注意書きをよく読んでください!
真面目にやります……真面目に
これで何回目? いや、何十回目? それとも、何百回目かもしれない。……そんなの、どうだって良いことだけれど。果てしなく繰り返される終わりの見えないループに、数えることなんてとっくの昔に放棄して久しい。
それでもこの繰り返しをやめられないのは、どうしてだかあの姿を見る度に形容しがたい衝動が胸の内に広がるからとしか言えない。
きっとこれは何かのバグだ。それかソウルの内に潜むニンゲンの仕業かもしれない。だって、感情というものを持たないハズの自分が誰かに執着するなんておかしな話だろう? 初めのうちはLOVEが高まったことによる興奮状態が変な風に作用したのかと思っていた。だけどおかしなことに、リセットしてLOVEの値が初期値に近い状態でもアイツを目にしたとたん同じ感覚に陥ったのだ。
本当に、理解ができない。ぐにゃりと胸元で輝いていたソウルが形を変えて、覚えの無い温度に顔をしかめる。
まるで自分が自分じゃなくなったみたいでひどく居心地が悪い。
こんな不可解な状態をいつまでも放置しているワケにはいかないと判断したキラーが、原因を探るべく動き出したのは当然のことと言えるだろう。
まず初めにキラーは徹底的な分析を試みた。元となるサンズが研究者気質な側面を持っている以上、キラー自身もそういった類のことはそれなりに得手であった。
その骨は、一般的にホラーという呼び名で呼ばれている。キラーと同じく源流となる時間軸を根底に持つ存在のひとつであり、キラーが辿らなかった道を辿ったあったかもしれない可能性のひとつでもある。飢えと寒さに汚染され住民たちのことごとくが心身ともに擦り切れたその世界で、ホラーは大切な兄弟ともいうべき存在と支え合いながら生きている。
初めて会ったときの印象は、"不気味な見た目をしたヤツ"。割れた頭蓋、ニンゲンの血に塗れた衣服、吊り上がった口元と、見慣れない色の上に片方しか見えない瞳。いったい誰が最初に呼称し始めたのか、"ホラー"という呼び名がこれ以上ないほどにしっくりくるその見た目は、分かりやすく近付きたくないと思わせるのに充分な迫力を持っていた。けれど、その認識が"見た目に反して甘っちょろいヤツ"へと変化するのにそう時間はかからなかった。
ニンゲンを殺すのは、それが必要だったから。殺して解体して、兄弟と仲間たちに食料を与えるため。
モンスターのことは殺さない。よっぽど切羽詰まった状況にならない限り、自分からは手を出さない。
守るべきものは、第一に兄弟。それから周りの住民たちと、それらを含んで変わることなく続く日々。
……なんて。とってもバカらしいことだ。好戦的で凶暴そうな見た目の割に、初対面で向けたナイフに最低限の回避で応じたホラーが、自分と本質的に違っていることを直感的に思い知らされて苛立ったのを覚えている。
怠惰に侵され冷めた目ですべてを達観しているように見えて、その実どこまでも貪欲な渇望を色褪せた瞳に滲ませているホラーは、決して自分の大切なものを諦めたワケではないのだ。それがなんとなく気に食わなくて、キラーはホラーに向いていた興味が急速に薄れていくのを感じ取った。
何度ちょっかいをかけようとホラーは戦いを望む自分に応えてくれることは無かったし、向こうから仕掛けてくることも──ホラーの世界に直接手を出さない限り──まず無かった。そもそも、あんな物騒な見た目をしていながら戦闘に積極的ですらないのだ。自分はただ戦いを楽しみたいだけだってのに! いつだかホラーにそう言って、理解できないようなものを見る目を向けられたことがある。
ホラーと自分は違う存在で、相容れないもの。お互いに干渉しないのが一番。……そこで終わりのハズだったのだ。本来なら。
ホラーに対する興味が薄れるのと同時に、キラーの中にはこれまで感じたことの無い気持ちがぽつりと姿を現した。初めは気にも留めていなかったそれはやがて時間が経つにつれ肥大化し、キラーの胸の内には四六時中それが居座るようになったのだ。
それを過去の経験や知識から推測するなら、"執着"と名付けるべきなのだろう。あるいは"独占欲"や"支配欲"とも言い換えられるかもしれない。
感情を持ち得ない心に突如として発生したそれを、あっさり受け入れられるかと言われるとそんな訳もなく。けれど気のせいで片付けてしまうには、キラーは少しホラーのことを知りすぎてしまっていた。
だって、気に食わないのだ。ホラーに近づくヤツらが。ホラーに話しかけるヤツらが。自分がまるでホラーと親しい関係であるかのように振る舞うヤツらが、どうしようもなくカンに触って仕方ないのだ。
子供みたいなこの拙い衝動を、キラーは制御する術を知らなかった。どうしたってホラーの目に自分以外の誰かが映ることに我慢ができなかったのだ。
どうしてホラーはこっちを見ない? どうして自分以外にそんな風に笑いかける? どうして自分以外と楽しそうに話している? お前の声も視線も瞳も指先も頭も体も何ひとつ余すことなく全部全部全部全部ぜんぶ、自分だけのモノでなくてはいけないのに。
『ねぇ、ホラー』
(なぁ、ホラー)
『キミがボクのことを見てくれないなら、』
(お前がオレのことを見てくれないなら、)
『ボクのことしか見えないようにすればいいかな?』
(オレ以外なにも見えないようにすればいいのか?)
気づけば先ほどまでキラーの隣で投げかけられる言葉に返事を重ねていたホラーは、組み敷いて見下ろした視線の先で半壊して塵になりつつあった。
「……ホラー、」
「相、変わらず……お前って、やつは、行動が……読めない、な」
「ホラー、ゴメンね?」
「っは……どの口が、ぅぐ……!」
嘲るように顔を歪めたホラーの手にナイフを突き刺す。体重を乗せた膝の下で肋骨がべきりとへし折れる。砕き折られた左脚は、大腿骨の半ばから先が見当たらない。
全身を鮮やかな赤に彩られて荒く息を吐くホラーに、乾ききった心が満たされる心地がした。
「ホラー」
「……なん、だよ」
「ボクが……オレが、どうしてこんなことするか分かる?」
「んっなこと、おれが知るかよ……っ」
「ハハ、そっか」
吐き捨てるように呟かれた言葉に落胆の色を乗せて笑う。ホラーを殺せばこの感情の正体が──答えが判る気がしたのだが、残念ながらアテは外れたようだ。
「……で、答えは、?」
「ん?」
「ど、うせ……もう、見逃す気は、ねえんだろ」
「当たり前じゃん」
「だったら、は……冥土の土産、に、教えてくれたって、いいんじゃねえの……?」
「んー……正直、オレにも分かんねーんだよな」
「っはあ……? っんだよ、それ……」
悪態をついたホラーの半身がさらりと手応えを失って崩れ落ちる。最後まで睨みつけてくるホラーの瞳に、いびつな笑みを浮かべた自分の顔が映り込んでいるのを見て気分が高揚する。初めからそうやって自分だけを見ていれば良かったのだ。そしたら、こんな風に自分に殺されてしまうようなことも無かっただろうに。
空っぽの心がことりと音を立て、眼窩からじんわりと黒が滲み出す。重力に従って垂れ落ちたそれがホラーの顔を汚して、真っ赤な瞳が黒く濁る。
「バイバイ、ホラー」
「じゃあな、キラー」
ぱきりとホラーのソウルが砕け散る。あとには風に散らされていく塵と、汚れたボロボロの衣服だけが残った。
EXPを得て、LOVEが上昇する。慣れた感覚に軽く息を吐き、手の中のそれをなんの感慨も無く投げ捨てる。立ち上がって辺りを見渡すと、なんだか景色がいつにも増してつまらないものに見えた。
くるりとナイフを回転させて踵を返す。もうずっと変わらず空虚なままのソウルに、なぜだか今だけその空虚さが酷く苛立たしい。
ああ、どうにもムシャクシャする。……仕方がない、こんなときは一度気持ちを切り替えるべきだ。ソウルの中のニンゲンに意識を向けて、慣れたようにリセットのコマンドを出現させる。宙空にスクリーンのように現れたそれに手を伸ばそうとして、見慣れないモノがあることに気づいた。
「……は? なんだ、コレ」
これまで何度も繰り返し使用してきたリセットボタン。その隣にもうひとつ、"リセット"と書かれたいくらか小さいボタンが並んでいる。
「バグか……? いやでも、こんなの……」
今までひとつしか選択肢の無かったコマンドの中に、まったく予想しなかった二つめのリセットが突然出現したのだ。さすがのキラーも動揺が隠せず、まじまじと不気味なものを見るような目でそのボタンを見つめる。
「……使ってみる、か」
元より、楽しいや面白いといったこと以外に目立った感情の起伏を持たないキラーが行動する原理はその大抵が好奇心や探究心によるものだ。かつて手を組む前のニンゲンがそうだったように。
逡巡は短かった。どうせ他に目新しい楽しみもないのだ。何が起きるか知らないが、気に入らなければ元から持っている方のリセットを使えばいい。そう結論づけて、キラーはためらいなくその奇妙なリセットボタンを押した。
そして視界は暗転し、いつものようにグルグルと時間は巻き戻り始める。
***
何度経験しても慣れないリセットの感覚が終わって、キラーはパチリと目を開けた。とたん、違和感に気づく。どうやらさっそく普段のリセットと違うところが見つかったようだ。
「LOVEが戻ってない……それに、遺跡じゃない」
リセットを使用したときはいつも、決まってニンゲンのスタート地点である遺跡の門の外の花畑から始まっていた。それがこのリセットでは、どこか息苦しさを感じるスノーフルの吊り橋の上にキラーは立っていた。おまけに、初期値に戻るハズのLOVEもホラーを殺した直後と変わっていない。
「……どこがリセットなんだ?」
ぼやきながら、他に変わったところはないかと全身を確認していく。魔法とブラスターは問題なく使えるし、ソウルにも変わった様子はない。LOVEの値に伴うATKもDEFも、どうやら問題はないようだ。
再びコマンドを出現させてみる。通常のリセットは問題なく使えそうな気配だが、第二のリセットの方は今は選択できなくなっていた。
一見何も変わってはいないように見えるが、さっきの感覚は間違いなく時間が巻き戻ったときのものだ。ひとまず周囲の状況を確かめようと足を踏み出したところで、奇妙な既視感に首を傾げた。
「ここ、ホラーテールか?」
空気中に含まれる魔力量と、感知できるEXPの数が極端に少ないのが特徴なこの世界は、キラーにとってはつい先ほど足を運んだばかりの場所だ。
吊り橋や川といった境界となる地点は世界同士を隔てる壁に歪みが発生しやすく、キラーが世界から世界へと渡り歩く上でよく利用するポイントだ。特にホラーテールに来る際、キラーはこの吊り橋をよく利用していた。
「ふーん……」
だとすれば、キラーが向かう先はひとつだ。取り出したナイフを手に握り、踊るような足取りで歩き出す。
ときたま見かけるやせ細ったモンスターたちを視線で威嚇しながら、汚れた雪の上に足跡を残していく。潰れたゆきモフの群れを踏み超え、スノーボールゲームのヒビ割れた氷を過ぎ、壊れた犬小屋を横目に歩を進める。
不思議と胸に宿る予感に足を早めてボックスの道を通り抜けると、見えてきた古ぼけた詰め所の中にソイツは座っていた。
「……ハハ、よう」
「げ……また来たのか、お前」
眼窩に突っ込んでいた指を下ろし、嫌そうに口角を下げたホラーに胸が高鳴る。
(……なるほどな)
ホラーの様子を見るに、殺されたことは記憶にはなさそうだ。かといって出会った最初まで巻き戻るワケではないということは、リセットされるのはキラーがホラーを殺そうとするために出向いたところからなのだろうか。
「……何しにきたんだよ? というか、ナイフ仕舞えよ……」
「ん〜、まぁなんとなく?」
「あっそう……」
諦めたように深くため息を吐いて、ふいとホラーは視線を逸らす。なぜだかそれが面白くなくて、ぐっとホラーの手首を掴んで強く引いた。
「う、わっ」
「どこ見てんの?」
詰め所のカウンターの上に引き倒し、ホラーの首元スレスレにナイフを突き立てる。
「……離せよ」
「なんで?」
「はあ、面倒くせえ……」
ホラーの指先が軽く曲げられ、ピンと音がして体が重くなる。不意打ちで肩にかかる重力にガクリと思わず膝を折る。ナイフを持つ手の二の腕を捕まれ、反転させるようにカウンターの上に顔を押し付けられる。頚椎を鷲掴まれて呼吸が止まりかける。
「ぐっ、……!」
「……お前、ほんとに刃物を振り回すの好きだな」