は、と目を開けると、部屋の中は明るい光で満たされていた。
江澄はがばりと体を起こしたが、強烈なめまいに敷布の上に頭を落とした。
「起きましたか」
牀榻の帳子を開けたのは家僕ではなかった。
「藍、渙……」
江澄は顔をしかめた。
今日から藍曦臣が蓮花塢に来る予定だった。到着は昼頃だったはず。
ということは今はもう午後か。
「すまん、今、起きるから……」
江澄は手をついて体を起こそうとしたが、やたらと体が重い。それを押しとどめるように、藍曦臣が肩に手を置いた。
「いえ、江澄。寝ていてください」
「そういうわけには」
「あなたは具合が悪いのでしょう。無理をしないで」
藍曦臣は江澄の肩をそっと押して、彼を仰向けに直した。
江澄の口からは「ふぅ」と小さく息が漏れた。
「熱はありませんね。頭痛がしますか。腹痛は? 耳鳴りはどうでしょう」
「いや……」
藍曦臣の大きな手が額に触れ、首筋、腹、といたわるように下っていく。
江澄はまぶたを閉じた。どこがつらいということはない。ただ、異様に体が重い。
加えて言えば、この失態に胸がつぶれそうになっている。ひと月ぶりに会えた人に気をつかわせている。
「藍渙、すまん」
「謝ることはありませんよ。どこがつらいか教えて。薬湯を煎じますから」
「……だるいだけだ」
「疲労でしょう」
藍曦臣は牀榻から離れると、家僕になにかを言いつけてから戻ってきた。ぱたぱたと走り去る家僕の足音が聞こえる。
この人はすっかり江家になじんでしまった。家僕も藍曦臣の言いつけにすんなりと従う。どうせ、ここ数日の江澄の行状もとっくに聞き出されているに違いない。
「なあ、藍渙」
「どうしましたか」
藍曦臣は牀榻に腰かけて、江澄の前髪を払う。そのまま頭をなでる手のひらが心地いい。
「本当に悪かった。せっかく来たのに」
「阿澄……」
「あなたと、ふたりで過ごしたかったんだ。いつも、仕事が終わらなくて、ひとりにさせるから」
だから、ここ数日は眠る時間を惜しんで働いた。師兄からも家僕からも小言が飛んできたが、三日の休みを得ようとしたら他に方法がなかった。
「私は、あなたと一緒にいられるだけでうれしいのです。もちろん、あなたの気持ちはとてもありがたいけれど。こんなふうに体をそこなっては意味がありません」
「うん、もう、しない」
江澄はすなおにうなずいた。頭をなでる手のひらを引っ張ってきて、顔に当てるとさきほどよりも心地よく、思わず頬をこすりあてていた。
「阿澄」
影が差した。
藍曦臣の頭が上にあって、江澄はきょとんとそれを見上げた。
「藍渙?」
「会いたかった」
藍曦臣は江澄の額に口づけると、覆いかぶさって抱きしめた。
白檀の香りに包まれて、江澄はふるえた。待ち望んでいた体温をもっと感じたくて、腕を持ち上げたが、藍曦臣はすぐに離れていってしまった。
「もうすぐ、薬湯がきますからね」
「そうか」
「飲んだら、おやすみなさい」
「……あなたは、どうするんだ」
藍曦臣は穏やかにほほえんで、江澄の手を握った。
「大丈夫ですよ。ここにいます。起きるまで、あなたの隣に」
江澄はどういう顔をしていいかわからず、結局眉間にしわを寄せた。
そばにいてもらえるのはうれしい。そんなことをさせてしまう自分には腹立たしい。
「暇だろう。別に、寝ている間も俺の傍にいる必要は」
「阿澄、違います」
藍曦臣は握った手を口元に持ってきて、江澄の手の甲に口づけた。
「私が、あなたと、離れがたい」
江澄は片手を取られたまま、掛布の中にもぐりこんだ。なんということを言うのだ、この人は。まったくはずかしいことを。はずかしい、けれど、胸を満たす感情は喜びのほかにない。
再び、ぱたぱたと足音が聞こえた。
藍曦臣は江澄の手を離し、帳子の外に出る。
江澄は解放された手を引き寄せて、胸に抱いた。
まったく、動悸まで速くなってしまったではないか、とは言えるわけもなかった。