幼い頃から、乗り物は好きだった。
車、自転車、そして電車。カッコいいものは好きだったし、なにより自分がそれに『乗って』いる、ということが何よりも興奮した。
だから、父親ーー金蟬から『新幹線に乗るぞ』と言われた時、まさかそれが乗り物だとは、最初は思いもよらなかった。
あれはまだ五歳の時。金蟬に貰われて、初めての夏のことだった。仕事で夏季休暇を貰ったという金蟬が、突然、遠出の予定を伝えてきた。
「せんかんせん?」
「新幹線」
「……しん、かんせん?」
「そうだ、新幹線だ」
舌足らずの悟空の言葉を、金蟬が訂正する。壁に貼られたカレンダーを睨みながら、金蟬はカタカタとパソコンに指を走らせた。
「ちょっと遠出する。電車だと時間がかかるから、今回は新幹線だ。……電車は分かるな?」
「でんしゃ!」
「それのずっと早いやつだ」
「はやい?」
悟空はきょとんと首を傾げた。車も電車も、悟空が知っているものの中ではずっと早い乗り物だ。
その電車よりも『早い』乗り物。全く想像がつかず、悟空は目を瞬かせながら呆然と金蟬を見上げた。
悟空が何も理解していないことを予測してか、金蟬はパソコンで『新幹線』というものの写真を見せてくれた。電車よりも細長く、格好いい姿。ちょっと鳥のクチバシみたいだな、なんて思いながら、その写真をまじまじと見つめて言った。
「こんぜん、こんぜん」
「何だ」
「どのくらいはやい?」
「そうだな……同じ速さの風が吹いたら、電柱なんかは余裕で吹っ飛ぶな」
「ふえっ」
金蟬の例えに思わず窓の外の電柱を見て、悟空はぶるりと背中を震わせる。あの大きくて硬い電柱が、空を飛ぶほどの風、と同じスピード。予想外の答えによって『新幹線』に恐怖心を持ってしまったことが金蟬に伝わったのだろう、金蟬が慌てて取り繕った。肩にぽんと手を置き、いいかよく聞け、と前置きをする。
「だがな、悟空。新幹線の中では、何と飯が食える」
「ごはん?!」
まだランドセルも知らない、花より団子の幼稚園児。目を輝かせた悟空に、金蟬は「よし」と言葉を続ける。
「そうだ。座る席を選ぶことが出来て、買ってきた飯が食える。席が決まってるから、そこで寝ることも出来る。
電車よりもイスはふかふかで、寝心地は悪くないぞ。それでいて速いから、窓から見える景色はどんどん変わっていって楽しいだろう」
「ふおお……!」
金蟬の言葉はまるで魔法の道具の説明のようで、悟空はその場でジャンプしそうになるほど心が躍った。
ふわふわのイスと、カッコいい景色。そんなところで食べる、お弁当。
あと何日。カレンダーの赤い丸を見つけて、じっと考え込む。この日にならないと、新幹線には乗れない。もっと乗りたい。それならは。
「……こんぜん」
「なんだ」
「おれ、しんかんせんにすむ」
「…………まあ、うん、乗ってから考えろ」
微妙な顔をした金蟬の前で、新幹線の写真をもう一度見せてくれと悟空は強請った。
それから約一ヶ月後。
初めての新幹線に興奮しすぎてしまい、乗車中に寝てしまってお弁当を食べ損ねた話は、今でも金蟬は笑い話にしてくるのだった。
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五十嵐旭
おわり!!
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電車と悟空
初公開日: 2022年07月09日
最終更新日: 2022年07月09日
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電車乗ってるあいだのワンドロ