということで、昨日は遅くまでスマートフォンで調べたり、もっていくものや着る服を決めていたせいで少し寝不足気味だった。
けれど、それが気にならないくらいに楽しくて、ついついペースを上げてしまう。
「一織ー、休憩しなくて平気か?」
「大丈夫です。今日中に全部回りたいので、休憩なんてしていられません」
「でも、……無理するなよ? 夜までいられるんだから」
「はい。それより、次はあれに乗りましょう!」
意気揚々と指さしたのは、園の中でも目玉のジェットコースターだった。あまりジェットコースターの類は得意ではないが、ここのものは小さな子どもでも乗れると書いてあったため、楽しみにしていた。
「大丈夫か? また別の日に来てもいいんだぞ?」
いつになく心配そうにそういう三月に首を傾げながら、一織は緩く首をふる。
「いえ。次がいつになるのかわからないので、今のうちに全部乗っておきたいんです」
だめですか? と続けると、困ったように笑った三月が手を伸ばしてくる。
「いいよ。今日は一織のわがままに付き合ってやるって決めてきたからな。全部兄ちゃんが聞いてやる」
とん、と胸を拳で叩く兄がかわいらしくて、ついつい頬が緩む。
「じゃあ、行きましょう」
そう言ってジェットコースターへと向かったのだが。
「ッ」
「あ~……酔っちゃったか。ちょっと待ってろ」
子どもでも乗れる、と聞いていたのに、そのジェットコースターは思いのほか本格的で、高低差も遠心力もなかなかのもので、一織は早々に酔ってしまっていた。
なんとか近くのベンチまでは歩いたものの、一度座ると一気に気が抜けて、そのまま背もたれに体を預けて空を仰ぐ。
額に当てた自身の手が冷たくて気持ちいい。ぐるぐると回るような感覚にため息がこぼれる。
せっかく、三月が連れてきてくれたのに。
そう思うと、自身の不甲斐なさにため息がこぼれた。
「一織、ほら。ちょっと飲めるか?」
「ありがとうございます……」
三月が買ってきたのは、可愛らしいキャラクターの描かれた園内特別仕様のミネラルウォーターだった。冷たい液体が気分の悪さを少し沈めてくれて、ほっと息がこぼれる。
「大丈夫かー? 寝不足にはちょっとしんどかったよな」
「、すみません」
「何謝ってんだよ。楽しかったか?」
「はい」
三月と過ごしたこの時間は、紛れもなく一織をいやしてくれた。力強く返事をすると、三月は薄く笑った。
「そっか。ならよかったよ。でも無理するなって言っただろ~?」
「……すみません」
「嘘だよ、そんなへこむなって。ほら、」
「わ、」
背もたれに押し付けていた体を倒されると、三月の膝の上に頭を下される。膝枕の様相に、目を瞬かせる。
「偉いなー」
ぽんぽん、と頭を撫でられると、それだけで安心してしまう。もう随分と気分はよかったけれど、一織はしばらく三月の膝の上で横になっていた。