愛憎小説を書きます。
主人公男で、相手は男。幼馴染同士で、いつも幼い時から競争しているけれど、いつも負けてしまうのを悔やんでいる。
1時間だと1500文字。SSメーカーで4枚くらい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
追いかける背中は、いつもいつも追いかけても追いつくことはなかった。
「健斗くんって、いつもテストで百点取ってて凄い!」
「そんなことないよ、たまたまだって」
「いやいや、いつも百点じゃん!」
テストが返されるとき、あいつはいつも人だかりの中心にいた。テストはいつも、成績上位者から配られていて、あいつはいつも一番最初に名前を呼ばれる。
「吉沢君、今日は99点。惜しかったね」
「……はい」
「次、頑張ってね」
頑張って百点を取ったとしても、名前の順であいつに負けているのだから、俺はいつも二番なのだ。あいつに勝つことは出来ない。頑張っても……、あいつには勝てない。
「悟、放課後公園でサッカーしようよ」
あいつが誘ってくる。テストで百点を取って、いつも自分の先を行くあいつの友達は俺なのだ。
◇◆◇◆◇
俺――、吉沢悟は、優等生でクラスの人気者の健斗と幼馴染である。
たまたま家が隣で、そしてたまたま親同士も仲が良くて。けれど、頭がいいあいつは、運動もできるし、女の子からもモテる、……つまり何でもできる天才だった。
俺がどんなに勉強をしてもあいつに勝てない。
俺は、所詮、秀才止まりで、生まれなが天賦の才能を持つあいつと競ったって、天を仰いで見上げるだけ。けれど、あいつはそんな俺の思いを気づきもせずにいつも変わらず俺を遊びに誘う。
それが、腹立たしくて悔しかったのを覚えている。
けれど、それは昔の話だ。
きっとあいつはそんなことに一切気づかずにいるだろうし、今でもあいつの中ではただ隣に住んでいた幼馴染の友達。おれのことなんか気にもせずに優秀なまま、なにも知らずにいるのだろう。
俺の世界からあいつがいなくなった。
俺は、これでいいのだと、清々したと思っていた。――はずだった。
「あれ、悟? 悟だ! わぁ、嬉しいなぁ、悟もこの大学だったんだね!」
「え?」
「あれ? 覚えてない? 隣の家に住んでいた健斗だよ」
あいつは中学に上がる前に遠くに引っ越した。元々頭がいいやつだったし、高校も別々の学校に行ったはずだ。俺は高校の夏に予備校に通いまくり、そして一年間の浪人の末にこの大学に受かって入学した。シラバスを片手に持って歩いていたサークル呼び込みの群れの中で俺はその声を聴いた。
あいつは、サークルのチラシを配る上級生だった。
つまり、あいつは、俺なんかと違って浪人をせずに現役で受かって入学したのだろう。
「ねぇ、悟もどう? うちのサークル、人数少なくてさ」
「え……、俺は」
「少しだけ! 見学だけでもいいから!」
あいつは幼かったあの頃と変わってはいなかった。笑うと『くしゃり』と効果音が聞こえてくるぐらい人懐こいところは変わっていない。背が伸びて、あどけなかったあの顔には、そばかすが出来ていたのだけれど。相変わらず無頓着な奴だ。
「お願い! 俺、先輩に怒られちゃうんだよー! 人数集めなきゃ、来年の部長候補になれないんだって!」
そんなこと俺は知らない。
「健斗しか、頼る人がさぁー、いないんだよぉ!」
「なんでだよ、お前、今も人気者なんだろ?」
放課後、無理やりに連れ出された喫茶店でうだうだとだらしなく寝そべるあいつといた。
どうしてこんなことになったかというと、先ほどのサークル勧誘の流れであいつが無理やりによこしてきたチラシの中身。そして、無理やり交換されたSNSのアカウントから送られてきたメッセージ。そして、無理やり腕を組まれその場から拉致るようにここに連れてこられたからである。
「先輩。後輩は拉致っちゃダメです」
「違うんだってぇ、悟は昔から、言葉で誘うと乗ってこないけれど、無理やり連れて行ったらなんだかんだで乗ってくれたじゃん? だから!」
「だって、あの場じゃ、俺が断ったら悪者にされるのは俺だろ」
「ごめんってぇ……。奢るから! 奢る。奢ります!」
「……嘘じゃないな?」
「悟はいつも疑り深いよねぇ……。でも、俺は悟のそういうなんだかんだで押しに弱いところ好きだな」
へにゃりと笑うあいつの顔を見ていると毒気も薄れる。
昔からそうだった。テストで順位が負けた日も、かけっこで追いつけなかった時も。あいつは、二位だった、敗者の俺に対して自慢したり、威張るようなことをしないのだ。必ず俺に労いの言葉を贈り、そして励ます。『もう少しだったな!』とか、『また勝負しよう!』とか。
――それが俺にとってどんなに惨めなことなのかを知らずに。
「でも、悟は俺の頼みごとを断ったことないじゃん?」
「……」
そして、俺には一つの隠し事がある。
人気者で優等生のあいつには、いつも取り巻きがいる。けれど、そいつらはあいつの友達というわけではない。あいつは天才だ。天から贈り物をもらった天才なのだ。
けれど、天才は天才ゆえに孤独なのだろう。
あいつの、気兼ねなく話せる友達は俺くらいだった。
あいつには友達がいなかった。
天才は、天才ゆえにほかの誰よりもなんでも出来てしまうのだろう。自分が得意なことをあっというまに追い越してしまう天才がいる。それは周りの人間にとって友達という関係性になる前に、『自分とは程遠い人物』になってしまうのではないだろうか。尊敬は出来る。一緒にいることを誇れる仲間でもある。けれどそれは本当の友達なのだろうか?
『俺、悟のこと、親友だと思っているから。ずっとずっと親友だから』
あいつが引っ越す前にあいつは俺にこう言った。
その時は何を言っているのか分からなかったが、こうして大人になった今ならわかる。
「……天才だから、お前は友達が出来ないんだ」
「ん? 何か言った?」
「なんでもない」
天才ゆえにあいつの周りに集まる人物は、一種類しかいない。
天才のあいつを側において優越感に浸りたいものだけ。それは友達とは言えないのではないだろか? 弱みを言えば付け込まれてしまう、そういったジレンマを俺は取り巻きの外から見ていた。
天才のあいつが弱音を吐ける唯一が俺だった。
それは、なんとも言い難い至福の時間だったことを俺は忘れない。
「サークル入ってよぉ」
「いやだ」
「なんでぇ! 入ってよぉ!」
まだあいつはうだうだとくだを巻く。
「お前、今、一人暮らし?」
「そ、アパートに住んでるよ」
「……じゃあ、俺んちにご飯作りに来てよ」
「そしたら、入ってくれるの!?」
天才のあいつが唯一わがままを言える相手は俺だけだった。
それは、幼かったあの時も今も、おそらく変わっていない。
それは、友愛とも親愛とも違う。けれど、友愛や親愛だとも言えるだろう。
それは、憎悪とも嫉妬とも違う。けれど、憎悪や嫉妬だとも言えるだろう。
あいつに対して抱くこの感情は、愛情とも憎悪とも違う。けれど、愛情とも憎悪とも言える。
だからこそ俺は、この天才な幼馴染の我がままを聞くのだろう。
「サークル入るよ、健斗先輩。可愛い後輩の面倒を見てくれよな」
「悟ぅ! やった、じゃあここにサインをお願い!」
振り回される学園生活の契約書は、『探偵部』の入部届だった。
――誰が入るんだこのサークル。