君にとどける恋の合図
休日の朝というのはとても気持ちがいいもので、授業のある朝の僅かな緊張感は感じられない。けれど、今日は。絶対に遅れてはいけない、という緊張感が脳裏と胸を占めていた。
学校のある日と同じくらい早く起きて、緊張を解すために朝のトレーニングをしに出て、弾む息を整えるためにシャワーを浴びる。やばい、それでもまだ心臓飛び出しそう。
今日は轟くんと初めてのお出かけだ。何だかんだ彼の所用や僕の私用、次いでクラスメイト達を交えてのお出かけで「二人きり」というのは初めてだ。何を着て行こう、とか、友だちとして恥ずかしくない格好とは等々、色々考えている間に当日になってしまった。
「どうしよう……全然緊張解けない……」
「俺もだ」
バスタオルを頭から被って独り言ちたところで、真横からの返事に盛大に肩を跳ねさせた。「ととと轟くんん!!??」と悲鳴を上げたところでいつもの間の抜けたような「お」が発される。さっきとは違う意味で心臓が踊り始めて肩を上下させた。
「ななな、なんで……!!」
「昨日から緊張で上手く寝れなくて、早起きして走ってきたから」
全く同じことをしていたと知って嘆息すると同時に、今ここで同じようにタオルを被っているということは、同じタイミングで戻ってきて同じタイミングでシャワーを使っていたということだと思い至る。嘘だろ、全然気づかなかった。
「お前、なんかずっと一人で話してて全然気付いてなかったろ」
「う……っ! も、もうしわけ、ございません……」
「っふは、なんだその敬語。いいよ、後ろから見てて面白かったし」
「うぅ……!」
恥ずかしい。まさか小一時間本気で気付かなかったって、さすがにそれはどうなんだろう、僕。「いつ気付いてくれるのか様子見てた俺も悪ぃからな」なんて言いながら、珍しく分かりやすく笑う轟くんに羞恥以外でトクリと不規則な心音が鳴った。
ささっと服を着始める隣の彼に赤い顔を見せたくない。散々見られているのはわかっているけれど、ちょっと本当に耳まで赤いのだ。それに比べて轟くんはもういつもの様子に戻っている。ちょっとだけ口角が上がっているのがいつもよりわかりやすい。ご機嫌だ。
「……僕だって、緊張、してたんだよ」
「ん?」
「……轟くんと、二人きりの……お出かけ」
蚊の鳴くような声しか出なかったけれど、それはなんとか届いたようでチラリと視線をあげてみる。ちょっと睨むような形になってしまったけれど、すぐにバスタオルに隠れた。
わかりやすくご機嫌な轟くんに対してちょっとだけ意地悪をしてしまったかもしれない。とにかく、僕も体をざっと拭いてから服を着ることに専念する。
首を抜いたところで、隣に動きが無いことに気付く。あれ? と思ってそこで改めて轟くんを見ると、熱でもあるのかと思うほど顔が真っ赤になっていた。え、と声を漏らしそうになって抑える。僕と同じくらい真っ赤になった耳が、印象的だった。
「と、轟くん……? 大丈夫……? 顔、赤いよ……?」
「だ、いじょうぶだ」
「ほんとに? 熱があるとかじゃなく……?」
「熱は、ねぇよ」
あっても冷やす、とは小声で呟かれて小首を傾げた。それ、だめじゃないの? 体調的に。
「……緑谷も、緊張、してたのか」
「そりゃあ、友だちと二人きりのお出かけなんて……初めて、だし」
「緑谷も、初めてなのか……?」
「そう、だけど……」
仲の良い友達ができたのなんて初めてだし、こんなに大切に感じる人だってお母さん以外には初めてだから。だから、僕のせいで轟くんが恥ずかしい思いをしないように、楽しめるようにいっぱいいっぱい考えて、気が付いたらもう予定の今日だったんだから。
意外そうに僕を見ても、僕からすれば「緑谷”も”」と言った轟くんのほうが意外だ。もっと色んなひとと遊びに行ってると思ってたのに。
「そうか」
「轟くん?」
「俺も緑谷も、『初めて』がお揃いだな」
ふわ、と。顔は赤いままなのに、それはもう、本当に。
一瞬でひくりと喉が跳ねて、花火でも内側で咲いたんじゃないかと思うほどの轟音が身体を駆け巡った。それが、勢いよく走り出した心臓の音だと気づいたときには、もう返事も出来ないくらいに口の中が渇いて。
「緑谷?」
「な、んでもないよ!」
ははは、と乾いた笑いが口から漏れて、この後の予定をちょっとだけ恨んだ。
よく聞く『恋に落ちる音』って、こんな轟音とか聞いてない!! こんな至近距離で爆弾が弾けたんだ。君にこの音が届かないはずないんじゃないかな!?
――どんな顔してこの後出かけるんだよ! 轟くんのイケメン!
END
小一時間ありがとうございました!