「――んじゃ、とりま記念っつーことでぇ!」
「「「いえーーーーーーーい!!!!!」」」
パシャ。
大学1年の夏、俺達はキャンプ場から車で30分の、廃墟にいた。
「なーなー、どうする? やっぱ動画とか上げてく?」
「いやいやいや、編集とか言われたら面倒だし、ここはライブ配信っしょ」
「とりまツイで更新入れとくわー」
「おー、サンキュなー」
高校の時からクラスの中心部にいたトオルとササキ、キョロ充気味だけど大学でも振り落とされずになんとかやっていこうとしてるワタル、大学デビュー組のタクヤと俺は、今思えば無謀なことに廃墟凸する装備なんて何も考えず、Tシャツとジーパンやチノパン、靴はスニーカーだとかデッキシューズだとかで、もとはホテルだったのだろう廃ビルに乗り込んでいた。
流石にサンダルで来るやつはいなかったが、それでも心もとない格好だったと思う。
でもあのときは前期の考査を終えて、高校時代より1月も長い夏休みを楽しむことで頭がいっぱいだった。
ワタルとタクヤが動画配信者にあこがれて取ったアカウントは基本俺たちの駄弁り場でしかなかったけれど、見知った顔が配信画面の向こうで何かやっているというのはちょっとした非日常っぽくって、配信後のグルチャでからかい合ったりするのがなんのかんの楽しかった。そんな時期だった。
トオルがサークルの誰かから聞いた噂を持ち込んで、ササキが「聞いたことあるな」と同意したら、もうそれは俺たちにとってGOでしかない。
レポート作成で集まる合間にバイトの調整や地図の確認、キャンプ用具の準備をして、俺たちはとうとうここへやってきたのだ。
ワタルとタクヤがコラボと称してスマホを向け合ったり配信はじめの挨拶をしている。
「俺たちのことは映すなよー」
「わーかってるって!」
軽いツッコミと安請け合い。それも、俺たちの日常だ。タクヤはたまにやらかすけど、案外ワタルはこういうときうまくやる。だからあいつは憎めないんだよな、というのはササキのぶっちゃけだ。
俺は俺たち5人を乗せてきた車を振り返り、廃ビルの入り口からの経路を確認する。
従兄弟が言ってたけど、こういうところには浮浪者なんかが住み着いてたりして、たまにこうやって訪れる俺たちみたいなバカどもとちょっとした揉め事になることもあるらしい。
「おーい、そろそろ行くぞー」
「あー、ちょっと停め直すわー ちょい待ちー」
「うぃー」
念の為、廃ビルの敷地から出やすいように、俺は車を停め直した。
「どしたん、サトー?」
「やー、帰るとき面倒なの嫌だからさー」
「あー」
「あー」
「すまんな、サト」
「いや、いって」
「じゃー、いよいよ進みまーす!」
「ぃえーーい!!!」
誰もいない前庭に俺たちの靴音がジャッジャッと響く。
ササキはスマホを取り出して、ワタルとタクヤの配信を見ながら歩いているらしい。片耳にイヤホンをつけて音がもれないようにしているが、俺たち以外にも視聴者がいるのか、コメント欄が動いているのがちらりと見えた。
先を歩くワタルとタクヤの背を見失わないようにしながら周囲を見回していると、トオルが歩くスピードを少し落として近づいてきた。
「な、知ってる、ここの噂?」
「え、お前が持ってきたヤツ?」
「じゃなくて」
「え、何 マジで?」
「他のやつ他のやつ」
「うーわ、まだあんのかよ」
「これ、タクヤとワタルに内緒な」
「こわ トオルさんマジパないっすわー」
「なんにもなかったら帰りの車ん中で話すなー」
「トオルさん、マジっすわー」
ケラケラ笑っていると「なにそれ、俺も知らないやつ?」と、いつの間にか寄って来ていたササキも乗ってくる。
「あー、じゃあさ、ここだけの話――」
トオルが俺たち2人に話しかけるその後ろで
「ロビーの探索が終わったんでぇー 次! ここっすねー」
「何、食堂?」
「あー、なんかそれっぽいー」
ワタルとタクヤが先に進む気配がしたので、俺たちははぐれないようにあとをついていきながら、トオルが話すのを待った。
「――あー、でさ、あいつらには今まだ内緒な?」
俺とササキはうなずく。
「ここさ、まあ、見て分かるとおりホテルだったじゃん? んでさ、いろんな人来んじゃん?」
昔さー、援助交際?っての? パパ活的な? あれもたまに来てたらしくって、ロビーでW不倫が鉢合わせして喧嘩したとか、そこから殺人事件に発展したとか、そゆ噂。
「結構あったらしい」
「――マジでか」
「あー、あれかー」
「あれあれ」
ササキは知っていたようで、トオルが嬉しそうに相槌を打つ。
その二人の向こうでワタルとタクヤが机の下を覗き込んだり、なんかきれいにたたまれたナプキンとかを面白がって撮ったりしていた。ササキのスマホのコメント欄が動く。
「――んじゃ、次ー!」
「行っきまーす!」
俺たちも後を追った。
ホテルの高さは5階建てで、そこそこある。1部屋ずつ見て回るには広すぎる気はしたが、まだ22時を回ったところで、俺たちには時間がありすぎた。もともとここが見つからなかったときのネタ用に、百物語とかをやるつもりだった俺たちは、十分すぎるほどに徹夜の気持ちを高めていたからだ。
「やー、これで2階がそろそろ終わりなんすけどー なんかケッコーきれいっすよねー」
「あー、うん、わかるわー」
ワタルとタクヤの声。
確かに、そこは俺も気になっていた。
不良のたまり場になっていたりする廃墟では落書きや、窓ガラスや器物の破損が多く、浮浪者が住み着いているパターンでは独特の生活臭のようなものがするらしいと聞かされていたので、ただ単に埃っぽさだけを感じるこの建物はきれいすぎるほどにきれいな気がしていた。
「まー、穴場らしいからねー」
「正式に廃墟になったのって、10年以内だっけ?」
「そそ」
トオルとササキの補足が入り、ワタルとタクヤが納得する。
じゃー、まだ新しいんじゃんなー。サクサクっと回りますかー。そんな風にみんなの足取りが軽くなった矢先のことだった。
ぼっ、……ぼっ、……とんっ、ぱた、ぱた、ぱた、。
階段から何かが転げ落ちてきた。
思わず目を引く、紺色と白。
オレンジと臙脂で埋められたホテルの階段の上に、場違いなほどきれいな方っぽだけの上履き。
ワタルが一段下がりかけ、埃を吸ったトオルが小さく咳き込んだ瞬間、俺たちは駆け出した。
前庭に戻ってきた頃、呼吸とともに少し落ち着いてきた俺たちは、もしかして大変なことをしてしまったんじゃないかと思いだした。
揉め事も事件も幽霊も嫌だったけど、もしもそのうち事件だったら、あの上履きの持ち主は今頃……?
俺たちはなんとなく顔を見合わせて、生唾を飲み込んだ。
「――そうだ、配信」
「あ……」
「配信あるから、これ、何かあっても証拠になんじゃね……?」
「……俺、通報用意だけしとくわ」
「俺も、念の為」
「俺は――」
「サトはいつでも出られるように、車の鍵、用意してて」
「……わかった」
「――じゃあ、えっと……なんかぁー、ちょっとしたアクシデント? イベント? 起こりましたがぁー!」
「配信再開しまぁーす!!!」
少しヤケ気味に宣言したタクヤの声をきっかけに、俺たちはもう一度、廃墟へと戻っていった。
2階から3階へ続く階段、そこにはもう上履きは残っていなかった。
……どっちだ? どういうことだ?
ワタルとタクヤのスマホが上履きのあった段から視線を上げると――
ぼっ、……ぼっ、……とんっ、ぱた、ぱた、ぱた、。
何も映らない、誰もいない、そこから音が落ちてきた。
音を追ってスマホを下げる。オレンジと臙脂で埋められたホテルの階段の上に、思わず目を引く、場違いなほどきれいな、紺と、白。
今度こそ俺たちは逃げ出した。
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