今日は朝からツイていなかった。
まず、寝坊。スマホで目覚ましをセットしたのに、見事充電が切れていた。朝日の眩しさで瞼開いた奇跡が、不幸中の幸いだ。昨日疲れ切っていたから、すぐ意識が落ちてしまったらしい。化粧もせずに飛び出して、ギリギリ間に合った。本当にギリギリ過ぎて周りには苦笑いされたけど、皆勤賞を逃すわけにはいかない。一秒の価値の高さを痛感したよね。
次に昼食。カップ麺をロッカーに入れていたから食べようとしたのに、賞味期限が二ヵ月も切れていた。いや二ヵ月て……。どんだけ管理していないんだろう。一ヵ月なら食べていたけど、さすがに二ヵ月は無理かな。
近場のコンビニへ買いに行けば、絶賛強盗中の敵に遭遇してしまった。これに関しては、敵の方が災難だったけど、その後の処理に追われて結局休憩時間は無残にも散った。ねえ、私のお腹は何時間もの空腹には耐えられないのよ……。
極めつけは帰宅時だった。今朝から頑張った自分へご褒美をあげようと、昼訪れたコンビニでデザートを買って帰った道すがらスコールに見舞われた。叩きつけるような豪雨は地面を跳ねまわって、足元から急激に冷やしてくる。当然走る気力なんて持ち合わせていなくて、気力なく全て身に受けて帰宅した。もう最悪だ。
泣きたい気持ちを堪えながら、自宅の扉を開いて天を仰いだ。焦凍くんが来ている。普段は自分の靴しか置かれていないのに、男性物の靴が綺麗に置かれていた。
「おかえり。……すげえ格好だな……」
タオル取ってくる。と再び奥へと消えていった焦凍くんと見送って、ふと視線を落とす。コンビニ袋には水が溜まっていた。気が滅入りながら中の物を取り出して玄関の扉を開き、水を捨てる。
渡されたタオルで体を軽く拭き、すぐにシャワーを浴びに行った。冷え切った身体を温めて脱衣所から出ると、甘い香りが心を落ち着かせる。焦凍くん、私の扱い慣れてきたな。
「ココア。ミルク増し増し? で用意しといたぞ」
「ありがとう。スマホ充電切れちゃって……いつ来たの?」
「一時間前くらいだな。勝手に寿司買ってきちまった」
「お寿司? いいね、嬉しい。もうお腹ペコペコなの」
ソファに座り込めばどっと疲労感が押し寄せる。溜め息を吐くと、心配そうな表情で焦凍くんがこちらを気にするのが分かった。
「朝から事件あったのか?」
「え? なんで?」
「服脱ぎ散らかしてあっから、緊急出動の要請だったんだろ」
ごめん、ただの寝坊……。普段なら綺麗にしているのに、今朝は全てなぎ倒す勢いで家飛び出たからなぁ。まさか焦凍くんが来るなんて思わなかったし。
お寿司を食べながら、適当な番組を流して二人で雑談する。大した話なんてない。今日はどうだったとか、同期の活躍話だったりとか、いつも似たような話題だ。
お腹が満たされてのんびりしていると、ふとシャワーを浴びる前に冷蔵庫へしまったデザートを思い出す。上げた腰は数時間前より大分軽くなっていた。
「ね、どっちがいい?」
「お前が食べたくて買ったんだろ。俺はいい」
「せっかくだから二人で食べようよ。あ、お腹もういっぱい?」
「いや、食える。好きな方とっていいのか?」
「もちろん。お寿司買ってきてくれた、ささやかなお礼ってことで」
抹茶のどら焼きと、定番ティラミス。前者は期間限定商品で、後者は良く食べるから迷わず買っちゃったんだよね。二つを並べて焦凍くんにどちらがいいか訊ねると、予想通りどら焼きを選んだ。
ティラミスの蓋を開けていざ食べようとすると、目の前にどら焼きの欠片が差し出される。勿論、犯人は焦凍くんだ。まるで餌付けをするかのように小さく割られたどら焼きを「食え」と差し出される。そっと、顔を近づけた。
「美味いか?」
「うん。思ったより抹茶の味濃いね」
焦凍くんも一欠片口にして、小さく頷いた。私と味の好みが似ているから予想通りお気に召したらしい。続いてティラミスに手を付けようとすると、プラスチックのスプーンを先に奪われた。同じように、掬われた茶と白のコントラストが口元へ差し出される。
「……ねえ。ちょっと、恥ずかしい」
「家だしいいだろ。お前が気にする周りの目ってのも、今はねえ」
「そうだけど……。うう、いただきます……」
二人きりでも十分羞恥心を煽ってくる。けど、優しい眼差しを向けてくれる焦凍くんに我慢なんて出来ようがなくて、甘えるように再び口を開けた。小さく美味しいと告げれば、ふわりと目が細められる。
ああ、この表情、凄い好き……。
途端愛おしさが広がって、逞しい肩に身を預けた。瞼を閉じると、頭を優しく撫でられる。
「今日も頑張ったな」
その一言で、今朝からの受難がまるで無かったかのように浄化されていく。焦凍くんから発せられる言の葉は、いつだって私を癒して前向きにさせてくれるから、本当に魔法みたいだ。
心の中で大好きだよと囁くと、見通したかのように優しすぎる口付けが降りてきた。