エバーノートに書いてるやつの続きでやってる。若モリの語尾がカタカナになるのがどのタイミングかまるでわからん。
ロンドンの街を並んで歩く。整った横顔と夜風に揺れる癖のある銀髪を見ながら、ふと、こんなことを言いたくなった。
「警官か数学者の2つなら、私は数学者のほうが君に合いそうな気がするなぁ」
「そう思うかい?」
どうして? と、彼は黒い大きな目でのぞき込んできた。少し言葉に詰まった。思わず言ってしまった手前、答えなくてはいけないだろうが、全ての行動を緻密な計算で決定する彼にこんな平凡な返しをしていいものか。けれどモリアーティは無言でこちらを見つめ続けてきた。明らかに答えを待っている。
「呆れない?」
「呆れるような答えなのかい?」
「君からすればそうだと思う」
「なら約束しよう。呆れもしないし、バカにもしない」
「うーん……そっかぁ」
そう誓われても言うのを悩んだが、モリアーティは引く気がなさそうなので諦めてため息をついた。
「直感」
「………………直感」
あ、やっぱり呆れた。約束した直後だからか、刹那浮かんだその顔をすさまじい速さで引っ込め、かといって代わりにどういう表情をしたらいいのかわからないのだろう、モリアーティは大変微妙なしかめ面をした。残念ながら、一度出してしまったものはもうなかったことにはできない。
「君みたいに誰もかれもが合理的に行動できるわけじゃないんだよね」
「それはそうだろうけど」
言ってからモリアーティはしまったという顔をした。
「うーん、いやごめん。謝るよ。言ったそばから破ってしまったし、余計な一言も足してしまった」
「気にしていないよ」
ほんとに気にしてはいない。彼のような天才と凡夫である自分では思考の段階から違うだろう。
「じゃあ、せめてものお返しに僕の直感を伝えよう」
「君の?」
意外だ。彼は勘とか運とかそういった類のものを徹底的に排除しようとするのに。驚きが顔に出ていたのだろう。モリアーティはいたずらっぽく笑った。
「さっきはああいう反応をしてしまったけど、直感は無意識下で気づいたことや行ったことを計算して、その過程を飛ばして計算結果を導き出しているとも考えられる。そういう意味で言うなら、君の直感も僕の直感も計算の上に成り立っているんだろうね」
「じゃあその、君の無意識の計算結果はなに?」
「うん、それはだね————立香はもう、将来の目標を決めているだろう?」
足を止めた。一歩遅れて彼も止まり、肩越しに振り向いた。
「なんでそう思ったの? 私は君みたいに優秀なわけでも、特に好きなものがあるわけでもないのに」
「今、言ったばかりじゃないか。その『なんで』を飛ばして結論を出すのが直感だって」
なるほど、そう言われてしまうと直感とは便利なものだ。統計学のようなものだろうか。過去の結果から未来に起こりうる結果を予測する。なぜそうなるかは一度棚上げ。でもこうなるはずだ、を先に提示する。
残念だけどその直感は外れだよ。私に特別な目標なんてない。たまたま大学に入れただけの普通の人間だ。答えはもう決まっていた。
「取り戻したい」
発した言葉は頭の中のそれとは別物だった。
「何を?」
「全部。奪われてしまった、失ってしまったものを全て。そのせいで他の人と争わなければいけないことになっても、誰かを踏みにじらなければいけないことになっても、私は、消えてしまった大切なもののために、何度でも立ち上がってみせる」
言葉は驚くほどよどみなく出てきた。そして意味不明だ。私は何を言っているのか。モリアーティも唖然としている。けれど、そんな曖昧で誇大な願いが、私の体を激しく熱し奮い立たせてくる。
「君の奪われたものって、一体なんだい?」
ずきりと頭が痛み、眉をきつくしかめた。
「それは……それ、は……」
なんだろう。わからない。思い出そうとすると頭が痛む。わからないのに、何かが奪われたという焦燥だけがただただ胸をかきむしる。
答えられずに俯き黙っていると、足元に影が差した。見上げると、モリアーティがワタリガラスの羽と同じまなざしを注いできていた。
「大丈夫かい?」
光を通さない深い、深い暗闇の目は、見る者によっては恐怖をもたらすのだろう。でも私はそれを怖いとはまったく感じなかった。何とも言えない空気になったのを誤魔化すように、大げさに笑う。
「ごめん、変なこと言っちゃった。やっぱり寝ぼけているのかな」
知性を湛えた眼がぐっと細められる。何か言いたげだが、最後にはやめたようだ。
「……かもしれないね。今夜は冷えるらしいし、早く部屋に戻ろう」
頷き、また肩を並べて歩き始める。ずっとそうしてきた。出会いは特筆するようなものでもない。天才と凡人がルームメイトになっただけ。ほんの少しの巡りあわせが作った縁。釣り合わないことはわかっている。そもそも彼と対等に立てる頭脳の持ち主がどれほどいるかもわからない。だからこそ、かえって私が彼の同居人であり友達になれたのだろう。【追加予定】
いつの間にか頭痛も収まっていた。そうだ、何もあるはずがない。私は隣を歩く天才の男とは違うのだ。平凡で普通、穏やかそのものを形にした人生を進んできた私が、誰かを踏みにじってまで取り返そうとするものを持っているはずがない。私の持っているものは、所詮この両手に納まる程度しかないのだから。
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【ここ合間何か入れる】
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