4/23 21:00~のセッション『正気の街』を文字に起こしております。
ここ違う!とか、このシーン飛んでる!とか、うちの子こんな口調じゃ無いわ!とかあればご指摘お願いいたします。
今日も疲れた。寒くないよう伸びた合成繊維の寝巻の袖を引きつつ、綿の寝具を軽く足で伸ばす。修は重たい身体をどうにか布団に突っ込んで一息吐いた。朝起きたら三人分の朝食を作り、仕事に行きたくないとイヤイヤ期の二歳児並みに抵抗する兄を引っ張って探偵社に連れて行き、仕事が始まれば横浜市内を東奔西走。探偵社の仕事中に送られてきたポートマフィアからのメールを確認し、終業後にマフィアビルに直行。異能を掛けられた部下複数人に異能無効化を使用し、ゲームで言えばデバフ解除しその件について報告書を纏め首領に草上。そして帰ればまた二人分の食事を作って川に飛び込んだ兄の衣服を洗濯機にぶち込み、ようやく空いた時間で風呂に入って眠りに就く。毎日のルーチンワークなので慣れはあるが、人間なので疲れはするのだ。たまに見かねた兄に拘束されて何かしらをサボる羽目になる日もあるが、まだ大丈夫なラインの筈だ。駄目になると目があからさまに怖くなるが、今日の所は怖くなかった。
あの兄の目が怖くなるまで働くなという真っ当な突っ込みが出来ない位に修は疲れていた。社畜はスイッチが入ると自分では止まれないのだ。
そうしてようやく実際は長いが体感では恐ろしく早い一日を終え、重たい瞼が誘導する儘に目を閉じる。明日の朝は残りの人参を使って――それ以上考える暇も無く、意識は闇に溶けた――
――筈だった。
ドドドドドドドドド、無理にエンジンをこき使っているような音がする。尻から背中にかけて小刻みな振動を覚えた。何だ?違和感に気付いて目を開け、眼前に広がる光景に修は「は?」と呟いた。
視界にまず入ったのは広大な砂漠。サハラを彷彿とさせるように、あちこちに小高い砂山が出来上がっている。今はその一つを駆けあがっているようだ。車で。少し視線を落とすとグローブボックスがあり、左手は扉。右側には運転するメイドさん……砂漠で車を運転するメイドさん?意味が分からない。誰だこの人。ぎょっとしつつも後ろを振り向くと後部座席には秋声と知らない金髪碧眼のスーツの男が驚いたように目を丸くしていた。ここで少しだけ安心する。秋声という天災を人型に固めたような身内がこの非常事態に居てくれるのはありがたい。
本当なら妙な夢を見ていると片付けたかったのだが、こんなにも車特有の臭いや悪路を走らせている時の振動、果ては座席の布の触り心地まで認識出来る明晰夢は今まで見たことが無かったのでその線は薄いなと絶望していた。よくよく観察すると今乗っているのは推定パジェロ。悪路走破性に非常に優れた大型エンジンを搭載した三菱製の車だ。過去バラエティ番組の最高景品として据えられた位には評判が良い。脳内で「パージェーロ!パージェーロ!」という掛け声が響き渡って消えてくれない位には印象的な車だ。ついでにたわしがぽよんと浮かんだ。お前はお呼びで無い。現状という意味でもルーレットの景品という意味でも。
これはどういう状況ですか?そう口を開こうとしたところで、奇妙な音が後方から響いている事に気付いた。足音だろうか。嫌な予感しかしないが見ないと始まらない、と振り向くと、後部座席の二人も同じように振り返っていた。そして車外、随分距離がありそうで豆粒サイズに見えるが、実際はかなりの大きさがありそうな何かが猛スピードでこっちに迫っていた。何だあれは、あまりの超展開に着いて行かなくなる頭を叱咤して現状打破を考えたが、突然ガクンと車体が揺れて思考が途切れた。
「すみません。運転に失敗してしまいました。どなたか変われる方はいらっしゃいませんか?私がこのまま続けるよりも変わった方が良いと思うのですが」
「え、ええ?あ、僕運転出来ます?」
車が一旦スピードを落としてしまった所為で、豆粒サイズの化け物はビー玉サイズになっていた。追いつかれそうだ。慌ててシートベルトを外し、まず修は席を後ろに引いた隣のメイドの前へと脚を滑り込ませた。そしてアクセルとハンドルを引き取ると、するりとメイドは修が先程まで座っていた助手席へと移り座る。それを確認して修も運転席に座り、座席位置を調整しながらアクセルを踏み込んだ。無免許運転という言葉を今更思い出したが非常事態なので許して欲しい。寝る前の服では無く、いつものシャツとスラックス姿であるし、頸から銀時計もぶら下がっている。腰に重さを感じるので財布も持っているだろう。ということはバイクの免許は持っているのでこれで見逃してくれないだろうか。誰に言うでも無い言い訳ばかりが頭に浮かぶ。そんな事よりこの状況を解析しなければいけないのだが、頭というのは無駄なことばかり思いつくものなのだ。
「修君飛ばして!何か面白いのが来てる!」
「面白いの!?秋声さんが言う面白いのって何です!?」
「二足歩行する象!」
「象の身体は二足歩行出来るような構造じゃ無いしそれであのスピード出してるんです!?」
ナチュラルボーンで常人とは違う観点でしか物事を捉えない秋声だが、嘘が嫌いなので仕事で必要な時以外は真実しか口にしない。ということは、先程の豆粒サイズの何かは本当に二足歩行する象らしき何かなのだろう。頭がパンクしそうだ。ついでにかっ飛ばし過ぎてタイヤもパンクしないかが怖い。この砂漠しかない世界でいつまでガソリンがもつかも分からない。どうすれば、と辺りを見回すと、徐々に砂丘ではないものが頭角を現している事に気付いた。あれは、ピラミッド?
「ええ……僕等本当にエジプトに来ちゃった感じなんですコレ?」
「僕日本に来たばかりなのに……」
金髪の男がボソリと呟いた。どうやら日本語は通じそうだ。これで言語の壁があったらもうお手上げだった。この異常事態に通訳を通して会話なんてやってられない。
「あのピラミッド、この車位なら入れそうな入り口がありますね」
「でも入ったら袋小路なんだよなぁ……」
ずっと辺りを見回して状況分析に努めていたと思しきメイドの発見に、秋声が嫌そうに呟いた。確かに、あの内部に追い込まれて前門の壁、後門の二足歩行象なんて状況になったら目も当てられない。が、周囲にはアレと砂漠しか見えなかった。
「入らないと、下手をすると砂漠をこの車一台で疾走し続ける事になりますよ。今はまだいいですが、この暑さで水無しでいるには限界が来ますし、何よりいつかガソリンが尽きます。現時点で判別出来るチャンスはあのピラミッドだけです」
「……入るしか無さそうだね」
幾ら修でも砂漠越えの方法なんて分からない。一人知りあいが居るとはいえ、怪しい人間二人を抱えてパジェロで象から逃げきるなんて無理があるだろう。
仕方が無いので相変わらず限界までエンジンを酷使し、滑り込むようにしてピラミッド内部に突入する。すると、化け物は徐々に小さくなっていった。どうやらここまで追って来る気は無いらしい。逆に怪しい。ここは一体何なのだろう。今更ながらに不安が首を擡げた。
暗くはあるが、外から光が漏れ込むので多少は見える。眼前にはピラミッドのより奥へと進めそうな扉があった。扉は頑強そうで、パジェロで突っ込んだら盛大に車体が歪みそうだなと強行突破を諦めざるを得ないようなものだった。
「あそこに入れって事でしょうか……」
「どう見ても怪しいねぇ」
日陰なだけありがたいし、此処で暫く様子を伺うか。そんな思考はすぐに吹き飛ばされた。扉が開き、誰かが出てきたのだ。その人物はあまり大きくはなく、灰色のローブ姿で詳細は分からない。警戒はするも、声は聞きたいので試しにカーウィンドウだけ開いて顔だけ出してみた。すると、謎の人物は少女のような声でこう宣言した。
「ここは『正気の街』。狂気の荒野から隔絶されし平穏の世界。我々は新たな同胞を歓迎するよ」
ピラミッドなのに『街』とはこれいかに。というか『正気』って何だ。寝起きにメイドが運転するパジェロでマフィア仲間と知らない金髪の男と四人で二足歩行する象に追い掛けられながら砂漠を疾走ていたというのに、その後に『正気』なんてあるものか。自分で言語化しながら何を言っているのか全く理解出来ないのだが。修は死んだ魚の目で推定少女を眺めた。少女はさらに口を開く。
「ここに身を寄せるなら市民になってもらうよ。そして、市民となる以上君達は街の慣わしを守る必要がある。街の慣わしを忠実に守ったならば、上の階層に移ることが出来るんだ。「正気の街」は全部で五階層。上に行けば行くほど生活のグレードが上がって、最上階層の第五階層には神様が住んでいるんだ」
胡散臭。修は少女を塵を見る目で眺めた。
「神様は自分のもとに辿り着いた住人の望みを何でも叶えてくれるんだ。元の世界に帰りたいなら神様に会ってそう願えばいいと思うよ」
つまり、この人物は修達が『この世界の人間では無い』事を知っている訳だ。怪しさは増加する一方だ。
「街の慣わしに従わなかった者は「正気でない」と見なされちゃうからね。「正気でない」者は神様によって危険分子と判断され、街を追われるよ。ボクは君達の監視を任された者――メッセンジャーで、君達がちゃんと生活出来ているかどうか見張らせてもらうから。もしおかしな行動をしたらペナルティさん呼ぶからそのつもりでね☆」
『正気』というのは『その階層において”普通”であること』と捉えるべきなのだろうか。極端な話、毎日人を殺すのが”普通”の階層である可能性もある。入れば分かるだろうが、情報が少ない現時点では厄介な制限だ。縛りプレイは人生だけにしてほしい。人生は嫌が応でも柵が出来るので、望まないのに縛りプレイとなってしまうから糞だ。
この人物から出来る限り情報を引き出したい。修が思考を纏めていると、後部座席の金髪の男がボソリと呟いた。
「Wチーズバーガー……」
何故にWチーズバーガー。もしやこの車から顔だけ出している状況をドライブスルーとでも思ったのか。随分と物々しいマックである。そういえばスタバのドライブスルーも地方に行けばあるらしい、とまた明後日の方向に思考を飛ばしていると、メッセンジャーと名乗った人物も金髪の男と同じ様にボソリと呟いた。
「長い事食べてないなぁ、Wチーズバーガー」
分かるのか。というか食べたことあるのか。しょっぱい気分で見下ろすと、何を考えているのか金髪の男が声を張り上げて訊ねた。
「キミ、マック派?それともマクド派?」
「マック」
「東の人間だ!!」
断定して良いのかそこは?というか何故今の質問で上手い事メッセンジャーが修達と同じ世界の人間だと聞きだしたな?修は金髪の男を珍獣と思う事にした。
兎にも角にも、このメッセンジャーは質問には答えてくれるという事が判った。嘘か本当は分からないが、無言で中に入れと言われるよりは良い。男に続くように、修もまた質問を口にした。
「先程ペナルティさんと仰ってましたよね?ペナルティさんって何です?」
「ペナルティさんはペナルティさんだよ」
質問を間違えたか。どうやら答えてくれる気は無いらしい。核心に近いものなのか、『ペナルティ』という特性上、出来る限り隠し玉としておきたいのか。仕方が無い。この路線の情報は現時点では手に入らないと諦めよう。
「どうします、行きますか?」
「行くしか無い気がします……」
「だねぇ」
ここで待っても物事は進まない。それならば、多少好転する可能性がある扉の向こうに進む方が建設的だろう。そう判断して、四人は車から降りメッセンジャーの方へ向かった。それを受け入れるよう、メッセンジャーは足取り軽く扉の向こうに戻って行った。
■第1階層
これまでは空気が乾燥しきるのも道理な程陽射しを含んだ暑さに身を焼かれそうだったが、扉を潜った瞬間ふわりと暑さはなりを潜めた。別の空間なのか?と修は空を見上げる。ピラミッド内部であるにも関わらず、頭上には青空が広がっていた。
視覚情報は先程より澄んだが、嗅覚情報は逆に悪化した。まるで擂鉢街に入った時のようだ。腐ったゴミと、風呂に長い事入っていない人間特有の饐えた臭いが充満している。事実、周囲にあるのはトタンで無理に作ったような、家と呼ぶには随分とボロボロな建物ばかりだ。
メッセンジャーは、そんなトタン小屋の一つに修達を案内した。そして、辺りを見回す四人に時間になったら迎えがくるからここで待っているように、とだけ告げて居なくなる。トタン小屋にはその辺りから拾ってきたのではと疑うようなボロい布団だけが鎮座していた。警戒するように秋声が扉の横に陣取るので、修は扉から少し離れた正面に座った。勿論、いつでも立ち上がれるような姿勢は保つ。
それを見た金髪の男は、着ていたスーツを脱いで床に敷いた。
「宜しければこちらに座って下さい。レディを地べたに座らせる訳にはいきません」
「あ、結構です」
秒で断られた。えっ?と愕然とした面持ちになった男を放置し、メイドの女性は周囲を観察しようと小屋の中を移動する。一人探索役が居てくれるのはありがたい。この男は何を考えているのかよく分からないので。勿論メイドの事もよく分からないが、現時点で取っている行動は全て周囲を警戒するようなものだ。
「これは、メモ?」
どうやらメイドは何か発見したらしい。意識は扉に置いたまま、ちらりとメイドの方に視線を移す。すると、確かに壁にメモが張り付けてあった。
「何て書いてあるの?」
「食事は一日三食。街の中心の広場で、必ずみんなで一緒に食事をする。食事の前の儀式を忘れてはならない。互いに分かち合う精神は何にも代えがたい宝である――だそうです」
これがこの街の『ルール』か。これを忠実に守れば『正気』であると見做され、上の階に移る権利を与えられる。食事の前の儀式が一番気になる。考え込んでいると、メイドはあのぉ、と困ったような声を上げた。
「今更なんですけど、自己紹介とかしませんか?」
「あ」
本当に今更だった。あまりにも胡散臭い状況が眼前に広がっていたので忘れかけていたが、メイドと金髪の男も不安分子だった。そういえば、という雰囲気を露わに、四人は互いをぐるりと見つめ合う。
「ええと、若光優です。公務員やってます」
まず名乗ったのは金髪の男。公務員と言っても色々あるな、と修は内心顔を顰めた。何せ此処にはマフィアが二人も居るのだ。勿論表の人間にこんなことは言えないので、その旨を伏せた自己紹介を続けた。
「僕は太宰修と申します。今は探偵社に身を寄せています。あ、そちらに居る方――秋声さんとは知りあいです」
修がてのひらで秋声を指し示すと、秋声は性別詐欺の微笑みをにこりと浮かべてくれた。恐らく若光もメイドも秋声を女性と勘違いしているだろう。
「櫻井瑞紀です。とあるお屋敷でお嬢様に仕えています。お嬢様の下に帰りたいので、皆さんと協力してここを脱出出来るよう頑張りたいと思います」
クラシカルなメイド服だったので本当の使用人なのか電気の街の路上に立っているタイプの店員なのか悩んでいたが、前者だったらしい。身分が多少保証されて安心した。似非メイドでないなら、ある程度のスキルは備わっているだろう。
「……ところで、若光さんは何処かでお会いしたことがある気がするのですが」
「ああ、前に事件現場で君を見た事があるよ?」
やや不安そうに聞いたメイド、もとい櫻井にフランクに若光が答えた。どうやらこの二人は知人だったらしい。つまり、知人の組み合わせ二組でパジェロに乗せられていた訳だ。しかし、事件現場としれっと言ったこの自称公務員、ほぼ警察官確定である。マフィア二人に警官にメイド、どんな組み合わせなんだ。うっかり修と秋声の身分をバラせなくなってしまった。
「私は……今の苗字が好きじゃ無いから言わないけど、秋声だよ。17歳だし、まぁ仕事って歳じゃないよね」
上手い事ぼかしたな、と修は感心した。これまで職に近い事を言っていたが、まだ17なので学生と思われても不思議では無い。修も『探偵社に身を寄せている』としか答えていないので、きっと働いているとは思われていないだろう。現時点では未成年が二人いる状況なので、善良な大人なら庇ってくれる可能性もある。身動き取りにくいのは嫌だが、矢面に立ってくれそうな人材が居るのは好ましいな、と修は内心でほくそ笑んだ。
ひとまず最低限の情報共有が終わったが、あとどの位待てばいいのだろう。銀時計を開いて時刻を確認すると、昼近かった。太陽の位置からして、恐らく時間概念が狂っていることも無さそうだ。
ちょうどその時、どんどんとトタン小屋の扉を叩く音がした。秋声は警戒するように重心をずらし、修も立ち上がって身構える。
「誰かいないかい?」
扉の向こうから男の声が聞こえた。それに対し、櫻井が明るい声で答えた。
「はい、どちら様でしょうか?」
「昼食の時間だから呼びに来たんだ。広場に用意が出来ているよ」
『街の中心の広場で、必ずみんなで一緒に食事をする』というこの街のルールを思い出した。行くか行かないか、視線で確認して、四人は扉を開く。すると、そこには浮浪者らしい饐えた臭いを纏った男が立っていた。だが、臭いの割には身綺麗だ。
広場に向かうと、案内してくれた男はこの街の中でもかなり身なりが整った人間だったらしい。広場の中心には鍋があり、その鍋から伸びるように反時計回りに円を描くようにして人が並んでいたが、やはりこの街に相応しい身なりの者ばかりだった。約四人分、ぽっかり空いたスペースがきっと修達に用意された位置だ。前から順に、若光、櫻井、秋声、修の順で並んでおく。現時点では住民に合わせ『正気』を示さねばならない。
暫く待っていると、簡素な皿にスープが盛られ始めた。スープは全員に行きわたるようにという配慮か、順々に回されてきている。バケツリレー方針か。じっと観察していたが、徐々に単なるバケツリレーでは無い事に気付いた。街の者は皆、隣の者に手渡す時にこう言うのだ。
「どうぞ、私は平気ですので」
『互いに分かち合う精神は何にも代えがたい宝である』という行為を示すためか。四人ともルールは覚えていたので、素直に住人に従いこういって回していった。
「僕は大丈夫だからどうぞ」
「どうぞ、私も平気ですので」
「僕も平気ですのでどうぞ」
「私も平気だからどうぞ」
多少言葉の違いはあったが許されたらしい。何事もなくスープは行きわたった。住民が食べ始めたのを見て、修達も口を付ける。かなり簡素というか、この街に相応しいスープだった。材料は塩とジャガイモしか入れられて無さそうだ。美味しいかと言われると沈黙で返したくなるが、毒が入っていなさそうなだけマシである。
そうして食べきった頃合い、ぴんぽんぱんぽーんと大型商業施設の館内放送のような音が辺りに聞こえた。そしてどこからともなくメッセンジャーが現れる。
「おめでとう!君たち四人はこの街で正気を示しました!第二階層に移動して下さいませ!」
先程の行為だけで『正気』と証明出来た、というのは嫌に違和感があった。しかも、移れるのは四人だけ。この街に居た者は皆、四人と同じように『儀式』を行い、食べ物を分け与えていたというのに。
人と違う事をしては『正気』で無いという認識をされてしまいかねないというリスクがあったが、今は階と階を移る間。明確な『ルール』は提示されていない。なので修は、やや博打的にメッセンジャーに問いかけた。
「メッセンジャーさん、ここに居る皆さんに質問してきてもいいですか?」
「いいよー」
随分あっさり許可が下りた。これは許容範囲内らしい。その明確な解に、四人は次々とこの街の住人に質問を投げかけた。
「こんにちは、少し質問良いですか?」
「ああ、なんだい?」
「ここでの生活はどうですか?」
先手を切ったのは櫻井だ。彼女の問いかけに、住人はさも当然のように答える。
「ああ、正気だから楽しいよ」
狂気的な解にぞっとした。『正気』である=楽しい。それは、刷り込みなのか、ペナルティさんなる存在を怖れての言葉なのか。唯でさえ狂ってるのではと思える街で、特に強くそれを感じた瞬間であった。それを受けて、修も試しに問いかける。
「この街にはどの位いらっしゃるんですか?」
「そうだねぇ。もうずいぶん長い事ここに居るかなぁ」
この街の住人はやはり、『正気』を示しているのにここに居続けている。何故修達は移動を許され、彼等は許されないのか――その考察の裏付けのため、続いて若光が質問をした。
「出身はどちらなんですか?」
「東京だよ」
砂漠の中のピラミッドに居るのに、やはり出身地は日本。違和感は積み重なっていく。
「ねぇ、上の階層に登った事はある?」
甘えた少女のような声で秋声も質問した。すると住人はいいや、と首を横に振った。
「上の階に登った事は無いよ」
つまり、登った後ペナルティを犯して階を下げられた訳ではない。もしくは上の階の記憶を抹消されている。謎が謎を呼ぶ事態に、こっそり唾を飲みこんだ。このピラミッド内部はやはり『狂気』に満ち満ちている。
「もう質問はいいかな?移動しても大丈夫?」
思考を纏めていたら、メッセンジャーがそう声を掛けてきた。律儀に待っていてくれていたのはありがたい。そう思い振り向くと、ローブの隙間から垣間見える口元が、嬉しそうに歪んでいるのが判った。質問する行為が嬉しい?『普通では無い』行動と捉えられてもおかしくないのに?
メッセンジャーが何を求めているのか分からず、修はただ黙って頷いた。他の面々も一旦質問を切り上げて良いという回答だったので、メッセンジャーはくるりと回ってまた何処かに向かう。四人はその後ろを着いて進んだ。
【第2階層】
次の階は、神社や寺社を彷彿とさせる厳かな空間であった。しかし、眼前に広がるのは現代日本でよく見るような無機質なアパート群だ。臭いは先程と違って悪くない。普通に風の臭いだな、と思いながら修はくんと鼻を鳴らした。
「それじゃあ、案内するから着いて来てね」
そう言ってメッセンジャーはそのアパート群の一室に四人を連れて行った。探偵社の寮を思い出す、少々手狭だが最低限の設備は備わっている。雨漏り間違いなしなトタン小屋とは雲泥の差だ。
「またここで暫く待っててね」
「ここでは何をすれば良いんですか?」
その質問にメッセンジャーはほんの少しだけ沈黙して、困ったように首を傾げた。
「うーん、ボク詳しいことは分からないなぁ」
曖昧な返答に使えない奴め、と思ったが黙っておく。そんな修の内心を悟ってか悟らずか、秋声がねえねえ、とやや呑気にも聞こえる声を上げた。
「ここにも一階層みたいなメモとか無いかな。探してみない?」
「そうですね」
秋声の勧めに賛同して、一同は部屋を物色する。すると、一冊の本が見つかった。櫻井がそれを手に取る。櫻井が読み上げた本のタイトルは『労働者の心得一覧』だった。
「ここに仕事の資料のようなものがありますが、これに従えば良いんですか?」
「そうだと思うよ」
断定系では無い。メッセンジャーはルールを守れとは言うが、ルールを口に出す事はしないらしい。どうやら今回はさっさと退出することは無さそうだと判断したのか、若光がHey!と陽気に声を掛けた。
「ねえねえ、君は前どこに住んでたんだい?」
メッセンジャーはやはり数秒間を開けたが、それなりに有名な関東圏の都市の名を上げた。だが、若光はその解答に困ったように肩を竦めて見せた。
「僕、アメリカ出身で最近日本に来たばかりだから詳しい地理分かんないんだよねぇ。あ、じゃあさ、東京でおすすめのスポットとかある!?」
この男、メンタル超合金か。どう考えても場違いな質問だが先程ファインプレーを見せたので突っ込まずに答えを待つと、メッセンジャーは唸ってからポツリと零した。
「そうだなぁ。ディズニーランドとか?」
Wチーズバーガーと言い、随分俗物的な物を出してくる。
「昔行った時は楽しかったけど、アレがあった後、色々経験してから不快になってきたなぁ」
アレとは何だ。そして不快になってきた、という事は機嫌を損ねては居ないだろうか。ここでへそを曲げられては堪った物では無いので観察していたが、メッセンジャーは相変わらず嬉しそうであった。質問する事は彼女にとって推奨する行為なのだろうか。それとも、『正気』の境界線をタップダンスするような行為を好んでいるのだろうか。単に会話が成り立つ事を喜んでいる可能性もある。先程の街では、住民は皆やや狂気的な発言ばかり言っていたので、まともな会話が成り立つのは貴重なのかもしれない。
そんな質問の後、メッセンジャーはまたここで待っているように告げてアパートから退出する。落ち着いた時間を得た四人は、櫻井が読み上げる『労働者の心得一覧』に耳を傾けた。
曰く、仕事の手を止めたり休んだりしてはならない。
曰く、苦しいのは君一人では無い。
曰く、君が頑張っている様子は、仲間に勇気と元気を与える。
「ブラック企業かな?」
若光の漏らした呟きに、否定する者は誰も居なかった。日本の社畜観念の肥溜めかここは。社畜と呼ばれて否定されない修ですらドン引きの心得だ。休んではならないって何だ。人間はマグロじゃないんだぞ。休ませた方が効率が上がるという研究結果を知らない無知蒙昧共は自分達もその辛さを体感しやがれ。呪詛に似た心の呟きは、流石に口に出しはしない。『正気』判定NGを食らいたくはないので。
暫くこの後の『労働』に想いを馳せていると、ドンドンドンドン!とけたたましいノックの音が響いた。
「おい!いつまで休んでやがる!もうとっくに仕事の時間だ!!」
休んでいる。この反応はとても拙い。急いで飛び出そうと四人は動いた。真っ先に扉を開けたのは、若光だった。
「Hey!Sorry!僕達今日から仕事を始めることになってるんだけれども、何処に行けばいいかとか何も分からなかったんだ!」
機転の利いた言い回しに内心拍手する。トタン小屋でスーツを敷いたりWチーズバーガーだの住んでいる場所だの頓珍漢な言動を繰り返していたが、やる時はやる警官だ、と徐々に好感度が上がっていった。使える人材はいつでも喉から手が出る程欲しい。
「そうなのか?それは……ふむ……仕方ないな……」
どうやら無事に切り抜けられそうだ。安心して胸をなでおろすと、恰幅の良い工場長のような見目の男は大き目の声でこう告げた。
「ならとっとと来い!案内してやる」
有難い。素直に工場長(仮)の後を着いて行くと、一番最初に扉を潜った時に通った神社仏閣のような建物に連れてこられた。その中の一室、長机が立ち並ぶ区画に四人は入れられる。
「お前たちはここで働け。仕事内容は魔導書の書き写しだ。ノルマは一人巻物三つ!疲れたら休んでも良いぞ。それから、各席に置いてある薬は好きに飲め。回復するぞ」
『仕事の手を止めたり休んだりしてはならない』というルールと照らし合わせて考えると、『疲れたら休んでも良い(がペナルティを食らう)ぞ』にしか聞こえない。物は言いようだなぁ、とげんなりしながら各々空いている席に着いた。生憎席はバラバラで、静かに写経のように魔導書を写し続けている。声を上げたら目立ちそうだ。そしてサボりと見做されそうでもある。
バタン!と音をたてて部屋を出て行った工場長に若光が中指を立てた。お行儀が悪いが気分は判る。それを尻目に各々に用意された席を確認した。机の前には和紙製の巻物と硯と筆、そして毒々しい紫色の液体が入ったガラス瓶。薬と言ったが毒の間違いでは無かろうか。余程の事が無ければ飲みたくはない。ガラスだから割って武器にも出来る、と考えている秋声以外は嫌煙する色合いだった。
各々、席に着いたがすぐさま仕事に取り掛かる者は居なかった。例えば若光。彼は、ちょいちょいと隣の男に小声で話しかけた。
「やり方が分からないんですけど、教えてくれませんか」
その問いにはそっけない回答が返って来る。
「俺は今忙しいんだ。そこにある巻物を書き写すだけだ。見りゃ分かるだろ」
櫻井も同様に臨席する者に一つだけ質問を投げる。
「どの位此処でお勤めしているんですか?」
「もう長い事勤めてるよ」
そう答えた人物の目は死んでいた。港の傍に据え付けられた市場に並ぶ魚の方がまだ生き生きしてそうだ。
修も質問してみる。
「コツとかってあります?」
すると、当たり席だったのか、単に質問が良かったのか。隣の人間は少しだけキョロキョロと周囲を見渡してから、ちょいちょいと指先で修を引き寄せた。耳を貸せ、そう言われているのだろうと判断してそっと身体を傾ける。
「ここだけの話、隣の奴は俺が巻物を盗んだことに気付いちゃいない」
ぞっとする回答に、修はすこんと表情を無くした。周囲を見ると皆、一心不乱に巻物を書き写している。まるで、他所事に意識をそらすという行為が出来ないように。今の台詞を加味すると、盗んで自分のノルマに加算しても良いように聞こえもした。だが、修は知っている。今も何処かでメッセンジャーが監視している可能性があるということを。書き写す、という労働を行っていない、即ち『正気でない』と判断される可能性と、楽をして終わらせる可能性、内心で天秤にかけ、よしと心を決めて筆を取った。博打はまだ打ちたくない。
秋声もまた、隣人から有益な情報を引き出していた。ねえねえ。お得意の甘えたような声で隣に座る女性に声を掛ける。顔面が良すぎて、性別的には正しいが一見間違っているようにしか見えないナンパモドキを成功させた。顔面で生きている人物であると宣言しても過言では無い。
「この薬、飲んだ人見た事ある?」
秋声が指し示したのは(毒)薬だ。その質問に、秋声の顔面をもろに見た事でぱっと顔を赤らめながら、女性はうんと答える。
「あるよ。飲んだこともある。だって飲まないと……でも、飲むとすごく疲れるの。だけど、正気を示さないと……」
どうやらこの薬無しでは書き写し作業を続けられないらしい。確かに書き写すのは面倒臭いし長時間行えば疲れるだろうが、そこまでだろうか。少し疑問を覚えながら筆を取り、墨汁をたっぷり吸わせた。
そうして書き写せば、女性が言っていた言葉の意味が分かった。魔導書の中身はその呼称に相応しい禍々しい内容だった。読むだけで怖気を覚えるような、倫理を逸脱した内容に四人は精神力を削られていく。この中で一番すいすいと書き写しているのは修だろうか。単に魔導書の内容が薄いのかもしれないが、もしかしたら魔導書よりもおぞましい身内が居るからなのでは、と脳裏に包帯塗れの兄の姿を思い浮かべた。兄の所業の方が魔導書の書き写しよりも精神が抉られる気がする。
逆に最も精神的に問題を抱え始めたのは若光だ。アメリカから日本に移り住んだばかりでこの狂気のピラミッド踏破チャレンジ、抉られても無理は無い状況だ。このまま三つ書き写せなければ『ペナルティさん』が来てしまう。それにこの薬の成分も気になった。迷ったが背に腹は代えられないと若光は遂に小瓶に手を伸ばした。だが全てを飲むことはしない。敢えて中身を少しだけ服に零し、後々解析出来ないかと証拠を残す。飲んだ瞬間妙な疲労感を覚えたが、精神的には楽になった気がする。成程、『回復』というのはHPをMPに変換するような行為なのか、彼一人だけ身をもってそれを悟った。
そうして四人は無事、巻物三つ分の書き写しに成功する。この後はどうすれば良いんだ、と周囲に視線をやると、工場長が消えた方の部屋からメッセンジャーが現れた。あちらに行けばいいのか。四人は揃ってメッセンジャーの下へと向かう。
メッセンジャーはまず、若光を見て嬉しそうに頬を緩めた。もっと言うなら、若光が薬を零した袖を見ているようだった。彼女怖い、と若光が怯えて後ずさる位には明るい雰囲気だった。が、残り三人を見て口元をへの字に歪める。
「ったく、つまんね」
ボソッとそんな呟きが聞こえてしまった。どうやらお気に召さなかったのか。身を固くしたが、メッセンジャーは常の声色に戻してこう宣言した。
「おめでとうございます!貴方達はここでも『正気』を示しました!次の階層へどうぞ!」
やはり、元からこの街に居る労働者にはその移住権が適用されていなさそうだ。先程の階ではこのタイミングで『ルール』の空白期間があったように思えたので、修は今の内に質問してみる事にした。
「メッセンジャーさんメッセンジャーさん」
「なあに?」
「神様って会った事あります?」
修が気になっていたのは、神は実在するか否かだ。五階層まで登って、実はそんなもの居ませんでした、なんて言われたら堪ったものでは無い。まぁメッセンジャーが嘘を吐いている可能性もあるが、情報が無いよりマシと判断した。するとやはり、メッセンジャーはさらりと答えてくれる。
「あるよ。ボクがここに住みたいって言ったらいいよって言ってくれたの。でも薬は不味かった……それに、何処かに帰るっていうのも、ねぇ」
薬は不味かった?若光は首を傾げた。彼が飲んだ毒にしか見えないMP回復薬は、よくある栄養ドリンクのような味だったからだ。つまり言うほど不味くは無かった。
薬で一つ思うことがあった。修は今なら何でも許されると信じ、もう一つ、と声を掛ける。
「あの薬、持ち帰れたりします?」
修が各机に置かれた薬を示すと、メッセンジャーは明らかに機嫌を上昇させた。それは、若光が薬を零した袖を見ていた時と同じような喜び方だ。
「うん!いいよ!!」
いいんかい。突っ込みそうになったがぐっと堪え、ありがとうございますと返していそいそと自席に取りに戻った。私も欲しいです、私も~!そんな櫻井と秋声の声にもどうぞどうぞと言わんばかりに許可を出している。やはり嬉しそうだ。
どうやら、『ルール』の境界線に近い行為を行う方が彼女的には喜ばしいらしいと此処で判別が付いた。つまりこれからは、彼女の好感度を高めるためにも『ルール違反ではない』と、頓智が効いた解を示した方が良いのかな、と判断できる。あまり好感度を上げ過ぎても怖いが、低い方がもっと怖い。軽率に『ペナルティさん』は呼んで欲しくないのだ。呼んだら即座にやってくるのは芥川だけで充分である。
【第3階層】
次いで案内されたのは、セレブな豪邸が立ち並ぶ高級住宅街のような区域であった。一個下はブルーカラーの階層だったのに、ホワイトカラーを飛び越え不労所得で生きて行けてそうなエリアだ。労働者階層なんて修ですら真顔になる社畜の集合住宅地だったのに、ここは雲泥の差のようだ。働かずとも優雅な暮らしが出来そうな雰囲気だが、それでは『ルール』が良く分からない。
与えられた一室は、当然家に見合う豪華な一室だった。ギリシャ建築に近い階なので、どこを見ても意匠が凝らされていて楽しい。だが、楽しんでいる場合では無いと例によって例の如く探せば、案の定メモが壁に貼られていた。
『貴族にとって一日一度の礼拝は当然の嗜みザマス』
『神様にまみえる前に神殿前の泉で水浴びをし、身を清めるザマス』
『泉は邪心持つ者を焼く聖水ザマス。清らかな心あればそれで良し、邪心あろうとも負った傷が罪を雪ぐザマス』
「……ねぇ、これ破っていい?」
「いや破損は流石に……」
気持ちは分かる。ザマスって何だ。取って付けたお嬢様言葉よりも酷い貴族言葉だ。もう少しマシな表現を探す努力をしろとは思う。しょっぱい視線と変に淀んだ空気が立ち込める中、若光は何処からともなく黒ペンを探して来た。そして『ザマス』の部分を塗りつぶす。余程嫌だったらしい。
他には、と部屋をぐるりと見回すと、この部屋には本棚が用意されていると気付いた。これまでこんな物は無かった筈だ。修はその本棚の中から適当に一冊抜きだした。ほんのタイトルは『旅のノート』。そして表紙には女性的な可愛らしい文字で『ドリームツアーの感想』と記載されていた。
K・A「マッドマックス!!! なんとか脱出できたけど魔導書の書き写しの回避方法わからんかった……。でもおもろかったで」
S・M「同じくマッドマックス!!! 危うくコユキを殺す羽目になるとこだった。ありがとうぽつねんのリアルアイデア」
M・A「薬がマズい 象は死ね」
「……え、コユキさんもここに来た経験あるっぽいんですけど」
「コユキ君が?え、何々?」
K・Aとは安祥小幸のイニシャルだろう。次にコユキという言葉も出ているのでほぼ確定だ。しかも死にかけたらしい。
「これ、時系列おかしく無いです?」
「……本当ですね。魔導書の回避方法って、さっきの階の事ですよね?」
「しかもまた出てきたよ。『薬がまずい』って言葉」
「象は死ねって、砂漠に居た二足歩行のアレ?」
謎が謎を呼ぶメモだが、恐らくこのピラミッドを体験した後に出てきた言葉なのだろうという推測が出来た。つまり、五階まで登るか、何らかの手段を使えば脱出は可能。少しだけ希望が持てる内容だが、リアル知識が無ければ死にかけたという点が不安要素だ。
考え込んでいたが、ふと窓から差し込む西日に気が付いた。拙い、櫻井が真っ先に声を上げる。
「あの、まずは礼拝に行った方が良いのではないでしょうか?一日一度の礼拝って、そろそろ夜になりそうですよね」
間違いない。うっかり時間超過してルール違反判定なんて食らったら、国木田にバレたら激怒されてしまう。これはすぐに移動せねば、と、一同は気になる本を持ったまま先程見えた神殿らしきものの方へと移動した。尚、本はメイド服の中に収納されたと明記しておこう。どうなってるんだこのメイド服、という視線が櫻井に集まったが、その答えは返って来ることは無かった。
夕焼けに照らされた白亜の街並みの中に、メモに記載された泉らしきものはあった。泉といっても天然のものでは無い。石で囲われた、人工池のような場所だ。そこに人が列をなして、続々と身を清めんと脚を踏み入れていた。
「痛い痛い痛い痛い!!」
「ああああああ!!」
「無理無理無理ィ!!」
「おかあちゃーん痛いよぉおおお!!」
泉から漂う刺激臭、入った人間から上がる悲鳴。どう見ても硫酸の泉ですどうもありがとうございません。『邪心持つ者を焼く聖水ザマス』とほざいていたが、邪心が無くても焼かれるわボケェ、と悪態を吐きたくなった。
「そう言えばあのメモ、『清らかな心あればそれで良し』って書いてあったけど、別に清らかなら焼かれないとは書いて無かったよね」
「成程詐欺の手口」
流石に硫酸の泉を無傷で渡るのは無理がある。どうしよう、と頭を捻っていると、横からよし!と何か覚悟を決めたような声が聞こえた。嫌な予感がする。
「僕が入ってみよう!多分最年長だし!」
「待って待って待って。本当に待って下さいもう少し頭使いましょう?馬鹿なんです?」
長男だから耐えられた、なんてレベルじゃないんだぞ硫酸は。化学の実験で教師に口を酸っぱく触るな零すなと言われた経験は無いのか。無くてもアレが危険物であることは判るだろう。まさか先程飲んだ薬で頭までイカれたのでは、と勘繰りつつこのまま突き進みそうな馬鹿光を止めていると、ふと極稀に無傷で硫酸の泉を脱出する猛者が居る事に気が付いた。
「……え?硫酸の泉をしれっと通過してる?人外?」
四人揃ってギョッと泉を振り返ると、本当に極稀にだが無傷で通過する者を見つけた。法則性は分からない。修は少しだけ考え込み、うん、と一人頷いた。偶々目が合った無事な人物をちょいちょい、と手招きして寄せる。すると律儀に修達の方へと向かって来てくれた。素直で有難い。
「何ザマスか?」
ここではザマスでなければいけないなんてルールはあっただろうか。無い筈だ。となると単なるロールプレイか、素でこの口調を使っている御近づきになりたくないタイプの人間だろうと判断し、修は人当たりの良い笑みでまず頭を下げた。
「貴方、特に痛みも無く泉から出てきたように見えたんですが、どうしてです?」
「……日頃から信心深くあれば、あの泉に焼かれる事は無いザマス」
やはり簡単には口を割らないらしい。へえ、修は片頬を上げた。これまで不思議そうに見守っていた三人の内、非マフィア二人がびくりと怯える。秋声は何時も通り歪な笑みを浮かべたままだ。彼は修に慣れている。
「ふぅん……ねぇ、僕思うのですが、『皆泉で身を清めると苦しんでます』よね?でも『貴方は苦しんでない』。つまり『普通じゃない』。ということは、貴方は『正気じゃない』んじゃないですか?」
修の言葉はクリティカルヒットしたらしい。この世界で一番効く台詞はやはり『正気じゃない』のようだ。ルール違反では無い限りなく違反行為に近いゾーンを狙って、修は青ざめたザマス野郎にトドメの言葉を送りつける。
「……『正気じゃない』なら、『ペナルティさん』を呼ばなければいけませんね?」
「っ!?いや、ちょっと待て。待ってくれ」
ザマスが崩れた。どうやらロールプレイだったらしい。デフォルトでザマスを付ける不審者と話すよりは精神的に楽だな、と言葉が崩れた件については流す事にした。ザマス野郎もとい元ザマス野郎は、周囲の視線がこちらに向いていない事を確認して、小声で修に情報を与えた。
「……この小瓶の中身を飲めば、十秒位なら焼けずに渡れるんだ」
そう言って差し出されたのは、蜂蜜色の液体が入った小瓶。それは先程の紫色の薬よりも少ない量しか入っていない。一口で飲み切ってしまいそうな位の量だ。
「そんなに手に入らないから、工面出来るのは人数分……四本が限界だ」
「ふむ……分かりました。ありがとうございます。これで僕も共犯ですからね。『ペナルティさん』には言わないと約束しましょう」
にこやかに瓶を受け取ると、ほっと元ザマス野郎は肩を下ろしてそそくさと神殿の方へと消えた。
「という事で、僕等の分は手に入りましたよ」
「……君、未成年だよね?」
怖ァ、と若光がドン引きしていたが背に腹は代えられないのだから仕方ないだろう。修だって出来る事なら警官の前でマフィアらしいことはしたくない。握り潰すのだって楽じゃないのだ。
「う~ん、これ、もう一個手に入らないかな?ガラスだから割って武器になるよ!」
「投擲にも使えますね!」
「そうですね。持ち帰れたらベストですね。もう一人位ご相談に乗って下さる方を探して……」
完全に武器にしようとしている女子(概念含む)に同意しつつ、修は泉の方を一瞥したが、どうやら今の取引に気付かれていたらしい。無事に泉を抜け出した者は皆猛ダッシュで神殿の方へと消えて行った。危機管理能力は高いらしい。だからこの小瓶に辿り着くのだろうと思うと、仕方ないと諦めざるを得なかった。
「無理そうだねぇ……あ、じゃあ私、薬飲まないで行ってみる!」
「秋声さん!?」
「ちょっと待ち給え!?」
「無謀では!?」
先程同じことをしようとした若光も止めに入った。自分の胸に手を当ててから言えと思うが、今は秋声を止める方が先決だ。
「だって、薬持ち帰りたいじゃん?」
「それはそうですが」
「大丈夫行ける行ける。もっと痛い事沢山あるもん」
それはそう。秋声の過去を知っている修はそれ以上何も言えなくなった。こちとらマフィア、拷問は慣れっこなのだ。するのもされるのも。どうしよう、と視線を彷徨わせると、一般人二人はいやいやと首を振っていた。実に真っ当な反応である。出来ればそのまま生涯を終えて欲しい。
「それに私、応急処置得意だし」
「それは僕もそうだけど」
「私も得意ですね……」
「僕は得意と言うほどじゃありませんが、出来なくは……って、この流れ駄目じゃないです?」
「おっけ~皆治療出来るねじゃあ行って来る!」
駄目な流れだった。こうなった秋声は止まらない。薬の持ち帰りという益のある行為故に無理に止める事も出来ず、ええいままよと三人は薬を飲んだ。味は蜂蜜酒を彷彿とさせるものだった。秋声分の瓶のみ彼の手に握られたままだ。十秒しかもたないということで、先に進もうにも痛みで進めず悶え苦しむ住民の横を猛スピードで通り過ぎ、清めたというには無理がある速度で泉から足を抜く。どうやら無事に成功したらしい。痛みも何も感じなかった。
だが、あの硫酸の泉は本物だと秋声が出てきた所で悟る。手に持っていたので靴こそ無事だが、泉に浸かっていた部分は痛々しく焼け爛れてしまっていた。急いで手持ちの道具で応急手当をする。あらかた櫻井の手で治療されたが、残りは若光の手で殆ど完治に近い状況まで痛みを抑えることに成功した。硫酸の泉に浸かったとは思えぬ回復力に、一人応急手当に参加しなかった修はすんと表情を落とす。知っていたが、秋声も大概バグった人間だ。
ひとまず治療を終えた所で、泉で身を清めるのは前座なのだとメインの礼拝所まで移動する。秋声は普通に歩いていた。チャイナシューズから見える治療痕が無ければ、何事も無かったように見えるだろう。
神殿の奥には何かの像があった。近付くとその石像の見目がどのようなものか判別出来た。逞しい人間の肉体と、象の頭。このピラミッド踏破に巻き込まれる前、別の事件でこういった事象を経験していた若光一人だけ、その像が『チャウグナー・フォーン』であると認識出来る。その事実にざっと青ざめた。ヤバい、明らかにそう感じた。だが秋声はそんな若光を他所に、うん?と首を傾げた。この像から、害意は感じないな、と。
そうして無事に神殿に辿り着いたところで礼拝したという判定が出たのだろう。またしても何処からともなくメッセンジャーが現れた。
「ええ、こいつらめっちゃ最高!もう一つ螺子が外れてくれたらいいのになぁ!」
独り言なのだろうが、聞こえてしまった。どうやら先程の寸劇はお気に召したらしい。予想通りだ。そんな彼女を眺めていると、お決まりの定型文が返って来た。
「おめでとうございます!貴方達はここでも『正気』を示しました!次の階層へどうぞ!」
ここでも質問タイムが始まる。今回口火を切ったのは秋声だ。
「メッセンジャーさんは泉に入った事ある?」
「あるよ。だってあいつら分かりやすかったからね」
即ち、メッセンジャーも元探索者であったという事。しかもあの泉を切り抜けたのは、四人と同じあの『蜂蜜色の薬』を使ってだろう。この台詞を鵜呑みにすれば、第五階層に行って神様に『ここに居たい』とお願いしたと推測できる。ドSかドMか精神破綻者の何方だろう。それか余程現世が酷い環境だったのか。ここの方が天国に思える地獄だって、思い返せば幾つもある。ここに居れば兄の虐待は受けずに済むな、と思ってしまったのも事実なのだ。まぁもうこの歳になれば虐待されることは無いのだが。お仕置きでトラウマをほじくり返される事は偶にあるが。
そんなうすら寒い記憶は出来る限り奥底へと沈め、修ははいはーいと手を緩く上げた。
「メッセンジャーさん、何か瓶とか貰えたりしません?あの泉の水欲しいです」
「いいよ!!」
凄く嬉しそうだった。何処からともなく予想していたより大分大きな瓶を出して渡してくれたので、修はいそいそと泉の方に向かい手にかからないよう気を付けながら硫酸を汲んだ。ドン引きしている視線は無視だ。今は緊急事態、武器はあればあるだけ喜ばしい。
そんな状況下で、櫻井は唐突にこの階層に来てすぐに手に入れた『旅のノート』が無くなっている事に気付いた。どうして、疑問に思うが訊ねる事はしなかった。
「さて、それじゃあそろそろ次の階に移動しようか?」
ピラミッドも半ばを越えた。そろそろ物語なら起承が終わり、転が始まる頃だろう。次は何が。一層気を引き締めながら、四人はメッセンジャーの背を追い掛けた。
【第4階層】
そこは最早、これまでの階層とはすべてが異なる部屋だった。先程のギリシャの高級住宅街か?と突っ込みたくなるような街並みや部屋を通り越し、与えられたのは高級ホテルのスイートルームも引けを取らない豪奢な部屋。メッセンジャー曰く、四人は『正気の街』に関わる司祭として名を連ねたらしい。スピード大出世が過ぎる。昼頃に此処に連れてこられて、まだ一日も経っていないのだが。第1階層にずっと居るのは御免だが、ここまで上にこの速度で上がって来ずとも善かったのでは、と思わなくも無かった。少なくとも、第3階層なら誰かを脅して蜂蜜色の薬を強奪してくれば大分楽に過ごしていける。
そんな半ば煩悩に塗れた思考で部屋を見渡せば、遂にこの階層の『ルール』が書いてあるメモは隠さず置かれるようになった。しかも今回はただのメモでは無い。白く簡素な封筒が二通、ぽんと机の上に置かれていた。封筒にはこう書かれている。
『秋声様 修様』
『櫻井様 若光様』
「……分断されてますね」
「ふむ……取り敢えず、宛先通りの人が見てみるかい?」
「そうですね、ここで『ルール』に従って無いと見做されたら大変です」
『ルール』を詭弁で塗り替える事が大好きな人物が見張っているようだが、流石に宛先付きの手紙で宛名外の人間が見ても良いという頓智は咄嗟には思い浮かばない。素直に二人ずつに分かれ、手紙が見えない位置に立って四人とも封筒を開封した。
まず開いたのは、秋声と修宛の封筒だ。中には一枚、メモのような『ルール』が記載されていた。
『そなたらの役目は櫻井、若光を神に捧げるべし。儀式はパジェロによる轢殺』
ここで出てくんのかいパジェロ!!咄嗟に叫びそうになるのをぐっと堪える。何故轢殺をパジェロ限定にした。既に用意してあるからやりやすいのか。というかパジェロは第1階層の外に乗り捨てて来てしまった。ここまで引っ張って来れるのだろうか。それとも既に用意してくれているのだろうか。
「……これ、どうしようね?」
「どうしましょうね?」
轢殺も困るがパジェロの工面も困る。困惑する秋声と修の一方で、櫻井・若光ペアもまた封筒を開封していた。
『そなたは秋声、修により儀式に捧げられる。パジェロによる轢殺』
パジェロによる轢殺?宇宙猫のような空気が漂った。何故パジェロ限定、というか自分達は殺されるのか。本来であればパジェロをどうやって入手するのか、といった突っ込み所もあるのだが、命の危機があってはそんな部分まで思考は回らない。二人は無言で顔を見合わせた。ヤバくないです?ヤバいよねこれ。しかも殺す側、あの二人ですよ。物騒過ぎない?
視線で会話をするという器用な真似をして、二人はそっと手紙を封筒に戻した。今これを二人に見せて良いのか。秋声と修の方には殺せという指示が書いてあるのか。もしそうなら、どうすれば良いか。不安ばかりがぐるぐると這いずる。
暫く重たい沈黙が続いていたが、流石に秋声も修も率先して数少ない『正気』な人を殺したくはない。他に何か情報は無いか、と部屋の探索に入ると、またこの部屋には本棚が備わっていると気付いた。修はそっと近付き、適当な本を手に取る。すると、その本には随分と薄汚れたメモが挟まっていることに気付いた。静かにメモを抜き出すと、そこには求めていた情報があった。
『わたしの後に悪夢の街を訪れるものは正気の仮面を被ってはいけない』
『私の後に悪夢の世界を訪れる探索者のため、このメモを残しておく。
第四階層で正気を示してはならない。第四階層そのものが、かの者が仕掛けた罠だ。
神の制裁を恐れ、正気の仮面を被ってはならない。失ったものは決して元に戻らないのだ。
メモを手にした探索者は、正気の仮面を被る以外の解決策を考えるべきである。幸いにも、諸君らの武器は敵によって用意される』
これが、もしも真実なら。現段階で明確に示されたルールは『パジェロによる櫻井と若光の轢殺』だけだ。つまり、他の階層での指示を鑑みるに、轢殺さえしてしまえばルール違反にはならない。
そこまで思考を纏めて、修は三人を呼んだ。
「皆さん、このメモを見て下さい」
困惑と恐怖が入り混じった空気がこの一声で僅かに緩んだ。三人は修の手元を覗き込み、メモを読んで考え込む。このメモが正しいのならば、轢殺されずに済むかもしれない。
「今回の指令、僕等の方には手紙の中身を宛先の者以外に開示してはならないという記載はありませんでした。それに、もしこれが実は隠れ『ルール』に該当していたとしたら、このメモの行動に反している事になりませんか?なので、僕は手紙のトレードを提案します」
「……そうだね、交換してみようか」
『正気の仮面を被ってはならない』、即ち『ルールを破るべし』。先駆者からの伝言を信じて四人は互いの手紙を交換する。そして中身を見て、対になっていた事を確認してから息を吐いた。
「本当に轢殺の指示があったんですね……」
「パジェロ、どうやって用意すれば良いんだろう?」
「幸いにも、諸君らの武器は敵によって用意されるって書いてありますけど」
「うーん、パジェロ改造したら轢殺しないで轢けないかなぁ」
うんうん唸っていると、ノックの音が聞こえて皆黙った。どうやらお呼びの時間のようだ。何時ものようにやや身構えながら扉を開くと、神官のような服装の人間が一人、扉の前に佇んでいた。
「儀式の時間です」
そうして神官に連れて行かれたのは、聖堂のような広い空間であった。その聖堂は、さながら大ホールのような作りとなっている。ホールの舞台には、顔が象、身体が人間の肉体の像と、何某かの門、そして改造済のパジェロが置いてあった。
「パジェロあるじゃん!!」
さっきまでどう用意すれば、とか、改造してどうにか、とか、色々悩んでいたのが全部吹っ飛んだ。本当に改造済パジェロが用意されているなんて誰が考えるんだ!正気か!?
この正気を溝に捨てた空間で何を言うのかと言われたらそこまでだが、思想は自由である。
「……さて、パジェロが用意されてるってことは、ある意味準備は出来てるようなものって事だよね……」
「ところであの門はなんでしょう?」
「あれは儀式に必要なあらゆるものを取り出せる門でございます」
四人を連れて来た神官の口添えに、へぇ、と修は呟いた。神官はその言葉を最後に聖堂を去り、儀式を行う四人だけが取り残される。
「ねぇ、あの象、すっごい見覚えあると思わない?」
「砂漠で追い掛けられましたねぇ」
「アレ、神だったんですね。神……神……儀式は罠……」
「修君?どうしました?」
悪い顔をして考えている修に、恐る恐る櫻井からの疑問が掛かった。それを受けて、修は顔を上げる。
「儀式が罠なら、殺さない術を探さなきゃいけないじゃないですか?」
「はい、そうですね」
「なら、折角ですしあの石像破壊してみません?同じ『ルール違反』なら、盛大にやらないと」
神さま嫌いに定評がある修は、それはそれはイイ笑顔でそんな提案をした。最初は驚いていたり、大丈夫なのかそれはという雰囲気を醸し出していた面々も、それ以外手は思いつかないと謎の門の方へと寄る。
「何で壊す?バール?」
「バールじゃ大変ですねぇ」
「クレイモア地雷は!?」
「よし、それだ」
門に手を突っ込むと、本当にクレイモア地雷が出てきた。それも時限式。どうやら轢殺しろと書いてあった割に、他の武器も何でも揃うらしい。現状ではとてもありがたい。ついでに地雷で石像が吹っ飛んだ時の衝撃で瓦礫が襲って来ることを予想し、盾も人数分用意しておく。警官の若光お墨付きの、ライオットシールドだ。軽いが貫通性の低い弾丸でさえ防げる位には頑丈である。何故知っているかと言うと、使った事があるからだ。修は撃ったことも隠れた事もあるし、秋声に至ってはこれで人を殴った経験もある。
「やった!鈍器が手に入った!」
「盾は人を殴る道具じゃないよ!?」
そんな突っ込みは総無視である。
上手い事クレイモア地雷の使い方を熟知した人材が揃っていたので(ここで「何で皆こんな物の使い方知ってるの?」という疑問が上がったが誰も答える者は居なかった)数分の猶予を作って設置し、
一同はいそいそとホールの端に避難する。盾で身を守りながら待機する間もなく時は訪れ、神の像と思われる象人間の石像(ゾウが多い)は見事木っ端みじんになった。瓦礫が降って来る。盾を用意していたにも関わらず逃げ遅れた若光をぐい、と秋声が引っ張り救助した。キュン、と若光はときめいたが、それを見ている者は幸か不幸か居なかった。居たら「気持ち悪」と思われていた可能性が高いので幸せなのかもしれない。
ドーン!!という盛大な爆音を聞き付け、わらわらと神官が部屋へと侵入する。
「神の像が!?」
「なんてことを!?」
阿鼻叫喚の神官の前で、すっくと立ちあがった若光は心底困った表情で情けない声を上げた。
「僕達、儀式の準備をしていたらクレイモア地雷が誤爆しちゃったんです……!」
クレイモア地雷の誤爆。ここはいつから戦場になったのだ。さっと盾を隠して若光の言い訳にそうそう、と一同は頷く。すると頭が無いのか見る目が無いのか、神官たちは「それなら仕方が無い……のか?」と互いを眺めて首を傾げていた。
よし、行ける!ニヤリと兄譲りの悪どい笑みを浮かべていた修だが、メッセンジャーの登場にすぐさまその笑みを引っ込める事になってしまった。
「も~駄目じゃない。神像を爆発させたりしちゃ」
口ではそう言うが、嬉しそうに歪んだ口元と明るい声が言葉を裏切る。ルールすれすれが好きなのかと思っていたが、どうやらルール違反も大好きらしい。良いのか。神に選ばれた見張りが『ルール違反』を喜んで。仕事が増えた方が嬉しいドMなのだろうか。修は自分を差し置いてメッセンジャーを眺めた。
「もう、そんなことしたら『ペナルティさん』を呼ばなくちゃいけないじゃないか」
やはり『ペナルティさん』案件らしい。しかしすぐさま呼ばれる感じでは無い。どうやらここでも選択を待たれているようだ。ふむ、と一同は顔を見合わせた。
「今私達に残された手段は、『ペナルティさん』と対峙するか――」
「あの改造パジェロで壁を突き破って外に逃げるか」
究極の二択である。改造パジェロで外に出た場合、素直に階を信じるのならば4階から砂漠に飛び降りる羽目になるのだろうか。パジェロが潰れないかが一番心配になる。かといって『ペナルティさん』なるものが何か分からない事には……そこまで考えて、修はふと顔を上げた。
「メッセンジャーさん、質問良いですか?」
「いいよ!」
やはりここでも質問は許される。まだ『ペナルティさん』が襲って来る兆しも無い。ならば、と修は期待を込めて口を開いた。
「『ペナルティさん』って物理攻撃効きます?」
メッセンジャーが吹いた。そしてけらけらと笑う。心底楽しそうで修も楽しくなって来た。
「うん!効くと思うよ!」
「よし殴ろう!」
「よし殺そう!」
秋声と修の意見が一致した。ええ!?という一般人――逸般人?の声を他所に、二人は門の方へと歩み出す。
「武器用意しましょう!何が良いでしょう?」
「バール!私バール欲しい!」
「僕は取り敢えず拳銃と替えの弾……あと手榴弾十個ほど用意しておきましょうか」
「二人は何にするー?」
「いやいやいや……ええええ?」
あまりにも急展開過ぎて若光がついて来ていない。単にマフィア二人の殺意が高過ぎるだけなのだが、今回はそれに着いて行けてしまう櫻井という稀有な人材までいたので若光が異端なように見えていた。若光はいたって『正気』な人間であるのに。
「私は手榴弾は持っているので……そうですね、取り敢えず弾の変えをお願いします」
櫻井がそう言っている間に秋声は門の中からトンカチとデザートイーグルを取り出して嬉しそうに装備していた。近接のトンカチ、中距離のバール、遠距離のデザートイーグルと大変バランスが良い。バランスって何だろう。
「ええと……僕は武器は辞めておくよ。仕事上後が怖いし……」
警察官若光、もし下手な事をした事がバレると始末書はおろか首が飛ぶ。しかしここでは物理的に首が飛びかねないんだよなぁ、と修は仕方なく盾だけ渡した。
「せめて自分の身は自分で守ってください」
「最悪殴れるよ!」
「いやだから盾は鈍器じゃないからね!?」
何を言うのだろう。秋声と修は首を傾げた。面で殴って良し、線で叩いて良し、角で潰して良し。優れた鈍器だというのに、どうして若光は柔軟な発想をしないのだろう。
魔都育ちの二人は、普通の街では自衛手段を覚える必要も無ければ、そもそも盾を手に入れる術も早々ないという常識を欠いていた。言われれば思い出すだろうが、生憎二人が『魔都・ヨコハマ』から来たと伝えていないためこの『常識』が修正される事は無く話は流れた。
「んふふ、準備は良い?『ペナルティさん』呼んでいい?」
「はーい!!」
返事だけは良い子のソレだが、目指すは神の使途モドキをタコ殴りにして無理矢理ここから脱走することだ。
メッセンジャーの声を皮切りに、扉の方から異様な生き物が姿を現す。顔面は象、身体は人間、大いに見覚えのある姿だ。主に先程ぶっ壊した気がする。
「わー、復讐に走られてる気分ですねぇ」
「いいからやるよ!」
真っ先に動いたのは、『ペナルティさん』だった。予想を遥かに上回る速度で襲ってきたので流石の秋声も逃げきれず、盛大に吹っ飛ばされた。
「あ~、皆頑張れ~」
「秋声さん!?」
呑気な言葉を残していたが、打ち所が悪かったのか本当に凄まじい威力だったのか、あの秋声が一瞬にして意識を失った。嘘だろう、と一同の顔色が青くなる。一番の戦闘要員が真っ先に消えるなんて、とぞっとした。
「ちょ、僕回復入るね!?」
「お願いします!」
若光が秋声の救助に走ったのを見て、修が仕方なく前衛へと躍り出る。先程仕入れたばかりの手榴弾のピンを外し、振りかぶって『ペナルティさん』に投げつけた。こちらも攻撃成功。苦しむ様子にガッツポーズ。そうして作った隙で櫻井もライフルを取り出し打ち込むが、こちらは思っていたよりも当たりどころが悪かったらしく、大したダメージにはならなかった。拙い、そう臍を噛んだ所で、早くも最大にして最強の戦闘員が戻って来た。
「ごめん!行くよ!」
復帰した瞬間にデザートイーグルを構え、ぶっ放した秋声は気絶する瞬間と言い復帰の瞬間と言い、どこまでも秋声であった。あれ程のダメージを食らいながら目覚めた瞬間銃をぶっ放せる人間は早々いまい。しかもデザートイーグルなんて、下手をすれば肩が外れる威力だというのに。
最後の一撃が会心の一撃となったのか。修と秋声の攻撃だけで倒れた『ペナルティさん』に、一瞬気は抜けたが、本当に倒せたのだろうか。警戒はそのままに、四人はこの先の展開を待った。
(■ここから先は明日のセッション次第です!ということで改修作業入ります)
(■この後はちまちま構成して先日のぷらいべったーに放逐します)
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