感情を表現するには多種多様ある。主には言葉、態度だろう。けれどその二つとて多く枝分かれし、一つとして同じものはないのではないかと思う。
 それは種族が異なっても言えることだ。他より力がある角を持つ種族、狩に特化した牙を持つ種族、空を飛び駆け回る種族、隠遁や逃走に優れた種族。どれであってもそれは変わらない。
 とはいえ、種族が異なればそもそもの表現は大きく変化してしまう為、他種族間ではしばしば通じ合わなかったり、要らぬ諍いを生むことがある。これは他種族にとって大きな課題なのだが。それを今まさに轟は身をもって実感していた。
 何処か調子外れた鼻歌を歌いながら乳棒で草をすり潰すのは隠遁や逃走に優れた種の一つである兎族の少年だ。住う森と同じく緑色の髪と大きく長い耳を持った兎族の少年は轟の感情表現など気にも止めず、鼻歌を歌いながら小一時間ほど作業に没頭している。
 わかっていた。とてもわかっていたことだ。大体轟とて兎族の少年とは全く異なる狩に特化した牙を持つ猫科の種族だ。兎族の少年の感情表現など彼に合わなければ有名どころ以外知らなかったし知ろうともしていなかった。だから兎族の少年が轟の現在行なっている行為を無碍にしていたとしてもそれは致し方ないことなのである。納得出来るかは大いに別として。
「…緑谷」
 拗ねた声は許してほしい。そう思いながら名を呼び、轟と異なり短く丸い尾に自身の長く太い尾を擦り付けたのだが。それでも全く聞いていない緑谷に深い息を吐いてしまう。
 勿論わかっている。現在緑谷は前もって轟に作業があるから相手は出来ないと言っていたし、それを轟自身も了承した。だから現状こうなるのは目に見えていたのだ。それでも最近互いに用事だなんだとすれ違っていた為まともに顔を合わすことも出来ずにいることを寂しいだとか構ってほしいだとかそういった様子が全くないのは如何かものかと思う。まあ、緑谷からすれば轟と異なり友愛止まりの為寂しいとは思うけれどそれ以上がないので仕方ないのだが。
「……緑谷」
 わかっている。理解している。何度も言うが言われていたから。そして緑谷は轟を友愛以上に見ていないから。だとしても。それでも。もう少しこう、何かあってもいいと思う。そう一度思うと不満は募るもので。轟は後で叱られるとわかっていてもせずにはいられなかった。
 作業机に齧り付き、未だ乳棒で丁寧に擦り込んでいる緑谷は気付いていない。グルル、と不満の鳴き声すらその大きく長い耳には届いていないのだから危機管理はどうなっているのだろう。そんなことを考えながら轟は無防備に晒された襟首より覗くその頸に己のざらついた舌を這わせた。出来るだけゆっくり行なったのはそれだけ構ってほしいという意味だと気づけと考えながら。
「ひょえっ!」
 ビクリ、と大きく肩を跳ねさせるものの緑谷は今はダメというだけでまだ作業を続けるらしい。この行為をした当初は手を止めて振り向いてくれたというのに。慣れてしまうだけ行ったということなのだが轟としては大変面白くない。今度はざりざりと何度もその頸執拗に舐めた。勿論舐めながら長い尾を緑谷の尾に擦り付けたり巻き付いたりさせるのは忘れずに。
「ちょ、ちょ、ちょっと!と、轟くん、まって。擽ったいから…ああもう、ダメだってば!」
 流石に舐め続けられるのは堪えたらしく、緑谷は手を止めると轟の舌から逃れる為、両手を頸に当てて拒んだ。
 身体を離して良く見れば大きく長い耳は常時のように伸びてはおらず、へたりと垂れ下がっている。あまり見ない様に可愛いなどと思いながらやっと見たと言えば深い息を吐いて諦めたように摺鉢を机の奥へと追いやった。
「今日は相手出来ないよって言ったのに」
「悪い」
 一応謝罪を口にすればじとりと睨め付ける視線を向けながら「思ってないでしょう」なんて言ってくる。確かに思ってはいないし、邪魔をしたことには変わりないので視線を逸らして無言を貫けば緑谷は小さく笑ってから身体を轟の方へと向き直り、若干垂れているその丸い小さめの耳に触れないよう頭を撫でた。
 これは緑谷なりの仕方ないから許してあげると言った合図だ。逸らした視線を戻して確認すれば間違ってはいなかったようで。表情を和らげて笑う緑谷は久しぶりだものね、と言った。
「最近轟くん忙しかったもんね。お嫁さん探しで」
「……………俺は探してねぇ」
「まあ、轟くんはそうかもしれないけどさぁ」
 緑谷の口から出た何とも忌々しい出来事に渋面を浮かべると種族の違いからやや小柄な緑谷の身体を無遠慮に抱き込むとその肩に顔を埋めて擦り付ける。
 子供のような拗ねた様に擽ったいと笑いながらされるままになってくれるも話題を変えてはくれないらしい。緑谷は轟に適齢期だろうと言った。
「流石にお嫁さん見つけないと不味いんじゃない?ただでさえ男女共にアピール凄いし」
「不味くねぇし、アピールなんてされてないから知らねぇ」
 いや、本当は知っているが。他種は流石にわからない部分はあれど同種はわかる。わかるけれど受けいる気などこれっぽっちもないのでされていないのと変わりないのだ。大体、此方からアピールは散々しているので緑谷のいう嫁探しは終わっているといえる。見つけただけでものにはしていないけれど。
 轟の言い分に苦笑する緑谷にそういえばと思い出した。轟が適齢期ならば同年代の緑谷とてそうではないのか、と。顔を上げ、それを口にすれば緑谷は苦しそうに顔を歪める項垂れてしまった。一体どうしたというのか。
「……適齢期だけど、僕は君と違ってアピールのあの字もされないから」
 する勇気もなければしたところで振り向いても貰えないだろうと深い息を吐く緑谷に今更ながら気付く。轟が緑谷にアピールするのと同様に緑谷とて誰かに行うことがあるのだと。
 つまり、緑谷は他の誰かの下へ行ってしまうということだ。
 自身がアピールすることに夢中だった為、その事実に今まで気付かなかった。が、これは不味い。大変不味い。緑谷は確かに同種からは素気無くされるが他種からはそこそこ人気がある。ただ、轟と同じで緑谷自身他種のアピール行為について無知な為に気付いていないけれど。と、いうことはだ。もし、緑谷が気付いたのなら応えてしまう可能性があるのではないだろうか。
「…緑谷」
「何?」
「兎族はどうやってアピールするんだ?」
 短く素っ頓狂な声を上げた緑谷は動揺し、視線を彼方此方に彷徨わせる。あまりに初心な様に思うところがないわけではないが。それを理性で律した轟は他種のアピールを知れば気付けるから教えてくれとせがんだ。
 轟のことを友愛以上持たず。そして助けを乞う声に滅法弱い緑谷は轟の心情など気付きもせず、少しばかり頬を赤く染めながら小さくそれを教えてくれた。
「え、えっと…鼻を擦り付けたり……耳を、こう、合わせたり、かな。遠くからだと尻尾を相手に向けて揺らしたり、するよ」
「こうか?」
 照れて下を向く緑谷の長い耳を自身の小さな耳で擦り付けると「ヒョッ!」と変な声を上げて轟の抱擁から逃げようともがき始めた。勿論逃すわけにはいかないので腕は緩めず、今度は上がった顔にこれ幸いと自身の鼻を小さく丸い可愛いそれに擦り付けた。
「あっ、あ、あ、あの!何してるかな?!」
「アピールしてる」
「そうだね!そうだけどそうじゃなくてね!」
「因みに、俺たち豹…っつーか猫科は、こうしてアピールする」
 言いながら先程から擦り付けていた尾を多少力を込めて緑谷の丸い、ふわっとした尾に絡めてやれば一気に顔を赤くした緑谷はそのまま固まってしまう。
 勿論それでやめたりはせず、何度も何度も行いながら轟は再び固まったままの緑谷の鼻に自身のを擦り付けて言った。
「因みに、今やってんのはやり方教える為だけじゃねぇからな」
「ひょぇ…」
 俺からのアピールは伝わったか?と訊ねれば。緑谷はぐるりと瞳を真上に上げて白目になるとそのまま気を遠くへ追いやってしまったのである。
終わり
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君にとどける恋の合図
企画
轟出
初公開日: 2021年07月31日
最終更新日: 2021年07月31日
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企画 開催終了
7/31(土)開催#恋合図の関連イベント「#轟出ワンドロワンライライブ」です。
開催時間 21:00~22:00(執筆スタートが可能な時間)
制限時間 ~23:00(執筆自体が続けられる時間。念のため長めに取ってあります)
お題「君にとどける恋の合図」

開催期間

2021年07月31日 21:00 ~ 2021年07月31日 22:00

制限時間

3時間
書けたらいいなぁと。完成したら御の字。