行けるときに行っておかないとこれから年末にかけてどんどん忙しくなるので行ってきました塚口サンサン劇場。今回見てきたのはこの2本。
 こないだ見た「ベイビーわるきゅーれ」が面白かったので、同じ監督の作品であるこの2本にも興味が湧いてきたので見てみることに。
 ネタバレに関しては……まあ公開から日も経っているのでいいでしょう。
 まずは「黄龍の村」。
 お話は、チャラいノリで旅行中のパリピの皆さんが迷い込んだ謎の村「龍切村」で惨劇に巻き込まれる――というもの。
 いわゆるホラーとしてはよくある「ミッドサマー」型の話です。
 まず印象的だったのが冒頭部分のパリピの皆さんの完全無欠なチャラっぷり。
 もう額に入れて飾りたいレベルのチャラっぷりで、100人が見たら100人とも「ああ、こりゃ殺されるわ」と思うレベル。これで全員殺されなかったら詐欺だろと言われるくらいの完成度の高いチャラっぷりでした。
 そして彼らパリピの皆さんが迷い込んだ「龍切村」の皆さんの違和感というか気まずさがまた完成度が高い。
 車がパンクして困ってたところになんか馬で現れた時点ですでにおかしいのに、彼らが泊まるように勧められた家ではなぜかすでに全員分の食事や寝床が用意されていたり、食事中のイマイチ噛み合わない会話など、「惨劇の前兆としての違和感」の組み立て方が非常にうまい。そのため、いやがおうにも肉がひしゃげ血が飛び散る惨劇への期待が高まります。
 そしてこの手の作品のキモとも言える、最初の殺人が起こるシーン。これがまたうまい。
 グループの一人が朝起きたときに奇妙なお面を着けて練り歩いている村人を見かけたり、仲間のうちの一人がいつのまにか姿を消していたりという異変が起こる中、仕方なく朝食を摂っているところにいきなり背後からグッサリ。
 もう話の脈絡とか雰囲気とか一切無視でほんとにいきなり後ろからグッサリだったので笑ってしまいました。
 そして周りのパリピの皆さんの反応も、大げさに悲鳴を上げるとかじゃなくてなにが起こったか全然理解できなくて「……は?」なのがまたいい。
 本作の監督である阪元裕吾氏の作品は、前述の「ベイビーわるきゅーれ」しか見たことがありませんが、こういうところに生々しさを感じます。
 そしてここから、なんだかちょっとずつ違和感を覚えるようになってきます。いち早く逃げ出したかに思えた男女は速攻で死んでるし、キラメイジャーの青い人は死に際に無意味な走馬灯してるしでなんだか様子がおかしい。いやいやこの調子でグループが全員死んだら話が終わりにならないか?
 ……この違和感、なーんか覚えがあるなあと思ってたらあれだ、「カメラを止めるな!」のときと同じ違和感だ!
 その感覚は果たして当たっていました。ここから話は当初想定していたジャンルから大きく離れた方向にカッ飛んでいきます。
 パリピの皆さんグループの中の3人は、かつて家族をこの村の儀式で殺されてきたメンバーでした。その3人はパリピの皆さんグループに混じって復讐のためにこの村にやってきたのです!
 ここから話は肉がひしゃげ血が飛び散るバイオレンスアクション開幕!
 「ミッドサマー」だと思ってたら「レザボア・ドッグス」でした!と言った感じでしょうか。
 復讐者側の3名に加えて、先に村に潜伏していたもうひとりを加えた4人は、村人全員を皆殺しにするべく大乱闘開始!
 ここ以降、各キャラのバックボーンの掘り下げとかはもう最低限でひたすらパンチパンチキックライフル!!といった感じでたいへん潔い。
 ここからラストまで本当にぼかぼかシバき合うシーンが延々続くんですが、このシバき合いがまたいい。
 ワイヤーアクションやCGバリバリのアクションシーンではなく、なんというか地に足がついたアクションなのが逆説的にすごいんですよね。生身の人間がよくこんな動きができるな……という。
 しかしながら本作は、ただ単にアクションがすごいというだけの作品ではありません。というか、バイオレンスアクション部分は実は表層で、本作の核となっているのは実は「ふたつの既存構造の破壊」だと思うんですよね。
 これについては実はサンサン劇場に掲示してあった本作の紹介記事にほぼ答えが書いてあったのでカンニング済みとも言えるんですが、まずは「ジャンル映画としての枠の破壊」があると思います。
 これはもう冒頭から序盤までの、「誰がどう見ても因習はびこる村の陰惨な儀式に巻き込まれる若者グループ」というお約束展開と見せてからのバイオレンスアクション展開という、「お約束の破壊」。
 そしてもうひとつの既存構造の破壊は、本作のキャッチフレーズともなっている「これ、村の決まりやから」という言葉や序盤の食事シーンでの「うちでは鍋つかみ禁止なんや」といったところに見られる「形骸化した習慣や因習」の破壊。
 そもそもこうしたジャンルの作品に登場する閉鎖環境としての村は、昔からの因習に縛られていて、盲目的にその因習を実行しています。そして外部からの訪問者である若者グループはその因習に否応なしに巻き込まれるという構図があります。
 しかし本作の復讐グループはそんなことにはお構い無しで、とにかく復習することしか頭にありません。罪悪感とかもゼロ。村の因習なんか知ったこっちゃねえ!といった感じで暴れまくりです。
 これ、ただ単に暴れまわっているんじゃなく、形骸化した因習や習慣なんてぶっ壊しちまえ!というメッセージなんだと思います。
 そも映画に限らずフィクションの役割のひとつには、「形のないものに形を与える」というものがあると思っています。本作では「現実世界に存在する形骸化した因習や意味のない習慣、古臭い考え方」などを、画面の中に「因習に囚われた村」として具体化して、そこに外から来た若者を投入してそれをぶっ壊すという構図を構築したんじゃないんですかね。
 それを端的に表しているのが、終盤の村長爆破シーンでしょうか。まさに古臭い因習に若者が中指おっ立てるというカタルシスシーンです。
 そう考えると、本作はホラーでもバイオレンスアクションでもなくパンクロックに近いものなんじゃないでしょうか。
 あと本作、10人20人じゃきかないレベルの死人が出てるわけですが、スタッフロールで打ち上げしてるの見るとなんか謎のハッピーエンド感があって笑ってしまいました。村の御神体だった大男もなんかいつの間にか仲間になってるしな。
 次、「最強殺し屋伝説国岡」。
 こちらはいわゆるフェイクドキュメンタリーもので、阪元監督が「ベイビーわるきゅーれ」の取材中に、京都の殺し屋グループの中でランキング1位の殺し屋・国岡昌幸の密着取材を行うというもの。
 「ベイビーわるきゅーれ」のときも思いましたが、あくまで地に足のついた「暮らし」の部分と作中最大のフィクション要素である「殺し」の部分の融和が素晴らしい。
 さらに物語の形式をフェイクドキュメンタリーという形にすることでリアル感がやたらと向上してて、なんかだんだんこういう殺し屋組織があるような気がしてきました。
 そして本作の主人公である国岡がまたなんというか人間臭いというか、「いてもおかしくなさそう感」が非常に濃い。
 殺し屋ランク1位とか言うといかにも人間離れした人物を想像しますが、国岡は別に特殊能力を持っているわけでもなければとんでもない経歴を持っているわけでもない、殺し屋をやっている以外は至って普通の人物なんですよね。
 その普通っぷりを強調しているのが密着取材ということで国岡の日常生活を描写している点。普通人と同じようにテレビ見たり二度寝したり歯を磨いたりしてるし、殺人を日常的に行っている人物には見えません。
 そしてその殺しについても、非常に淡々としてるのがリアリティを高めています。あくまで仕事としてやっている感。
 前述の通り、国岡はプロの殺し屋といってもあくまで普通の人間として描写されているというか、殺人を日常的に行っているという人物であっても、他の普通の人間と同じような悩みを抱えている、特別でもなんでもない人間であるという点は徹底して一貫した描写がなされていると感じました。
 国岡自身はこの仕事のことを「これしかできなかっただけ」と言っています。
 「ベイビーわるきゅーれ」でも思いましたが、阪元監督の描くところの殺し屋って、ただ単にバイオレンスアクションを撮るための設定じゃなく、なんというかある種の社会不適合者の居場所として「殺し屋」というポジションを描いている気がします。
 うーん、というよりは居場所を探してさまよっている人たちを「殺し屋」として描写してるんでしょうかね。
 本作、アクションシーンはもちろんのことなんですが、もっとも印象的だったシーンをひとつ挙げろと言われたら、ノータイムで国岡がストゼロ飲みながら愚痴ってるシーンを挙げます。
 「酒ってなんでこんなにまずいんでしょうね」ってセリフのなんと哀しいことか。
 でもまあ、「黄龍の村」もそうでしたが、ラストが打ち上げで終わると謎のハッピーエンド感があって、これはこれでそれなりに幸せのひとつなんだろうなあ……とか思いました。
 
 
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塚口サンサン劇場「黄龍の村」「最強殺し屋伝説国岡完全版」見てきました!
初公開日: 2021年12月07日
最終更新日: 2021年12月07日
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