「すげえなお前達!三人のパーティであのワイバーンに挑んだんだって?」
「ああ。と言っても、二人が力を貸してくれたから倒せたみたいなものさ」
「とか言っちゃって。一人でワイバーンの目を釘付けにしていた勇敢な冒険者さんは誰でしたっけ?」
「うちのリーダー、先陣を切る事に関しては一流だからなぁ」
「じゃあ、その勇敢な冒険者様を称えて一杯いこうじゃねえか!——冒険者様の奢りで」
「お前はただ飲みたいだけだろー?」
笑い声、歓声、騒ぎ声……酒場が併設されているここのギルドはいつでも賑やかな声に満ちている。離れていても否が応でも聞こえてくるほどだ。
ここは大陸の中でも比較的安全なところに位置する街。規模は小さくはないけど、とりわけ大きいというわけでもない。その上特産品という物もなければ、街という旨みはほぼないと思う。
それでも賑わいがあるのはやはりこのギルドという存在が大きい。多くの冒険者が集うこの街では、ギルドとそこに所属する冒険者からの利益をもとに成り立っている。というより、ギルドを中心に発展したと言っても差し支えない。おかげで付近に潜む魔物から襲われないことから、商人はやってくるし、それに伴って交易も盛んだ。ギルド無くしてこの街は成り立ちはしないだろう。そのギルドは朝から夜まで冒険者達によって賑わいを衰えさせることはない。
「今日もあそこは賑やかみたいだね」
私——アルはギルドの中に構えている鍛冶屋の前でその騒ぎを聞いていた。ここの工房の騒がしさにも負けない賑やかさだ。
「なんでも、三人でブルートワイバーンを討伐したらしいぞ。それで今じゃこんな騒ぎになってるそうだ」
私の声に応えてくれたのは鍛冶屋のカニア。どうやら私よりも先に今の賑わいの原因を知っていたようで、事の顛末を簡単にまとめて教えてくれた。それにしても、
「ブルートワイバーン、かぁ……」
ブルートワイバーン。この周辺に住む魔物の中でも極めて強力な種族。強靭な四肢と翼、大柄な肉体を持つだけでなく、その口からは頑強な鎧すら融かしてしまう高熱の炎を吐くという、恐るべき魔物だ。そんなワイバーンを三人だけで倒しにいくなんて、普通に考えたら命がいくつあっても足りないような危険な行為だ。
しかし、今ギルドの盛り上がりの中心にいるのはその危険なクエストをこなした強者達。無事に生きて帰ってきたという事だ。素直にすごいとしか言いようがない。
「ブルートワイバーンの討伐依頼なんてどこから出てきたのか知らないが、まぁおかげでまた市場が潤うだろうさ」
「そうかもね」
カニアもこの報告にはどこか満足しているようだ。確かに街への脅威は減った事だし、またこれで商人達がやってくれば、街ももっと発展していくかもしれない。あまりこういった事には詳しくない私でも、なんとなくそういうのは思い描けた。
「——で、お前さんはどうなんだ、アル」
「え?それはどういう意味で……」
「あんな輝かしい功績を聞いてお前さん……いや、お前さん達もやりたいんじゃないのか、でけえクエストをよ」
カニアは武器を磨く手を止め、私にそう言ってきた。確かに、私だって冒険者の端くれだ。今騒ぎの中心になっている冒険者達のように大きいクエストに挑戦したい気持ちはあるし、なんなら遠くまで足を伸ばしてみたい。でも、どうしても心の中でブレーキがかかってしまう。
「……私もそうだし、きっとみんなもそう思ってると思う」
「じゃ、なんでやってみねえんだ?まぁ無理に危険なクエストに行く必要もねえけどさ」
「さぁね……でも、理由があるとしたらこの街が好きだから、かな」
冒険者らしくないけどね、と言葉を付け加える。この賑わいのある街が、自然に囲まれつつも人の活気のあるこの街が、私は好きだ。だからこそ、離れたくないという、遠くにまで足を伸ばしたいという思いと正反対の思いを抱いてしまっている。故に大きなクエストに挑むのを躊躇い続けているんだ。
「ふーん……ま、そういう事なら口出しはできねえな。俺もこの街は気に入ってるからよ」
そんな私の答えにカニアは納得したのか、再び武器を磨き始めた。その音も酒場の喧騒に埋もれてしまうが、此処ではそれが日常だ。今日もそうやって一日が終わる物だと思っていた。
「——た、大変だ!!冒険者は、腕の立つ冒険者はいないか!?」
だが、ここはギルドだ。何かしらの問題が突然舞い込んでくるのはよくある事だ。扉を思いっきり開けて来たのは、あまりこの辺では見慣れない格好をした男。おそらく商人の一人だろう。その顔には汗が浮かんでおり、何やら焦っている様子だった。
「一体どうしたんだ、旦那。クエストを依頼するときはをまず先にギルドマスターを通してから頼むぜ」
ギルドの入り口にいる衛兵がその商人らしき男に話しかけた。このような商人がクエストを依頼してくることは此処ではよくみる光景だ。だが、あの商人の焦り様、よく見る人達の焦り様とはなんか違う気がする……。
「そ、そんな悠長にしていられる場合か!は、早く、早くなんとかしなければ!!」
「だから、まずは用件をギルドマスターにだな——」
「この街にブルートワイバーンが向かって来てるんだよ!!」
ギルド内に静寂が訪れる。だが、それも長くは持たなかった。すぐに騒ぎは大きくなり、慌ただしさは一層ひどくなる。
「ブルートワイバーン!?そんな、アイツは俺たちが討伐したはずだろ……!?」
「そんな事知らん!間違いなくあれはブルートワイバーンだ!!早く逃げなきゃ此処も危ないぞ!!」
ギルドの中はもうパニック状態だ。逃げ出す者もいればその場に居座る者もいる。一方の私と言えば、あまりにも突然の事態に動けずにいた。何よりも怖いという感情が私の体をそうさせていた。
それから程なくしてギルドには緊急クエストとしてブルートワイバーンの撃退依頼が出された。私にもその依頼状はやってくる。場所はこの街にある砦。そこで迎え撃つつもりらしい。確実に撃退するため多くの冒険者が必要らしいのだが、ブルートワイバーンの危険性は皆が知っている。いくら冒険者と言えども命を大切にしたいのは当たり前だ。
「よし、なら俺たちが行く!二人とも、行くぞ」
そんな中、三人のパーティが名乗りを挙げクエストを受けていく。それを皮切りに我も我もとクエストを受けていく冒険者達。だが、それでもまだ数人程度だ。あれだけじゃまだ、ブルートワイバーンには打ち勝てない。
「——ほら、こっちの準備はできてるぞ」
依頼状を見つめていた私に声がかけられた。カニアだ。その手には先ほどから磨いていた私の武器であるバスターソードと呼ばれる大剣が持たれている。
「危険なクエストって事は俺にだって理解している。だがお前さん、行きたいんだろ?そのクエストに」
カニアの表情はいつになく真面目なものだ。確かに行きたい、そう思うと同時に怖いという思いも出てくる。私は渡された自分の武器を手に取るか迷っていた。
「それに、お前さんの仲間達はすでにやる気みたいだぞ?」
そう言ってカニアが指差した先には見慣れた私の仲間の姿がある。皆、それぞれの武器や法術具を手にして私に手を振っている。
「無理だと思ったら引けばそれでなんとかなるし、お前さん達のことは信じてるからさ。——だから、思いっきり行ってこい」
その言葉を聞いた私に迷いなどなかった。バスターソードを乱雑に受け取った私はすぐにクエスト受付へと走った。
「あ、アルさん!?も、もしかしてブルートワイバーンの撃退を受けてくれるんですか!?」
「時間ないんでしょ!署名はするから受注通して!」
「は、はい!」
受付の人に依頼状を叩きつける様に渡す私。息が上がっているのは緊張してるからか、それとも急に走ったからか。そんな事はわからない。
「お、久々に姉御がクエスト受けましたね〜」
「最近全然やってくれねえから暇してたんだわ、俺ら」
「まぁ、些か久しぶりにやるには重いクエストですがね」
「そんな事は私がわかってるよ……でも、みんなはそれくらいがいいんでしょう」
「「「当然」」」
いつのまにか私の周りには頼れる仲間達が集まっていた。皆、私が突発的に入れてしまったクエストなのにもうやる気に満ち満ちている。それなら、私もこのクエストを思いっきりこなせるように気を入れ直さなきゃ。
「アルさん、受注完了しました。——どうか、ご無事で」
受付が完了したという証拠として、依頼状の半分を渡される。此処まで来たらもう後戻りなんてできない。でも、後戻りなんて事は最初から考えてはいない。私だって冒険者なんだ。行くときは行く、その覚悟はある。
「みんな、行くよ!私たちの好きな、この街を守りに!」
「「「応ッ!!!」」」