ある日の夜更け、カサネはひとりでぼんやりとソファに寝っ転がって無機質な天井を見つめていた。あの決戦から幾ばくか経って街の様子もゆっくりと落ち着きを取り戻す中、怪伐軍の上層部は常に慌しく動いていた。だが、カサネたちをはじめ、殆どの隊員は休暇を与えられ、家族の元へ帰ったり、軍の作業を手伝ったり、変わらず怪異討伐をしたりなど様々に過ごしていた。カサネ隊の殆どは拠点に残っているものの各々好き勝手して過ごしていたので自然と顔を合わせる時間が減っていた。
おそらく、その日もカサネはひとりで夜を過ごしていた。
自分の気持ちに追いつけない程、人らしい成長ができていなかったからわからなかったかもしれない。いつかシデンが教えてくれた「お前のセトさんを見る目は僕のそれとは違う」という言葉が今さらになって身に沁みる。突然身体を起こして独り言を呟く。
「あれが、恋なのかしら」
寒空、カサネはシェルターを抜け出し理由もなく街を駆け出した。頭の中が沸き立つように熱いのに、肌は冷たい空気に切り裂かれてビリビリする。
「ここにいたのか」
崩れた廃墟の骨組みに腰掛けるカサネに声をかける姿があった。
「......シデン。あなたどうしてここに」
「それはこっちのセリフだ。声をかけようとしたら突然飛び起きて出てくなんて」
「あなた、シェルターにいたの?」
「な!そ、そこからなのか」
シデンはややうろたえるが、カサネは静かに「ありがとう」と呟く。
「べつに。風邪をひかれたら困るのは僕達だからな」
感謝されたのが嬉しかったのか誤魔化すように眼鏡を押し上げる。
「違うの、そういう意味じゃなくて」
「あの時、あなたに指摘してもらってなかったら一生気づけなかったかもし得ない」
「セトさんのこと」
セトの名前を聞いてシデンは小さく息を吐いた。煙のように白いもやがくゆる。
「特に理由もなくあの人のことを目で追っていた。あの人とただいるだけの空間に心地の良い緊張があった。言葉を交わしているとき、胸の奥に暖かさを感じた。そしてあの人を失って、言葉では形容し難い気持ちが降って湧いた。全部が全部、どうしてなのかわからなかった」
「なぜかしら。今になって、涙が止まらなくなるの、シデン」
「あれがきっと恋だったんだわ」
「気づけて良かったじゃないか」
「セトさんへの気持ちがわからないままでいるなんて、そっちのほうが寂しいと思うから」
「くそっ、またセトさんに勝てない分野が増えた......」
「何?聞こえなかったわ」
「独り言だ。お前には関係ない......」「いいかカサネ、僕とお前はまだ生きてる」
「......そんなことわかってるわよ」
「ああ、そうじゃなくて、なんだ」「僕らはセトさんが守ろうとした世界でまだ存在してる。だからこの命尽きるまで全力で生きていかなきゃならないと、僕はそう思ってる。他の誰でもない、自分のために。だけど僕はこうとも考える」「誰かの為に生きるのも立派な生き方だって」「僕はまだそういうことはできそうにない。だが将来的には」「だから、僕はカサネのことをちゃんと支えていきたいと思ってる」「ひとりでいたいなら止めはしないが、同じ人に憧れたよしみだ。話くらいは聞いてやれる」「だから、ひとりで泣くなよ」
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