起きていなければ仕方がない、とすっかり逃げ腰になる自分を、いつまで先延ばしにしやがるこの腑抜け、と罵る自分もいる。焦ることはない、別に今日でなくとも、とやり過ごすうちにもう十日も繰り返している。
はぁ、と吐き出した溜め息は野外の雨音に混じって消えた。外の五月雨はいよいよ止む気配はなくざぁざぁと幾重にも重なる雨音がこの部屋を包んでいる。
やがて、敷布にくるまるかごめがかすかに身じろぎをして仰向いた。薄暗い部屋の中でもほの白く映える頰に睫毛の影が落ちている。頰にかかった髪の毛を一筋、犬夜叉の手が退けてそのまま梳いた。ふわりと細く柔らかな髪は、指先に絡まったかと思うとあっけなくすり抜けて白衣の胸元に散った。
規則正しく上下する胸元を眺めながらぼんやりと思う——不用心だと。
その気持ちの深度は別として、かごめに懸想する男が  今も昔も変わらない。そして恐らくはこれからも。 この稀有なる 慈愛  娘に寄せられる好意に気づく時、犬夜叉が穏やかならぬ心持ちとなることもまた変わらない。変わらないのだが、  以前、この半妖の好敵手とも言える妖狼族の若者とやり合っていた頃とは少し違っていた。
あの三年間、かごめは誰の手も届かぬ女となった。永い時の流れがかごめを那由多の  連れていって その肉体は世界から完全に   その途方のなさ——為す術のなさは、誰の目から見ても明らかだった。
犬夜叉は  やっと出逢えた    何故かごめでなければならないのだ、と憤ってみても、犬夜叉はすでにかごめという存在の特異さを理解している。
かごめとの最後の瞬間を思い返すたびに、かごめと共にいた家族の顔が浮かんだ。かごめの居場所は井戸の向こうなのだ。元の居場所へ帰っただけ。
ただそれだけのことだと思い込むには、   そのかごめの中へ、唯一の居場所を見つけてしまった
かごめを愛することは、どこか世界の  筋道を外れたことなのかもしれない、と思った。そんなかごめを愛した己が、  失うのもまた道理だったのかもしれないと思った。自分を責めるでもなくただ漠然とそう思った。
だから。あの春の日、再びの奇跡を携えて自分の前に現れたかごめを
ほとんど脊椎反射の   でかごめの手を取り抱き寄せた  とは裏腹に、
誰のものでもない女を自分の腕に囲うことに(漠然とした)不安があった。犬夜叉は神仏の類をまるで信じない男だったが、森羅万象の理(ことわり)は知っていた。あらゆる生き物が  それがさかしまになることはあり得ないと獣にほど近い感覚で理解していた。それは例えば、時の流れや時空という    その理(ことわり)に反した時、今度こそ永遠に失うのではないかという
ある種   罰への恐れを持っていた。
そんな風に怯える一方で——ひどく恐れているからこそ、犬夜叉の五感は貪欲なまでにかごめの存在を認識したがるのだ。
(生きている。)
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