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サブタイトル「波乱の会議(仮」
皇帝の次に権力を持つ、アイアンブルーことヴァンガード皇太子への謁見方法は少々変わっている。
急な用事で謁見をお願いすると、多忙なのを理由に食事時にしか会ってくれない。
強面でがっしりとした体格なれど几帳面にナプキンを首回りに装着し、シェフが運んできたステーキにまっすぐナイフを入れる。
湯気のたつ肉厚のステーキの焼き加減は毎度気分にあわせ変えている。
今日はレア。赤みの肉がナイフが通る度に揺れていた。
このタイミングで横から声をかけろというのが、このアイアンブルーのやりかただ。
緊張感に生唾を飲み込み、メリーは一歩ずつ間合いを詰めた。
「……なんだ」
振り向かず、ナイフとフォークの手も止めない。
「お、おじさま」
メリーの声が少し裏返った。
「サドラー海運のウィリアムをご存じですか」
「ウィリアム。ああ、あの調子のいい若造か」
「求婚されました。なんでも叔父様の許可を得ているとのこと」
ようやく、ナイフの動きが止まった。
目だけ、じろりとメリーの方を向く。
ロイヤルブルーらしく青い瞳だが、深くくすんだ青。
綺麗とはいいがたいが迫力はある。
「許可はした。あの男、そう解釈したか。おもしろい。おまえも早とちりだな」
「ど、どういうことですか」
「許可をしたのは求婚することだけだ。だが、おまえは結婚することまで許可をしたのだと思ったのだろう」
言葉の受け取り方だが、印象としては同じに聞こえなくもない。
どうせ断られると思って、言うだけならよい、と。
事態はそれほど重いものではないのに勝手に勘違いした。責任はメリーにあるといわんばかりだった。
「おもしろい、あの男。この私に挑戦してきたな」
「おもしろくありません。わたしはてっきり、もうお話がついたものかと」
「明日、皇室会議を召集する」
「おじさま?」
「その場で反論するがいい。異論がなければサドラー海運と縁組みといこう」
「なんですって」
メリーは拳を震わせ、なにか言ってやろうとしてぎりぎりで飲み込んだ。
それこそ、アイアンブルーがまたステーキを食べ始めたからだ。
つまり、話は終わりだと言うことだ。
続きは会議で、そういうことだろう。
ここで噛みつけば、さらに不利になる可能性がある。
リュミエールはジェスチャーで冷静になれと伝える。
メリーはなにも言わず、その場をあとにした。
蒼の間という部屋がある。
皇室だけで重要な決定をする会議のための部屋だ。
着席し、発言できるのは皇室のみ。
リュミエールなどのロイヤルガードは秘書役につとめ、背後の壁に寄り添って立っている。
議題は皇室に関わることについて。
議長はもちろん皇太子がつとめる。
皇帝の一存で決めることも出来るが、皆の意見を聞けと、それこそ皇帝の鶴の一声で皇室のあり方については皇室での合議制となっている。
出席者が半数揃わなければ、会議が成立しない。
今回の召集は突発的であり、日頃から忙しく公務をこなす実力者たちには無理難題だった。
出席者の顔触れに、リュミエールから見ても、形勢は不利と言わざるをえない。
今日に限ってメリーに味方してくれるメンツが揃って公務で欠席。
残るのはアイアンブルーのイエスマンたち。
「皇室会議を開催する。ミスティリア、出席者を数えてくれ」
メリーの隣に座った姉のミストが立ち上がり、出席者を見渡す。
「十五名中、八名の出席です」
会議の成立は過半数の出席。
メリーは姉のミストに反対してくれと頼み、彼女もそのつもりでここに来たというのに、これではミストが欠席すれば会議が成立せず、結婚話は当分見送りとなったかもしれない。
政治の世界ってこういうものなんだと肌で感じることができたと歯ぎしりする。
「よし、これで本会議は成立した。ミスティリア、ご苦労だった」
ミストが席に座って、メリーを心配そうに見つめる。
ハンカチを握りしめ、メリーはうつむく。
「突然だが、マリアヴェールに縁談の話がある」
議題を切り出し、おお、と出席者がどよめく。
「相手は先だって帝国郵船を任せたサドラー海運だ。あの者たちは海の王者であるが、陸の王者である我々と今後よろしくしたいというのが本音であろう」
「陸と海が空の名をもつ姫君とつながるとすれば、それはまた自然のことでしょう。めでたきお話なのでは」
他人事のようにうまいことをいったつもりの男がいた。
「ただ、ちょっと格というものが釣り合わぬかと」
「そうだ、そこだ。戦略的にはよいのだが、家の格に問題がある」
「我が家のようになんの力もない公爵では意味がないのです。成り上がりでもよいではないですか。帝国の発展を支える重要な鍵となるのであれば血縁を結び、子を成せば海は我々のものです」
化粧の濃い中年のロストブルーの公爵夫人が持論を展開する。
隣には、何の力もないと言われてしまった髪の薄い、大きな顔をした公爵がうつむいている。
あの……と、メリーがすごすごと手を挙げる。
「……わたしの意見もよろしいでしょうか」
メリーが意見を述べようとすると、向かいのロストブルーの侯爵がにやつきながら、割り込んできた。
「殿下から見てサドラー卿の御曹司はどのようなお方ですか?」
男子としてどうか、というこれまでの議論とは外れたことを問いかけられる。
メリーはにらみつけ、
「わたしは反対です。これはわたしの個人の考えではなく、ロイヤルブルーの立場として時期尚早と訴えます。たとえ、それがお姉さま宛のお話であっても同じように言います」
「根拠は」
まじめに、皇太子は問いかける。
「わたしを含め、適齢期に近いロイヤルブルーは数少ないです。であれば、将来のロイヤルブルーを産むという使命を帯びています。ロイヤルブルーは皇位継承者になります。ならばこそ、相手を慎重に選ぶべきかと思います。彼の人がダメという段階の話ではありません。わたしとしては、帝国の発展を考えればこそ、少なくとも全員出席の会議の場で改めて議論すべきかと考えます」
淡々と持論を述べる。
昨夜リュミエールと、思いつきで言われても困るという内容をどのように伝えたら正論に聞こえるだろうと研究した成果だ。
ふむ、と皇太子はしばらく考え込んだ。
「こういう話は突然ある、誰だって戸惑うものだ。こういう重要な会議の場に出てこれない者たちを待つことはない」
訳知り顔でにたりとする嫁のいないロストブルーの中年男。
たいていの下衆な質問は想定内だった。
また、欠席者批判というアイアンブルー寄りの人間にはなんのために彼が出払っているのかまるで理解できていない。
戦争好きな皇太子の後処理のために優秀な皇室のメンバーは出払っており、ここに残っているのはそうではない人たちだ。
リュミエールとメリーの認識は一致していた。
そのような人物にわざわざ本筋とは関係ない質問にいちいち相手にせず、かのアイアンブルーにしか意見を言わないようにしようというのも昨夜リュミエールがレクチャーし、決めた。
もっとも権威だけで執務能力のない皇室メンバーだけで決められてたまるかと反論づくりに意気込んだのはいいが、出席数を把握し、会議そのものを成立させないというアイデアは出せなかった。馬鹿正直に出席して反論している。
ただ、打ち合わせがよかったのか、メリーが相手を睨むだけで留めていたのに、リュミエールもほっとした。
「ふむ。新たなロイヤルブルーを増やすということを考えるとたしかに時期尚早ではある」
皇太子の宣言は場にいたものすべてが黙った。
皇太子にロイヤルブルーの子どもがいない。その話は不機嫌になる要因で禁句である。だが、逆に攻めどころだった。皇太子より先にロイヤルブルーの子を成すことは彼のプライドに触れる。
まさに時期尚早という言葉がぴったりだった。
「とはいえ、皇室に取り込む価値はないこともない。確実に海を征することができる」
「では?」
「これはあの男の提案なのだが」
近々開催される競馬のレースがあると続ける。
「まさか、賞品に賭けるおつもりですか」
「代々そういうレースであろう。その仕切りをマリアヴェールに任せたい。自力で勝つことで自身の要望を通してもらおう」
一番きょとんとしたのはメリーだ。
ちょっと理解できなくて、挙手できずにいた。
祝い事でレースを開催することはあっても、今回の提案のような使い方なんて聞いたことがない。
「決を採る」
結果は最初からわかっていた。
ちょこんと挙がった少女二人の反対にはなんの力もなかった。