一週間後。私と彼女は、ストリップ劇場にいた。
 …なんで?
 演劇の内容はここで伝えるにも及ぶまい。というかあまり内容が頭に入ってこなかった。
 女優は確かにきれいだった。最初は脱いでひたすら舞台上を飛び回るのかと思っていたが、実際にはゆったりとした動きだった。
 そもそも舞台がめちゃくちゃ狭かった。おれの部屋くらい。
 学校の教壇くらいという例えを思いついたが、言い得て妙だと思った。動く必要が無いのだ、見せる者と観る者にある種の同意があれば。
「えーと、…女優…になりたい?んですか?」
「敬語じゃなくていいよ。おっさん」
 てめえは始めから敬語じゃねえな。年下なのに。
「気になるんだよ、普通に。何で今日誘われたのか」
「助けてもらったお礼のサプライズってことじゃダメ?」
 
 そう言って小首を傾げると、彼女の茶髪がふわりと揺れた。
 いや、髪の色にグラデーションがないのを見ると、赤毛…?まさか。日本人じゃ確率は1%にも満たないだろうに。トレセン学園とかから来たのかな?
 顔は長い前髪で大方隠れてしまっている。天使の輪がくっきり繋がっているように見えるほどの美しい直毛だから外を歩けるようなもんだろう。
 目は…何というか、穴が開いてるように見えるほど黒かった。え、本当に開いてる? えっ? お? え?
 私と彼女は観終わった後の道すがらであったが、その景色は、ストリップ劇場というものがあるかと思うくらいの普通の都会だった。
 一応、ストリップの前は古い映画館で映画など観た。
「ストリップ劇場のチケットを贈り合う仲か。おじさんそんな節操の無い仲嫌なんだけど」
 彼女は少しだけ口角を引き上げて、低く抑えたような声で、
「うわ、ストレートに言うね。楽しくなかった?」
「そんなストレートか?そっちはどうだった」
「うん。何か…エロかった」
 中学生並みである。
 こちらの反応を探っているのでは無いかなどという可能性はチケットを渡されてから時計の短針の回転数と同じ18回分考えた。もう考えたくない。
「もう考えたくない…」
「何を」
「いや、俺の反応を探られてるかも知れないなっていう…」
「考えすぎだよそれは。おっさん」
 こういう時は素直に聞くのが一番だと思ったんだ。一蹴されたけど。
    私は彼女に疑いの眼差しを向けていたのかもしれない。彼女の耳に引っかかった、雫のような形をしたイヤリングが、こちらを見返していた。
    彼女はこちらに少しも顔を向けず、
「アタシが楽しそうだと思ったからおっさんにも見せただけだよ」
「…」
 この沈黙が私と彼女の関係性を物語る、最も明快な要素である。
 なんとその夜、彼女から電話がかかってきた。
 もう彼女などと呼ぶのはやめよう。変な誤解を招く。彼女の名前は雛。谷本雛である。
 私は、谷本雛の上司だった。
    そしてあの日、私はーー彼女を無理やり職場に連れ帰ったのだった。
「ごめんね」
「…何が?」
「アタシ忘れてたんだよ。すぐ忘れちゃう」
「…いや、だから何がって」
 その時私が、お互いに頭が回っていないことに気づけたのは奇跡かも知れない。
「おっさん疲れてたから、喜ばせようと思ったんだよ」
「はあ」確かに疲れてはいるが。
「始めはストリップとか行くつもり無かったんだけどね」
 電話の向こうで言いよどむ。私は少し息を吸って止めた。
「…あの、俺今日は楽しかったよ」
 一人称を俺にするのが微妙に恥ずかしいお年頃。
 電話の向こうからは暫し艶っぽい息遣いのみが聞こえてきていたが、やがて澄んだ濁声とでもいうような声で、
「………何で。どんな風に」
 とか聞いてきやがった。
 嘘だろ。
 電話越しだが、思わずでかいため息を吐いて頭を抱えそうになった。どう答えたら良いんだ。そんなん。
 しかし私が谷本雛と話すのは一週間前がほぼ初めて位のものだ。あまり親しくは無い。それに、一応仕事で関係がある以上安易に振ろうとも思わない。
「…観客との関係性が、面白かったと思う」
「カンケイセイ?」
 しまった、あまり難しい言葉わからない子か、と悪意無く思ったが、すぐに電話の向こうから、「あぁ、関係性か」と、うんうん、と、理解したような返事が聞こえた。
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