掲示板もどき土台にちまちま。
『兄様ーーー光ーませ、』
事の発端は、とぎれとぎれにかかってきた電話だった。
いったいどこから電話をかけているのか定かではないノイズと飛び掛かった音声。小声なのか聞き取れないのか。スマホ越しにはよく分からない。
「電話だとここ、なんだよな」
雑木林の荒れた雑草をかき分け、ようやく見えた建物。こんな場所にあるのだから、人が住むはずもなくまた誰かが管理しているとは思えない。
「廃墟ですけど、ここなんでしょうね」
腕にかかった草の種を払い落とし風龍が廃墟を眺める。
「一軒家ではなさそうだけどよ」
砂利を踏む音に雷龍が少しだけ先を歩く。
薄暗いそこでコンクリートのような外壁と低めの塀、植え込みだったであろう植物はそこかしこに枝を伸ばしていた。
「というか、闇竜なんでこんな場所にいるんだ?」
通話状態のスマホを確認する。時間の割にはずいぶん薄暗い。
「いたずら電話なわけないですよねぇ」
「わざわざこんな凝ったいたずらするか普通」
ますます信憑性に欠けていく通話内容に対して、すぐ隣。たびたび耳に入っていた断続的な振動音。
「炎竜、さっきからそのバイブレーションはなんなんだ」
「あ、なんかやまなくなった」
「何やってんすか」
一定間隔でヴヴっと鳴るスマホに、風龍と雷龍が覗き込むように炎竜へ近づく。
『【情報】人を探してる【募集】
1.名無し
人を探してます。
情報もとむ
2.名無し
≫1 人探しなら警察に知らせろ
3.名無し
≫1なんでここで聞くのスレチだろ
4.名無し
≫2警察には連絡してる
相次いでいなくなったから、探してる
5.名無し
おおう 』
「掲示板サイトじゃないですか」
「こんなとこ書き込んで何やってんすか」
「こういうのってあんまりないからさ」
妹の安否が気になるものの、まさかこのようなネットの中に書き込みを行うとは。
こんなことが二度とないことを願うばかりだ。
頭痛が始まりそうなこめかみの重さに対し、パシャリと音が響く。
「画像って載せられるのこれ」
「やったことないですけど、ここじゃないですか」
「へー、こうなってんだ」
もはや都市伝説で掲示板は使えるという、フィクションじみた書き込みを実体験できることに夢中になっているようでもあった。
「あ、この書き込みか!」
なにやら自分のスマホを見ていた雷龍が発見したと、炎竜の肩に腕を回す。
「もう情報共有かねて、氷竜先輩も掲示板くらい閲覧できるようにしません?」
そう提案を言うや、問題の掲示板サイトのURLをメールで送信してくる。
「あんまり個人的なこと書いてたら、その僕たちはまずいでしょうし」
「そういうことなら」
所属の機密が多すぎる以上、うかつに書き込んだことで何かあっては二次災害すぎる。
『31.名無し
コテハン決まったし赤、まずいきさつを
32.赤
一番下が最初に帰って来なくて、
すぐ上の妹二人が探しに行って、
んでその二人も帰ってこないから妹二人が参入探してる
33.名無し
≫32まて、まて
34.名無し
≫32赤、ちょっと妹が二回文にあるけど
35.名無し
≫32赤からすると、妹四人もいるのか?』
アクセスしたそこには、すでに何度か書き込んだらしい文面が入っていた。
こてはんというものが何を意味しているか、詳しくはないが赤とあるのだからおそらく炎竜が書き込んだのだろう。
とはいえ、読みにくくないかこの文章。
『 私たちから見るとそうなる。一番下は弟だ。』
補足がてら文章を打ち込み、書き込む。
『37.名無し
≫36お?
38.名無し
≫36だれ?
39.名無し
≫36赤の知り合い?
40.名無し
≫36だれ?
41.赤
36は兄。
42.名無し
兄弟でさがしてんのか
43.名無し
妹四人ってすげぇな
44. 名無し
オカンすげぇエエエエエエエ』
思った以上に早い返信に、文章の反映が間に合わず、数回読み込みをタップする。
「あ、先輩書き込むならコテハンつけましょう、」
「こてはん?」
「固定ハンドルネームです」
手慣れたように風龍が画面を指さし、設定部分をタップする。
「炎竜先輩が赤だし、青でいいですか?」
もう好きに入れてくれ・・・。画面を見続けていては捜索にならないため、さっさとスリープへ移行し、あたりを見渡す。
「さて、どうしたものか」
建物だけがあるそこで、立ち往生ではどうしようもない。外周くらいは確認してもいいだろう。
「よし、少し散策してみるぞ」
「はい。」
「うっす」
「炎竜、聞いてるのか」
「あ、うん」
すっかり掲示板の反応が気になってしまいそれどころではなさそうである。
建物自体はそこまで大きくはないものの、一軒家にしては高さがあり、道の一部にはアスファルトが草地に見えている。
これは一軒家というより、何か施設だったのかもしれない。
苔と錆のある室外機と色あせはがれた壁には、枯れた蔦がこびりつく。
「先輩ーちょっと来てください」
建物の反対側を言ったであろう風龍が大声を上げる。
何事かと駆け付ければ、その手には薄紫色のベレー帽があった。
「どう、したんだ」
「考えたくないんですけど、闇竜もしかしたらここにきてます。」
持ち物だけがあり、本人がいない。
落ちていた場所の正面は、ガラス戸。屋根付きのエントランスに、右手側には塗装の禿げた看板らしきもの。
ガラス戸の向こうにはカーテンの閉められた出窓があり、ソファーが見える。
つまりここは
「廃墟とはいえ、病院か」
オカルトを信じているわけではないが、ここまで出来過ぎたタイミングなどあるのだろうか。
「僕たちの裏口側から入ってきたみたいですね。」
「裏口とはいえ、正面が通りに面していないのも、問題だがな」
と、いまだに合流してこない二人は何をやっているんだ
『45.赤
それは家出る
46.青
赤、さっきから誤字が目立つぞ』
掲示板に書き込む時間を捜索に回せ。
やはり書き込み自体やめさせたほうがいいのかもしれない。
こうなると通知も耳障りだ。
『47.名無し
≫46青か
48.名無し
≫46さらっとコテハン決めた青
49.名無し
≫46赤で青か
50.名無し
≫46ジャケット青だったりしてwwww』
適当に再読み込みを繰り返し、止まった一文に思わず自分の服を見る。
『なぜ、分かった』
この書き込みを閲覧している誰かに犯人がいるのではないか。
思わず背後を見るが、雑草が風に揺れるだけで隣に風龍がいるだけだ。
『52.名無し
マジか
53.名無し
マジかwwww
54赤
こんな事態で、ちゃんと変換やるヨユウない。
54.名無し
妹四人と末っ子がいなくなって、探してた
廃墟に↑の私物が落ちてた
廃墟はマップにない
であってるか?』
物見見物ばかりと思いきや、状況をまとめだす書き込みもちらほら増えつつある。
ネットの中は複雑怪奇だ。ゾンダーよりも奇怪かもしれない。
『59.名無し
こっちはいません。でも、探している人の落し物がありました
60.名無し
向こうに空いてる窓があったぜ
61.名無し
お?なんかまた増えたぞ
62名無し.
?
63.名無し
誰?
64名無し.
協力者かなんか?』
「風龍、お前もか」
「はい。あ、たぶんコレ雷龍ですね」
『協力者というか59と60は私の弟たちだ』
と入力する自分も人のことは言えないだろう。
「こっち窓空いてたぜ」
ひょこっと書き込みと似たようなことをいいながら雷龍が合流する。
「中入れそうだったぜ」
「炎竜は」
「あ、目印に立ってもらってます」
まさか書きこみに気をとられていまいな。
雷龍に案内されたそこは空いているというよりは、割れたに近い状態だった。
「氷竜来たか」
「ああ、どころで炎竜その手の廃材は何をする気だ」
「これだと服とか手とか切りそうだからもう少しガシャーンって」
「割るのか」
「どうせ廃墟だし、まじで闇竜や光竜がいたらまずいだろ」
廃墟でも不法侵入に問われるのだが、悠長に入り口からとも言っていられない。
黙認し、思い切り廃材をたたきつける。
「任務用の軍手や靴、ふだん