手に汗握るこの戦い、何人たりとも邪魔されるわけには行かない。
今は、今だけは他のことに注意を割いている場合ではないのだ。
「あぁもう!今は邪魔しないでください!こっちは遊びでやっているんじゃないですよ……ガチなんです!」
そっと肩に腕を回している蒼の手を振り払い、声を荒げてギグは言った。
「えっ……ご、ごめんギーくん……」
普段のギグなら考えられない行動だ。
相当気が立っている様子のギグに、蒼は驚いて手を離す。
「これは負けられない戦いなんですから……絶対に!」
「そ、そっか……うん、俺邪魔だね……」
並々ならぬギグの覇気に気圧される。
蒼はしょんぼりとした様子で家を出ていった。
亞李は心配そうにギグに問いかける。
「い、いいの……?」
「ええ、今はいいんです」
しかし覚悟した様子のギグを見て、その心配は置いておくことにした。
「でもその気持ちは分かる……勝とう!ギグさん!」
「ええ、勿論です亞李くん!」
二人は真剣な目で見つめ合い、頷き合った。
そう、これは今だけに許された神聖なる戦いだ。
――時は遡って少し前。
「おじゃまします」
「いらっしゃい亞李くん」
前から約束をしていた亞李は、ギグの自宅を訪れた。
玄関を上がった瞬間から甘くて美味しそうな匂いが漂ってくる。
「いい匂いがするね」
「はい、今ちょうどクッキーが準備できた所なんです」
エプロン姿のギグはどうやら先程まで料理をしていたようだ。
ダイニングテーブルの上にはアイシングで可愛らしいハロウィン風の装飾がされたクッキーの詰まったバスケットが置いてあった。
「えっこれギグさんが作ったの?すげー!!」
「ふふ、今日はちょっと凝ってみたのもありますがこういうの作るの、案外好きなんですよ」
ギグの向こう側から蒼がひょこっと顔を覗かせて言う。
「そうなんだよ!ギーくんって器用ですごいんだ!」
「いや本当にすごいなぁ……」
「亞李くんこんにちは!」
「あぁ、蒼さんお邪魔しま……す」
ちゃんと挨拶をしようとした亞李だったが、蒼の手がギグの腰にガッチリと回されているのを見て、少しだけ声が小さくなってしまう。
たまにギグの家に遊びに来る度にちょっとは二人の距離感の近さには慣れてきてはいたが、年頃の亞李にとっては、蒼とギグのラブラブな密着具合を見ているのが何だか恥ずかしい。
それに、友達のそういう所を見るのは少し恥ずかしいものだ。
しかしそれを特に気に留めずにエプロンを外しながらギグは会話を続ける。
「今日食べながらやろうと思って作ったんです」
「わっ!ありがとう!俺今日楽しみにしてたんだ〜」
「ええ、私もです」
「それに“触媒”にもなりそうだしいいね」
「それも考えてのことです」
今日はハロウィンの日。
ギグと亞李にとっては仮装で街に繰り出すよりも先にやる、大切なことがあった。
ゲーマーの二人にとっては大切なことが。
それは、二人が共通でやっているソーシャルゲームのハロウィンイベント。
そこで登場する限定カードのガチャを引くのが今日の目的だ。
人気キャラのハロウィンをモチーフにした美麗イラストの限定カード。
しかもスキルの高性能とあれば引くしか選択肢はなかった。
それをわいわいしながら引くことを今日二人は楽しみにしていたのだ。
三人ではやや狭いリビングのソファーに腰掛ける。
焼きたてのクッキーを少し味わってから、手を拭いてスマートフォンを机に置く。
「さて、早速やりますか」
「うん、準備はオッケーだよ」
ギグと亞李はそれぞれゲームを起動させ、ガチャの画面を開く。
笑いかける限定カードのキャラの笑顔が、まるで自分を手に入れろと誘っているように見えた。
「じゃあ、せーので引こっか」
「はい。……せーの!」
「せーの!」
ゴクリと息を呑んで液晶画面をタップする。
まずは10連目、二人ともガチャ演出は普通のものだ。
結果は言うまでもなかった。
「あぁ〜やっぱそうだよなぁ」
「ですよねーって感じです。よし、次行きましょう」
そして20連目、またも光る様子は無し。
「げっ……ドブだった」
「ううーん……最低保証はキツいですね」
そんな二人の様子を画面を覗き込みながら蒼はただ、見ていた。
「よくわかんないけど、ガチャって難しいの?」
「はい、完全な運ゲーですから」
「中々渋いんだよ」
「そうなんだ、なんか大変そうだね?」
ギグと亞李は神妙な顔で首を縦に振った。
そして30連、40連、50連、60連とどんどんガチャは回っていったが中々出ない。
「くっ全然出ませんね……!日頃の徳が積み足りなかったか?」
「やっぱそうだよな……はぁ、覚悟して課金しといてよかった」
「頑張って!二人とも!」
よく分からないなりに応援する蒼を見て、ふと思いついたようにギグは言う。
「あの……ちょっといいですか蒼くん」
「ん?どうしたのギーくん?」
「このボタン、試しに押してみてくれませんか?」
「俺が?」
そのギグの提案に亞李もすぐにそれを理解しなるほど、と思った。
「物欲センサー?」
「その通りです。私ではあまりにも物欲が強すぎる」
「だから無欲な蒼さんに引いてもらう、とそういう作戦だ」
「はい、というわけで蒼くん!よろしくお願いします!」
蒼は二人の会話に首を傾げていたが、差し出されたギグのスマホを手に取った。
「ギーくんの言うことなら勿論いいよ!」
「ありがとうございます」
そして蒼がボタンを押す。
静かにみんなでガチャ画面を見守る。
しかし結果はというと……
「あっ、あぁ〜!割と惜しい!」
「SRが四枚……悪くない出ですが……」
そんな二人の様子をみて、蒼は申し訳なくなる。
「えっ、と……なんか、役に立てなくてごめんね」
「大丈夫ですよ、物欲センサーなんて所詮は迷信ですから。気にしないで下さい蒼くん」
「ギーくん〜!ごめんね〜!」
蒼はギグをぎゅっと抱きしめる。
そんな蒼の頭を、ギグはよしよしと優しく撫でた。
しかし、ギグの蒼に対する優しさはここまでだったと、後で知る。
また何連かガチャの回数を重ね、とうとう山場。
このゲームの天井である100連目を迎えた。
「いよいよ……!」
「はい。SSR確定……しかし限定カードが出るとは限らない」
「えぇ〜どうしよう!俺のお小遣いじゃこれが最後だよ!」
「亞李くんはラストチャレンジですか。頑張りましょう!」
「うん!お互い頑張ろう!」
そして二人ともそっと、慎重にボタンをタップした。
SSRの確定演出が出る。
「……あっ!!」
「えっ!?」
「き、きた!俺の!見て!!!」
亞李の画面に表示されていたのはハロウィンの限定カードだった。
「おおおおめでとうございます亞李くん!!」
「えっ、狙ってたの出たんだ!おめでとう〜!」
「やった!き、きた……!嬉しい〜!よかった!」
自分のことのように喜ぶ二人に、亞李も心底嬉しくなる。
そしてギグに尋ねる。
「ギグさんは?」
「えっ」
「どうだった?」
「えっ」
えっ、しか言えずに目を泳がせるギグ。
その様子で全てを察する。
「す、すり抜けちゃった?」
「…………はい」
途端にめでたいムードは一転。
無言になり、そんな中で口を開いたのは蒼だった。
「ギーくん大丈夫?でもまだ次があるんでしょ、頑張ろう!きっとギーくんなら大丈夫だよ!俺見てるよ!」
「俺も見てるよギグさん!次行こう!」
「お二人とも……はい!まだ慌てるような時間じゃありませんね!」
二人の慰めに顔をあげ、ギグはチャリン、と音を立てて課金のボタンを押したのだった。
「ここからが、本番みたいなものですから」
しかしその後も、ギグのガチャは混迷を極めていた。
一天井した後にニ天井を迎えた。
だが、またもすり抜けで、ギグの精神はすっかりやられてしまった。
額に汗が滲み出てくるのを感じた。
ついに三天井に突入し、指を震わせながらボタンを押そうとした。
その時、蒼の手が後ろから肩と腰に周りバックハグされようとし、集中していたのを邪魔されたと感じたギグは思わずキレてしまった。
それが冒頭の出来ごとに繋がるのだ。
「出ないねギグさん……」
「詰み……詰みなのか!?いやいやいやそんなはずは……ま、まだ残機なら……」
「諦めないで!このチャンスを逃したらいつ復刻かわからないよ!」
「そう……ですね。ふふふ……いいでしょう。社畜ヲタの財力パワーを見せつけてやるとしますか」
そしてまたどんどんガチャは回っていく。
すっかりと冷めた紅茶とクッキーが哀れにも放置され、時間だけが過ぎてゆく。
そしてついに、ギグのガチャは三度目の天井を迎えてしまった。
「いやちょ、おま、冗談でしょうこんな……まさかの三天井?私のガチャ本当に限定入ってます?ここまでくればいよいよ疑わしいレベルでは?敗北者?取り消せよ今の言葉……」
「うぅ……なんか先に出ちゃって俺、申し訳ないな……」
「いや、それは気にしなくていいです全然。亞李くんは自分の目標内に達成するとうミッションがありましたから」
「うん、ありがとう……でも俺、ギグさんにもゲットして欲しいんだよ!」
「私だって!勿論ゲットしたいですよ!」
「次!次ワンチャンあるって!というかそろそろ出なきゃ嘘だよ!」
「大丈夫です……課金は家賃まで、と言う言葉が大人にはありますから……はは」
力なく笑うギグの様子に亞李も酷く心苦しくなった。
そして、ついに300連目のガチャが回される。
「出ろ…出ろ……」
「お願いします……お願いします……よろしくお願いしまーーーす!!!」
ギグは歯を食いしばりながら勢いよくガチャのボタンを押した。
SSRの確定演出で画面が光る、だがここではまだ安心できない。
二人は手を合わせて祈りながらそれをただ、見守る。
そして、画面に表示されたカードは……
「おっ……おおぉぉおお!ギグさん!ギグさん!」
「ななな何!無理!こ、怖くて見れない!無理!!」
「見て!見て見てみて!!」
恐る恐るギグが目を開けると、そこに燦然と輝いていたのは、オレンジと紫の色合いのお菓子を模したカード。
お目当ての、ハロウィン限定SSRカードだった。
しかも、それが二枚も
「ににににに二枚抜きキターーーーーー!!??!」
「やったーーーー!!!よかったね!よかったねおめでとう!」
二人は手を取り合い大喜びした。
ギグは大人気なくほんのり泣きそうになったのを、グッと堪えた。
二人は興奮が冷めやらぬままに、ゲームを一緒にプレイしていた。
「いや……本当、一時はどうなることかと」
「でもよかったじゃん!最後の最後で神引きだったし」
「結果オーライですね」
そして一通りゲームをし終えると、クッキーを食べながら話す。
「そろそろ俺たちも街に行かない?」
「そうですね。ソシャゲの後はリアイベで楽しみましょうか」
「せっかく仮装もしてみたしね、一緒に行こう」
今日はハロウィンということで、二人とも仮装衣装を身に纏っていた。
亞李は黒い服に黒いマントを羽織って玩具の鎌を合わせた死神モチーフの装い。
そしてギグは神父服を身に纏ったエクソシスト風の装いだ。
二人ともシンプルだが纏まったハロウィンらしさのある仮装だ。
「ハロウィン、まだまだ楽しみましょうね」
「うん!楽しもう!あ、それとギグさんは後で蒼さんに謝ってね?」
「うぅ……それは、さっきは熱くなり過ぎて……反省してます」
「喧嘩しないようにね?」
「はい……」
「じゃあ行こっか!」
「えぇ、行きましょう!」
そして二人は大切なデータの入ったスマートフォンを大切に仕舞い、お菓子の入ったバスケットを片手に夕暮れの街へと繰り出した。
ハロウィンイベントは、なんだかんだで笑って終われそうだ。
了