それはリドル寮長のオーバーブロットの後で開催されたなんでもないパーティーでのこと。
こそこそと寮長に話しかける監督生に気付いたのはエースだ。パーティーの片付けも終盤に差し掛かり、寮生の半数ほどは仕事がなくなっている頃だった。二言三言会話を交わし、監督生も寮長もすぐに後片付けに戻っていく。間も無く片付けは終わり、そのまま流れるように解散になったところで寮長と監督生が薔薇の迷路に消えていくのを見てしまった。
「おい、デュース。今の見たか?」
「今のって、なんのことだ?」
「寮長と監督生だよ!二人で迷路に入ってったぜ!」
「えっ」
驚いたような声を漏らすデュースに、エースは内心ニヤリと笑う。いったい何をコイツは想像するだろう、なんにせよからかってやろうと思っていたエースに向かってデュースはこう言った。
「そうか!寮長と監督生は仲直りできたんだな!よかった!」
エースはずっこけた。
「そうじゃねえ!二人きりで人気のないところに向かってったんだぞ!怪しいに決まってんだろ!」
ハッと目を見開くデュース。
「まさか・・・カツアゲ!?」
「ちっげーよ!お前本当に思考回路がワルだなぁ!」
やいのやいのと騒いでいたせいで二人は背後から近づいている人影に全く気付いていなかった。
「リドルがどうかしたのか?」
突然かけられた声にびくりと肩を震わせて、恐る恐る振り返る二人。振り返った先にはにっこり笑うトレイとクスクスと笑いを堪えきれないでいるケイトがいた。
「げっ、トレイ先輩!ケイト先輩!」
「げっ、とは何だよ。ひどいじゃないか。ところで随分面白そうな話をしていたな」
ヒィッと顔を引き攣らせるエースに気付かず、デュースは馬鹿正直に喋ってしまう。
「はい!エースが監督生とローズハート寮長が薔薇の迷路に入ってくところを見たんだそうです!」
「バカ!このバカデュース!」
「なっ、そんなにバカバカ連呼することないだろう!」
「そうじゃねえ!ちょっとは空気読めって言ってんだよ!」
ギャンギャンと再び始まってしまった口喧嘩にケイトが割って入る。
「まあまあその辺で。ところでリドルくんと監督生ちゃんが薔薇の迷路に入ってったって本当?」
「あー、ハイ。そうっす」
「だってさトレイくん」
そう言ってケイトはトレイを振り返った。ニコニコと笑みを浮かべるトレイにエースは恐る恐る話しかける。
「あの、いいんすか。監督生と寮長ほっといて」
「構わないさ。リドルが何をしていようと誰といようと、それはリドルの自由だからな」
好きにしたらいい。笑みを崩すことなくそう言い切ったトレイだが、そこで口の端を歪めた。
「ところで、俺は薔薇の迷路の中に用事があるんだが、もし万が一リドルと監督生に鉢合わせしてもそれは偶然会ってしまっただけだよな?」
それを聞いたケイトもトレイの肩に腕を回し「そーいえばけーくんも薔薇の迷路に用事があったんだった〜」とニヤリと笑顔を浮かべる。察したエースもこう続けた。
「そうなんすか!じゃあ俺も先輩方の用事をお手伝いしますよ!」
何にも気付いてないデュースもまた、エースに張り合うように声をあげる。
「俺も手伝います!」
こうして四人もまた、薔薇の迷路に入っていった。
***
芝にわずかについた凹みの跡を辿れば監督生とリドルの姿を見つけるのは簡単だ。迷路の中にあるガゼボに二人は向かい合うように座っていた。
「リドル、監督生、ここで何をしてるんだ?」
声をかけたトレイに向かってパッと振り返った二人。一人は驚いたような顔、もう一人は気まずそうな、居心地の悪そうな顔をしていた。
「監督生が話があるというから、ここにきたんだ。あまり人に聞かれたくないと言っていたからね。トレイの方こそどうしてここに?」
「ちょっと忘れ物を探しにな。ところでどんな話をしていたんだ?」
そう話を振ると監督生は露骨に嫌そうな顔をする。質問に答えたのはリドルだった。
「これから話をするところだったんだよ。監督生、ボクにどんな話があるんだい?」
「いや、そんな大した話じゃないんですけど・・・」
言いづらそうにモゴモゴと言葉を詰まらせる監督生。そこへトレイとエースがさらに声をかける。
「深刻な話じゃないなら俺達も聞いていいか?」
「俺も気になる!監督生何話そうとしてんの?」
じとりと彼らを睨んだ監督生だったが、諦めたようにため息をついた。どうせ追い出そうとしたところでなんだかんだと言い訳をつけて居座る気でいるのが透けて見えたからだ。
「別にいいですよ」
そう言うと彼らはごく自然にそれぞれ椅子に腰掛けた。監督生から時計回りにケイト、トレイ、リドル、デュース、エースの順だ。
「それで、何の話があるんだい?」
そう聞いてきたリドルに監督生は一つ息を吸うと返事をした。
「先日、リドル先輩がオーバーブロットしましたよね」
ぎゅっと監督生以外の五人が渋面になる。
「まあ、色々ありましたけど、リドル先輩は頑なにルールを守っていた自分から変わっていこうとしていらっしゃったので、励ましたいなと思いまして」
渋面が少し緩んだ。
「そんなわけで、自分の故郷の歌を歌おうと思いまして。良ければ聞いてください。あ、ケイト先輩撮影はご遠慮ください。異世界産なのでネットにあげられると困るんです。著作権とかややこしいことになりますので記録に残さないでください」
すかさずスマホを構えたケイトに監督生は釘を刺した。渋々スマホを下ろしたケイトを監督生はじっと見つめる。ケイトがスマホの電源を切るまで監督生は無言でケイトを見つめ続けた。
「自分は特別歌が上手いわけではないので、その点はご容赦ください」
そう前置きして監督生は立ち上がった。
「それでは、僭越ながら一曲歌わせていただこうかと思います。ルールに縛られていた自分から変わろうとしているリドル先輩に、ささやかなエールを贈らせていただきます」
「作詞作曲、カンザキイオリ」
「『自由に捕らわれる。』」
***
題名を聞いた途端、五人は息を呑んだ。エールを、と言っておきながらなんて曲を歌うのだと。けれども口を挟む前に歌が始まってしまった。こうして前奏の間に止めようと考えたトレイの目論見は潰えた。アカペラゆえに監督生はいきなり歌い始めたからだ。
── 今まで散々ルールで雁字搦めにしてきたくせに
── これからは自由だから好きにやりなさいなんて
── 馬鹿にされているのだろうか。いや、きっと違うんだろうな。
衝撃的な歌詞から始まった曲は、五人の思考を置いてけぼりにして進んでいく。つい先程心当たりのある言葉を言った覚えのあるトレイはぐうと喉が潰れたような声をもらした。歌詞の内容は一転して、監督生の歌は続く。
── それなら期待に応えて何でもやってみよう。
── 気に入ったものを自分の周りに置いてみよう。
── 周りの言葉に流されず自分の好きなものを好きになろう。
── 空気が読めない奴って言われたけど。
ケイトは思わず自分の身を振り返った。映えるスイーツなんかをよく食べているけれど、本当は辛いものが好きなこと。先程トレイにバラされてしまったことだけど、ひどく身に覚えのある歌詞に思わずスマホを握りしめた。
── 明るい曲を聴いてみた、本当は聴いてみたかったから。
── 自分を隠すのをやめた、自分を信じようと思ったから。
── ピアノの教室をやめた、自分で勉強したかったから。
── 自分の知らないものに戸惑ってばかりいる。
デュースは入学直後のことを思い出していた。優等生になろうと決めて、慣れない環境で四苦八苦していた自分を思い出す。
── 僕らはなんてことのない自由の先に騙されたり踊らされたりしながら、生きていくしかないのだ。
── ただ過ごしているだけで褒められた日は戻らない。忘れることしかできない。
── 好きなこと嫌いなこと、決めてくれる人はもういない。
── 僕らはこれから
「『自由に捕らわれる。』」
リドルはただじっと監督生の歌を聴いていた。
── いつも僕らは自身の価値を決めることはできなかった。
── だけどそれでもよかったから反抗しなかったわけじゃない。
── そこで諦めていたら暗い曲なんて聴いてない。
── 「苦しい」「嫌だ」って誰かが代わりに歌ってくれるから。
エースは人懐っこく振る舞う己をなんとはなしに客観視した。他人に気に入られるように、好意的にみられるように振る舞った方が得だと気付いたのはいつだったか。
── あれが正しい、それはいけない、周りの誰かがそう言うから。
── でもこれからは善悪すらも好きにできる。
── なのに、誰かにいいよと言ってもらえないと安心することができない。
誰かの評価を求めるケイトは居心地悪そうにほんの少し体を縮こまらせた。
── 躊躇えば、感情的になれば、怒られてしまうから。
── 思考も反発もしなかった。
── 「今までよくやったね。これから頑張ってね」
── どうやって?突き放すの?
── 期待しないでよ。何も知らないくせに。
叫ぶように歌う監督生。五人はただただ聞くことしかできなかった。
── 僕らは逃げることのできない自由の先で、守られて許されて生きていくしかないのだ。
── 運のいい人は幸せになれるのだ。
── 逃げ込む先は作っておかなかった。
── 好きな人嫌いな人、自分で考えないといけない。
── 僕らはこれから
「『自由に捕らわれる。』」
歌のメロディーが変わる。
── 時代や環境のせいで自分を信じられないなら、僕らはそれを歓迎しよう。
── 周りのバカにした奴が敵だと言うなら、僕らはそれを歓迎しよう。
人のせいにするのは簡単だよなとデュースは思った。母子家庭で鬱憤を他人にぶつけていた過去を思い出し、けれど母に誇ってもらえるように変わろうと決意を新たに固めた。
── 好き嫌いも君のものだ。全部が君の言葉なんだ。
── 口を閉ざしたこと、苦しかったこと、留めてきたこと、赦しを得るときだ。
── 今、あの日あの時の、
「『言葉を。』」
喉を振り絞って監督生は叫ぶ。
── 僕らはなんてことのない自由の先に騙されたり踊らされたりしながら、生きていくしかないのだ。
── 僕らは強大な波に揉まれながらこれから生きていく。
── さよなら、思い出。
── 僕らはこれから季節が流れても綺麗事で納得させなければいけない。
── 戻れない。引き返すことはできない。
だけど、
「『それでも最後に笑うのは僕らだ。』」
高らかに監督生が歌い上げて、曲は終わりを迎えた。
***
曲が終わってもしばらく呆然としていた五人のなかで真っ先に我に返ったのはエースだった。
「ちょ、監督生、おま、なんて歌歌ってんの!?」
「え、そんなに聞くに耐えないほど下手だった?」
「ちげーよ!そこじゃねえよ!歌詞がやべえのよ!」
掴みかからん勢いで監督生に詰め寄ったエースはガクガクと監督生の肩をつかんで揺さぶった。
「監督生」
次にゆらりと立ち上がったトレイはにっこりと笑みを浮かべていた。
「あんまり聴いたことのないテイストの曲で面白かったな。ところで今度部活でバイトを募集してるんだが、監督生興味ないか?」
サイエンス部のバイト、イコール、治験、つまり実験台である。穏やかな顔の裏でヤる気満々である。
「トレイくんそれは流石にやばいって。でもオレも随分攻めた歌だな〜と思ったよ。どう言うつもりで歌ったのかな?」
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貴方にエールを
初公開日: 2022年07月18日
最終更新日: 2022年07月19日
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コメント
緊張感があった方が捗るかなと思って。
オンボロ寮の伝導者
メインはハーツ
後ほど支部にあげる