「あなたみたいな一等星を見つけました」
ぴろんと鳴った通知音に現れたその文字列に、一紗はまたらしくもなく自分の目元が緩むのを感じた。
悠人が修学旅行に行って、二日目の朝。昨日の夜に撮ったものらしい写真が、そんな口説き文句のような言葉と共にトーク画面に貼りつけられたのが今朝の話。
二年の修学旅行は去年行ったばかりだが、自分はその時一度でもあいつのように星を見上げただろうか、なんて思いながらいつもと何も変わらない通学路を歩いている。…ただ強いて言うならば、今日は後ろから姿を見つけた途端に近寄ってくる男は留守だ。実に気楽でマイペースな登校。あと二日もすれば、この平穏もなくなってしまうわけだが。
一紗は朝の画像をもう一度開いて眺めながら、まだぼうっとする頭でスマートフォンを弄った。画像は何の変哲もない、夜空に浮かぶ星の写真だ。確かに他に散っているような気がする白い微かな光よりはまばゆいような気がするけれど、果たして自分がその星を見つけたとして、その場でわざわざ写真を撮るかと聞かれたら答えは否だ。けれどあの何かにつけては後ろを追いかけてくる犬のような男から送られてきたそれは、確かに心の内を何かで満たした。
つっと画面を少しスクロールして遡れば、初日ではしゃいで撮った写真屋行った場所、誰と何をして何を食べたかまでがポンポンと楽しげに羅列されている。昨日は歴代一位と言っていいくらいにはここが騒がしかった。名所である有名な神社の写真はもちろん、「お団子食べました」とか、「さっき鹿に群がられて怖かったです」とか、「季節外れに咲いてる花が」とかまであった。それもご丁寧に写真付きだ。
いやお前そんなに暇なのかよとか、何もわざわざ旅先でまで俺に構わなくていいだろとか、そんな呆れじみた感情も浮かんだが文字として送りはしなかった。水を差したくもないし、別にこれが嫌な訳でもない。ろくな返事はできないけれど、悠人がそれすらあまり気にしていないから楽なのもあった。事前に「送りますからね」とも聞いていたし。まさか本当に、ここまでやかましく自分にメッセージを送る時間を割くとは思わなかっただけで。
それと、自分はそこにいた訳では無いのにまるで同じ旅をしているかのような錯覚も起きる数々の「報告」は悪くない。この飽きることなく更新されていくメッセージは、いつも自分にまとわりついてくる、その代わりみたいなものなのだろうから。
「…お。よぉ一紗。はよ」
思い返していた男の顔を塗り替えるように現れたその声に意識が現実に戻ってきて、一紗は思わず怪訝な目をしてそちらを見やった。しかし気づけば校門が見えるところまで歩いていたらしく、声をかけてきたのは学友でもあり悪友の男だとやっと頭が認識する。
「…玲司か…」
「…え、何?なんか邪魔でもした?俺」
怪訝な目、もといそこに滲んだ感情を汲み取ってしまった男が言う。そして止める間もなく手元の画面を覗き込んできた目が、「ああ、」と途端に楽しげな声になって笑った。
「その明らかに修学旅行っぽい写真、もしかして悠人か?悠人だよな?お前に懐く酔狂な後輩なんかあいつしかいねぇもんな?」
「…朝から喧嘩売ってんのか?夕方以降なら買ってやるけど?」
「お前のそういうトコが可愛いんだよな、一紗クン。違ぇよ、からかってんじゃないって。微笑ましいな〜って思ってんの」
今度こそギッと強く睨むが、まるで弱味を握ったかのような玲司には何処吹く風だった。からかっているのが丸わかりな態度に手を出すか足を出すか迷っている間に、玲司も何やらポケットからスマホを取り出して操作し始めている。そして「お、これだこれ」と呟いたかと思うと、またあの楽しげな声が聞こえてきた。
「一紗ァ、コレ見てみ」
「今忙しい」
「バレること前提のあしらい方やめろ。…つか、これを見てもそんな態度が取れるのかな?一紗クン」
その煽りにイラッとしてまた瞬時に睨め上げると、目前にあったのは玲司のスマホだった。そこには誰かの、──いや、見るからに見覚えのある背中が映っている。
悠人だ。
その立ち姿を見れば後ろ姿でも悠人だと判別できてしまった自分が、今は余計にどうしようもなく癪だった。
「…夜空、何枚も撮ってたってよ。どうせお前宛てだろうと思ってたけどやっぱビンゴか。あいつ、ほんっとに健気だよなぁ」
「…お前、それ」
「星を撮る悠人、を撮るクラスメートからのお裾分け。仲良い後輩がいてな、送ってくれたんだけどぉ」
「………」
途端に黙り込んだ一紗を、玲司がまるでこの世で一番愉快なものを見ているかのような顔で見ている。──気に食わない。
「…お前、それ貸せ」
「え、ヤダよ。消すだろお前」
「よくわかってんな。お前の端末からは消してやる」
「…それ、もしかして地味に〝俺に送ってから消せ〟って言ってる?」
「お前んとこにあるよりはいいんじゃねぇ?どうせその調子だと他にもなんかあんだろ。出せ」
「ヤダよ!俺にとっても可愛い後輩だっつの!」
そうやってああだこうだと言っているうちに、また一紗のスマホには悠人からのメッセージが飛んでくる。今度はホテルの朝食らしき写真だった。「美味しくて食べすぎました」という一言を見るに、どうせバイキングか何かで取りすぎたりしたんだろうと言うのがすぐにわかって、思わずふっと笑みが漏れる。──あの男は、そういうところがあるから。
そういうところがあることまでも、自分はもう、知っているから。
『あなたみたいな一等星を見つけました』
──そんなもの。お前の方が、よっぽど。
するりと浮かんできたそれは、少しばかり苦い思いで飲み込んだ。朝告げられた文句に返す言葉は生憎と自分も似たようなものになるのかもしれないなとか、バカみたいなことを思う自分も大概だろう。
やはり聞いてもいないのに今日のこれからの予定が追加されていく。そして「今日も星が見えるくらい、天気がいいといいんですけど」と独り言のように送られてきたそれに、一紗は一つ息をついてから、ようやく「晴れるといいな」と返してやった。
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12.ペリペディア「一等星/背中/告げる」
初公開日: 2021年08月16日
最終更新日: 2021年08月16日
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コメント
ゆにば行く宿伏になるはず
企画の遅刻参加したいと思っているけど間に合わなかったら普通に投稿予定。ゆにばに行ってひたすら食べまく…
あぼだ