「ピアス俺も開けようかな」
部長が俺のピアスを人差し指と中指で弄りながらぽつりと呟いた。今さっき思いついた、というよりは長期に渡って考えていたことがつい口からついて出てしまったらしい。唇を押さえ、信じられないと言わんばかりに目を丸く見開いている。そんなに衝撃的なことだろうか。
「別にいいんじゃない。何でそんなに驚いているんだ」
ごく自然な疑問をぶつけると、部長は狼狽たように2、3歩後ずさる。その動きに合わせてピアスは部長の指から解放され、ピアス自身の重みが耳たぶに感じられた。
「……いやだって重いだろ」
「重い?ああ、揃いのピアスにしたかったのか。恋人同士ならよくあることだと思うけど」
恐らく話の脈絡的に「精神的に重い」の方だろう。確かに独占欲じみた考え方ではないと一蹴することは難しいが、特にこれといった問題もない。部長がそこまで気にするようなことでは無い筈だ。では、何のために。俺が訝しんでいるのが伝わったのか、部長は眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。どう言い訳したところでもう十分に不審なのだから早く降参すれば良いのに。
「そうじゃなくて。だって相手が…もし、万が一にだけど金属アレルギーになったら責任取れないだろ」
「は」
一体何の話をしているのか。ピアスがきっかけで金属アレルギーになるならそれはピアスを開ける時だろう。いや待て、部長は揃いのピアスをつけることは「そうじゃない」と言って否定している。
ピアス、責任、金属アレルギー。ここから導き出される結論は。
「もしかして部長、当然俺にピアス開けてもらうものだと思ってるのか」
「え?そうだろ。違うのか?」
あっけらかんとして言い放つ部長の姿に、思わずこめかみに痛みが走った。どうやら前提の時点で重大なすれ違いが起きている。呆れた声を隠す気力もなく、淡々と事実を述べることにした。
「あのな、部長。ピアスは病院で開けてもらうんだ。だから責任がどうとか感じる必要はない」
「え、だって恋人に開けて貰うと関係が長続きするんじゃ」
「何だそれ、不合理にも程があるだろ。アフターケアや設備、料金のことを考慮したら病院で開けてもらうのが一番だ。」
ジンクスとやらに縋るのは勝手だが、自身の肉体の健康を優先すべきなのは明白だ。ばっさりと切り捨てると捨てられた子犬のような瞳で見つめてきた。理解不能だ、部長は俺が同情心を誘ったところで心変わりするような性格じゃないと理解しているだろうに。
「劉都、頼むよ。俺開けるなら劉都にやってもらいたい」
「……はぁ。理由は。どうしてそこまでこだわるわけ」
俺としたことが、部長が一度決めたら頑として動かない性格なのを失念していた。お互い頑固なところが似ている、と話し合った情景が目に浮かぶ。まずは理由を聞いてみよう。俺が納得しなかったらどうせ部長の願いは叶わないのだから。
「劉都は何でもできるだろ」
「ああ。……まさかそれが理由か?残念ながら、俺は有能だけど専門の医者よりも技術が優れているとは言えない。技術面ならそれこそ医者を頼るべきだろ。」
「違う。何でもできるってことは全て同じくらいできるってことだ。特別力を入れていることがない…言い方悪いが執着しないんだろ。一つのことに対して。」
部長の切れ味のある発言に違う、とは言い切れなかった。言い得て妙である。正論を言われた俺は押し黙ることしかできない。2人の間に沈黙が訪れると、続けて部長が口を開いた。
「だから、俺に対して「特別」なことをして欲しかったんだ。劉都が俺がピアス開けたいって言ったら病院を勧めることくらいわかってる。それが「普通」なんだろ。劉都も意地悪で言ってるんじゃなくて、俺の健康のためを思って言ってる。だけどな、だからこそ俺は劉都に開けて欲しかったんだ。」
部長はあまりものを語らない性格だと思っていたが違ったようだ。瞳には熱が篭り、雄弁に自分の欲を語っている。あまりにも身勝手で、あまりにも欲に忠実な俺の部長。ここまで真っ直ぐにぶつけられるといっそ清々しいな。
「なるほど。つまり俺が普段なら絶対に取らない行動をして、特別になりたい、「責任」とやらを俺に背負って欲しいと」
俺が簡潔にまとめると、部長はこくりと頷いた。これは確かに俺しか叶えられそうにない。ため息をゆっくりと吐くと、部長に一歩近づく。
「分かった。ピアス開けてあげるよ。でも一つだけ補足させて」
「?」
部長は一瞬嬉しそうな顔をしたが、俺がまだ話し足りていないことを察すると口をつぐんだ。こういう察しの良いところは大変ありがたい。部長の服の袖を掴むと背伸びして不意打ちのキスを贈る。
「!?」
まさかキスされると思っていなかったのか動揺している部長を余所に俺は口を開いた。
「こうやってキスするのも、部長とこうやって付き合っているのも俺からしたら「普通」のことじゃない。「特別」なんだよ」
だから、と言葉を切って掴んでいた袖を離すとだらりと垂れ下がっていた手に指を絡ませる。びくりと震える手を更に強く握り込む。
「「責任」取るなら部長もじゃない?そうじゃないと不平等だろ」
欲しがるばかりじゃなくてちゃんと責任も果たせよな、と告げると弱々しく肯定の返事が頭上から聞こえてきた。宜しい。
「じゃあピアッサー買いに行くか。確か医療用で、実際の病院で使用されているものと材質が同じものが流通していた筈だ」
「何も分からないのでお任せします」
「ああ。ピアスについては先輩だからな。任せておけ」
繋いだ手の向きを変え、2人で興玉駅前まで向かう。道中好奇の視線が背後に突き刺さったが、俺の「特別」を欲しがる欲張りな恋人にはこのくらいしてやらないと伝わらないだろう。部長のそわそわと俺の方に向く視線をあえて無視する。さて、ドラッグストアはどこにあったかと考えを巡らせることにした。
終わりです 推敲して出します ここまで見ていただきありがとうございました