昔付き合っていた彼女と5年ぶりに再会した。
「経営コンサルタントの藤内朝香と申します」
「ど、どうも」
再会場所が、まさか自分の勤める会社の応接室だとは思わなかったけれど。どうしようもなく動揺して、一瞬反応が遅れてしまった。
彼女のきれいな指に挟まれた名刺が、所在なげに俺と彼女の間で揺れている。
「おい」
隣に立っていた上司の声で我に返った。頭を仕事モードに切り替えて、自分も名刺を差し出す。
「河井友哉、と申します。……すいません、あまりにお綺麗だったので緊張してしまって」
不自然な態度の言い訳を、取り繕うように並べ立てる。これ以上無様な姿は見せたくない、と平静を装って彼女の名刺を受け取った。名前を確認して、苗字が変わっていないことに心のどこかでほっとした。
「あら、お上手ですね。河井さん、でしたか。こちらの『カワ』の字を使うなんて珍しいですね」
相対する彼女は俺の言葉に動揺したそぶりも見せず、上品な笑みを浮かべていた。スッと人差し指を立て、空中に『河』の字をなぞる。
「よく、言われます」
その仕草には覚えがある。
『カワイさん、珍しい方のカワの漢字を使うんだね』
彼女と初めて会った時も、そんな会話をした。安い居酒屋のテーブルの上を彼女の白い指がなぞっていくのを、ドキドキしながら追いかけた。
あの気持ちは、どこに行ってしまったのか。
「それで、お仕事の話なのですが」
「ええ、そうですね。実は、この度弊社の社長が交代することになりまして。それを機に経営の見直しを図ろうということで、円滑な事業承継と経営見直しにご尽力いただきたいのです」
上司の言葉で、やっとこれが仕事なのだという自覚が戻ってきた。彼女の姿を見るまでは、大きな仕事を任せてもらえたのだという高揚感が心を占めていたはずなのに。どうしてだろう、その感覚は今はひどく遠い。
「そうでしたか。かしこまりました。御社の今後の発展のために微力ながら尽力させていただきます」
「ありがとうございます。藤内さんのお噂は弊社の取引先からも聞き及んでおりまして。若いのに優秀なコンサルタントだと。ぜひよろしくお願いいたします。……担当はこの河井が努めますので、何かあれば遠慮なくおっしゃってください」
上司の言葉に促されるように、彼女の視線がつい、と俺の方へと動く。それだけで、俺の心は高鳴った。
「よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。……まずは弊社の現状について把握していただきたいので、一通り案内しますね」
頼んだぞ、という上司の声を背中に受け、俺は彼女を先導するように応接室を出た。
人気のない廊下に、2人分の足音が響く。
「あ、のさ」
「どうしましたか、河井さん」
沈黙に耐え切れず半ば振り返るように声をかけたが、彼女は明らかに仕事モードの笑顔を崩さないまま俺の言葉を遮った。その態度に、言葉が喉の奥でつぶれて消える。
そうだ、仕事中。公私混同は付き合っていた当時から彼女が忌み嫌っていたことじゃないか。
「いいえ、なんでもないです」
行きましょう。まずは工場からご案内します。
この仕事が終わったら。仕事上の関係がリセットされたら、彼女はもう一度『俺』と言葉を交わしてくれるだろうか。もう一度、やり直すチャンスをくれるだろうか。
その答えは出ないまま。俺は心のどこかで、いつまでもこの仕事が終わらないことを祈っている。
夢の終わりはまだ知りたくない。
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忘れかけてた第2回
初公開日: 2022年02月16日
最終更新日: 2022年02月17日
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コメント
ゆるりとなんとなくお話を考えます。
要望があればTwitterのスペース開けますが、ない場合は無言です。
お題「夢の終わりはまだ知りたくない」お題bot*(@0daib0t)様よりお借りしました。