少なくとも週に一回は何かしらを呟くようにと言われて、意味が解らなかった。呟くってなんだ。なんで俺様が呟かなきゃなんねぇんだよ。単純に独り言でも言えば良いのかと思ったところで、呆れたような表情を隠さない銃兎からの注釈が入る。
どうやらいつのまにか俺様専用にTwitterアカウントが用意されていて、それに何かしらを書き込めということのようだった。だったら最初からそう言えば良いだろと悪態を吐いたところで、前もって再三説明されていたことだと理鶯から冷静に言われてしまえば、もう黙るしかない。
理鶯がそう言うならそうなんだろう。
何一つ聞いていなかったとは、今更言えなかった。
まぁそんなに難しいことじゃないと銃兎は言う。
あいつのアカウントは律儀に週一回の投稿?ツイート?ペースを守っていて、前回呟かれていた内容は、マシュマロ?で質問を受けた内容の回答だった。朝ご飯何を食べますか?ってなんだそれ。朝ご飯は食べません。っていう回答もなんだそれ。そこに大量の反応が返ってきているのだからもう理解不能だ。それでいいのか。いいならいいんだ。
質問に答えるのは簡単そうだが、ざっと目を通したところで少しも気になるような質問がない。今履いてるパンツの色は何色ですか?という質問を見たところで、俺はもう考えるのを止めた。そもそもこの俺様が有象無象の糞虫どもから質問を受け付けるのも馬鹿げている。
お上が決めたことは逆らう術もねぇが、内容は個人に任せると言うのであれば、俺は何かしら俺様らしいことを呟きたい。一郎のアカウントみたいに、買った本の表紙を載せてこれから読むなんて一言で終わらせるような、くそどうでもいい呟きはごめんだ。これでも俺にはイメージってもんがあんだよ。若頭として下のモンにも格好付けて生きていかなきゃならねぇんだ。その俺様が、今日買った服。これから着る。って呟いてどうする。もっとなんかあるだろ、俺様らしい、なんか、呟きってやつが。
…………そんな風にぼんやりと考えていたのが今週の日曜日。
そして現在迎えたのは土曜の夜。
俺様のTwitterアカウント、ツイート数未だ0。
……ねぇんだわ。
何もねぇんだわ。
外の人間に伝えても問題なく、また映え?る?ような?そういう?そういうのがねぇんだわ。俺様の日常には。
どこどこでだれそれシメました。楽しかったです。とか呟けねぇし、今度あの組にカチコミいれようと思ってます!頑張ります!なんざ呟いたら即バレじゃねぇか。
じゃあ今日見た映画か? そもそも俺にそんな時間はねぇ。
それなら今日書いたリリックか? どうせならヒプノシスマイクに乗せて届けたい。
はい無理。ご破算だ。
今日の飯でもなんでもいいだろうと銃兎からは呆れられたが、毎日肉食ってると面白みもねぇし、そっから馴染みの店がバレんのも面倒くせぇ。
さてどうしたものかと思っていた時に、俺は偶々所用でチバに足を踏み入れた。銃兎と理鶯と連れ立って訪れたが、途中別れて俺は一人でなとなく目に付いた焼き肉屋で夕食を取ることにしたんだ。そこでまぁまぁ良い肉と、大量の酒を良い気分でカッ食らって、それから気付いた。
……あ、俺様今無一文だ。
銃兎の車で移動した際に、そういえばケツにある財布を邪魔だからとグローブボックスの中にぶち込んで、そのままだ。銃兎と居れば財布が必要な場面があればいつだってアイツが取りだしていたし、舎弟がいる時には財布を持たせてる。財布の重さが無くとも、普段違和感なく動いているからこその失態だった。
まぁだからと言って慌てるワケでもねぇ。
俺様はこう見えて意外に思えるかもしれないが、普段から忘れ物が多いし、そもそもハマのヤクザの碧棺左馬刻様だ。ツケにしても断らせない自信がある。それにスマホはあるんだ。ウチのもんを呼び出しても良いだろう。それまではのんびりビールを重ねれば良い。
そう開き直ったところで、一つのことに気が付いた。
なるほど、これが俺様の日常ってやつなのかもしれねぇなと。
パシャリ。
食いまくった卓を映すように一枚写真を撮った後、Twitterアプリを開いて添付する。
『財布忘れた』
一言そう付け加えてツイートボタンを押せば、すぐにスマホが震えていいねやらリツイートやらと騒がしい。それと同時に、着信も入る。
おいおい、どんなタイミングだよと覗き込んでみると、まさかという人物の名前が表示されていた。
山田一郎。
俺を憎み、俺が憎む、その男だった。
無視してみたところで、スマホは震え続ける。いっそ電源を切ってしまおうかとも考えたが、それではまるで自分が逃げているようだと面白くない。いつまでもここに居たいワケでもないので、そろそろ舎弟なり銃兎なりに連絡も取りたい状況の今、一郎に着信を続けられるのは避けたいのが事実だ。
というか本気でこいつ諦めねぇな。数コール鳴らして相手が出ねぇんだったらとっとと切れよ。それが世の常識だろうが。
…ったく。
通話ボタンを押して、スマホを耳に近付ける。
こちらから声を出さないつもりだった。
それがちんけなプライドだとしても。
『いまいるのチバの銀竜山だよな。いま向かってっから』
そんな俺の心づもりをあざ笑うように、一郎が間髪いれずにそんなことをのたまう。
おいおい、こいつ誰宛の電話を間違えて俺に掛けてきやがったんだ?
ダチか、女か、それとも鉄板の弟共か…………。
そこまで考えて、ふと目に止まったのは写真には写していない筈だが、机の隅に置かれたメニュー表だった。そこには確かに…銀竜山という店名が書いてある。
『食い逃げとか、ツケとかすんなよ。俺が向かってっから、他のヤツらにも迷惑かけんな。そこで大人しく待ってろよ、いいな。左馬刻』
お前は俺のなんなんだと聞きたくなるような不遜な態度で、一郎はまた間髪いれずにぷつりと通話を切った。後ろで車の音が聞こえてきていたし、何かしらのラジオみたいな音も聞こえていた。恐らくは車の中、あの良い子ちゃんはハンズフリーにでもして俺に電話を掛けてきていたのだろう。
待ってろ?
今から行く?
……何のために?
また着信を知らせるスマホに、視線を落とすと今度は銃兎からの着信だ。
『お前いまどこだ? 食い逃げとかすんじゃねぇぞ。ツケにすんのも外聞が悪い。迎えに行くから場所教えろ』
「……いや、いいわ」
『それならいいけどな。ちゃんと身内に迎えに来て貰うんだぞ。ハマの中とは違うんだ。そこで問題起こしたりしたら後々面倒なのは、ちゃんと分かってるよな?』
「…銃兎」
『なんだよ。……まさか財布忘れて落ち込むタマじゃねぇだろ、オイ』
「……なんか、一郎が迎えに来るって」
『……一郎くんが?』
「おう。偉そうにあいつ、俺に待ってろだとよ」
『なら安心だ。あぁでも言っとくけどな、一郎くんに虐められたからって、連絡してくるんじゃねぇぞ。俺はもう寝るからな』
「うっせ。だーれがそんなことするかよ」
『バーカ、声が嬉しそうなんだよ、ガキめ』
ぷつりと切られた通話。
そんなわけあるかと思いつつ、俺は右手を持ち上げて口元をむにむにとマッサージする。
なんだかちょっと、筋肉痛になりそうだと感じたからだ。
Twitterの通知は相変わらず増えていき、なんかよく分かんねぇけどこのQRコード見せれば支払い出来ますだとかいうメッセージがいくつも届いていたのも見えたが、俺は黙ってスマホの電源を切った。
今俺様を迎えに来ようとしているあいつは、俺のスマホに繋がらなかったら真っ直ぐあるいてこの店に来るだろう。
店員に牛タンとビールを追加で頼み、どことなくそわそわしてしまうのは、肉を楽しみにしているからだと分かりやすい言い訳をつくって、俺はテーブルに頬杖を突いた。
「おせぇなぁ……」
それは頼んだばかりの肉に向けた言葉か。
それとも。