貴方はのべのきばかぶで『ここから始まる』をお題にして140文字SSを書いてください。
↑これを書きます
今日も負けた。それも、酷い敗北を喫した。自宅に帰ったカブは、今日も不甲斐ない自分のために精一杯バトルをしてくれた相棒たちにねぎらいの言葉をかけたあと、自分は上着を脱ぐことすらしないで、どさりとソファに腰を下ろした。今日はもう何もしたくない、何も見たくないと思うのに、いつもの癖でテレビのリモコンに手が伸びる。それに抗う気力すらなく、そのまま人差し指が電源ボタンを押すのに任せれば、画面に映し出されたのはカブもよく知る少年だった。
キバナ。
1年前に圧倒的な強さでガラルポケモンリーグの頂点に君臨したダンデのライバルとして、メディアに多く取り上げられている。ポケモンバトルに携わる者として、当然カブも彼らについてはリサーチを怠らないようにしていた。だから、今日もダンデとキバナの非公式バトルがあることは知っていた。今の今まで、すっかり忘れていたが。どうやら今日もキバナの敗北に終わったようで、リポーターたちが少年へ不躾な質問を投げかけている様子が流れている。
こんな子供相手に。
カブは思わず眉を顰めた。マイナークラスに落ちて数年、カブは彼らの真っ直ぐな瞳と鋭い言葉に何度も辟易し、声を荒げそうになったのも一度や二度ではなかった。今日だって、メジャーの頃と比べれば数は減ったとはいえ、バトル後に彼らの前に自身を晒すはめになり、逃げるように帰ってきたのだ。やっと一人になれたというのに、カブはふたたび体が強張るのを感じ、目を伏せた。リーグに在籍して長い自分でさえこうなのだから、慣れていないキバナは尚更だろうと、そう再びテレビに向けたカブの視線が捉えたのは、想像とは全く異なるキバナの表情だった。
「まあ、そうだな。今日は惨敗だよ。手も足も出なかったってのはこういうことを言うんだろうな。でも、それが何だ?」
少年はその美しい瞳で、まっすぐに前を見据えた。
「今日の敗北で学んだことは多くある。次は同じ失敗はしない。キバナはもっと強くなる。そしていつかダンデに勝つ。それだけだ。シンプルだろ?」
その言葉が強がりや反抗心から出たものでないことは明らかだった。キバナにとってはただ、太陽が東から出て西に沈むのだと言うように、当たり前のことを言ったに過ぎないのだ。
カブは数秒、呼吸を忘れた。そして、次に息を吸ったとき、カブの瞳には炎が宿っていた。いつの間にか忘れてしまっていた、ただ上を目指す炎を、キバナの言葉によってカブはたった今、取り戻した。
絶望の淵、苦境の只中にあっても、前に進むことはできる。カブは自分がもうずっと、落ちないようにと、そればかりを気にしていたことを知った。終わらないようにと必死で、いつの間にやらバトルの楽しさもすっかり忘れていた。今のカブに必要なのは、下を見ることではなく上を目指すことなのに、そんなことにすら気がつかなかった。前を見て、ただ上を目指すキバナに焚きつけられ、カブの炎はようやっとその勢いを取り戻したのだ。
そうだ、これは始まりなのだ。何度でも人は立ち上がることができる。諦めなければ、挑戦を続けることができる。そうすれば、きっといつまでも輝きを放つことができる。
カブは、今度は明確な意志をもってリモコンを手にした。テレビの電源を落とし、そしてゆっくりと立ち上がる。大きく伸びをすると、バッグから財布を取り出した。今夜は久々にきちんと食事を摂ろう。冷蔵庫には長らくポケモン用の栄養剤や食料しか入っていないので、まずは食料の調達から。
玄関を踏み出すカブの足取りは軽かった。いつまでも燃える男の新たな始まりは、こうして静かな夜に幕を開けた。