「……旋空孤月」
いつもと違ってちっとも甘くない声が聞こえたかと思えば、容赦ない斬撃がわたしの胴を真っ二つにした。トリオン戦闘体破損。無機質なアナウンスが聞こえる。今は個人ランク戦ブースだから緊急脱出こそしないが、これでわたしは一度死んだことになる。
ただでさえ、慣れない孤月での戦闘なのに、相手は攻撃手ランクの順位を着々と上げているイコさんなのだ。死んで当然だ。その旋空孤月はイコさんの試行錯誤によって日々、進化を遂げていて、他の攻撃手の旋空孤月よりもずっと長く伸びる。いくら逃げたって、斬られてしまうわけである。
「あ〜〜、切れ味抜群ですねえ」
「堪忍な! 大丈夫やった? 痛ない?」
「あれで痛みあったら、わたし死んでますよ」
再びフィールドに戻ってきたわたしをイコさんがいつもの調子で気遣ってくる。女の子を斬るのが苦手な優しい人だから、酷なことをさせたかもしれない。でも、わたしが元のわたしに戻るためには必要なことなのだ。
「安喜ちゃん、あかんかったら言うてや」
「いや、大丈夫です。イコさんもあかんと思ったら言うてくださいね」
わたしよりも大丈夫じゃなさそうな調子で訊ねてくるイコさんに笑いかける。いつもと違う、左腰の違和感。孤月の鞘だ。本来、わたしのような射手が使うことはないはずの代物だった。
——— 孤月、使ってみぃひん?
人を撃てなくなって以来、塞ぎがちだったわたしがそれでもどうにかせねばと思いだした頃、イコさんが訊ねてきた。俺は口下手やから、大事なことは剣やないと伝えられへん。そんなことを言われたら、孤月を手に取るしかなかった。
「慣れへんやろ、孤月」
「わたし、入隊以来、弾トリガーしか使ってへんかったんで……。いきなり使いこなして、イコさんと渡り合え言うんはちょっと無理ある気ぃしますよ」
「俺もちょっと思ってたわ」
イコさんがペロッと舌を出す。思っていたならどうしていきなり本気の旋空孤月を飛ばしたのだろうか。大事なことは剣でしか伝えられないと言っていたが、伝わるまもなく死んだのだが。
「でも、安喜ちゃん、攻撃手できそうなセンスあるし、孤月もいけるやろ」
「いや〜、確かに運動神経ええってよう言われるけど、わたし、剣道とかやったことないですよ」
「なんぼか使てたら慣れるで。俺、こっから旋空なしで行くわ」
「わかりました」
旋空孤月がえげつないイコさんのその申し出は誠にありがたい。いや、なしでも十分怖い存在なのだが。
そこから姿勢や構え方を教えてもらって、落ちるたびにアドバイスをもらって、いくらか試行錯誤を繰り返すうちに二、三度剣を交わせるようになってきた。イコさんには負けっぱなしだが、孤月も面白い。
「どない?」
「孤月、面白いですね。結構コツ掴めてきた」
「やっぱりセンスあるんやなあ。楽しんでくれてるなら、よかったわ」
目はゴーグルで見えないが、イコさんの口元はほっとしたように笑っている。やっぱりわたしのことが心配だったのだろう。心配させて申し訳ない。でも、さっきから死んでいるのはわたしばかりでわたしはまだ一度もイコさんを斬っていないのだ。
「でも、わたし、イコさんのこと斬る技量があっても斬れる自信がちょっとないんですよね。痛そうやなあ、とか考えちゃって」
「俺は痛覚切ってるから問題ないで。多分、人を撃ったり斬ったりして、痛なるんは安喜ちゃんの心とちゃうか?」
「はあ、わたしの心……」
「安喜ちゃんは優しいな」
確かにトリオン体は腕がもげようが、足が取れようが、首が落ちようが、痛みを感じることはない。ランク戦でわたし自身が落ちたとしてもああ死んだなあと思うだけだ。だが、一度モールモッドに生身で背中を抉られて以来、人が落ちるのを見ると途端に痛い気持ちになる。あのときの痛さを思い出すのだ。
背中に大怪我を負ったときはがむしゃらで自分がどういう状況かはわからなかった。しかし、人が怪我をしたり、トリオン体を破損させるのを見て、あのときの自分の状況を思い出してしまっているのかもしれない。自分が自分の痛みを思い出すから、人を傷つけるのが嫌なのだとしたら、なんと自分勝手な理由なのだろうか。
「わたし、ちっとも優しないですよ。多分、人が痛いのを見ると、あのときすっごい痛かったこと思い出すんです。それが嫌なだけやけん……ホンマに、優しないですよ」
「そやろか」
「そうですよ」
自分で改めて理由を口にするとやっと腑に落ちた。自分勝手ではあるが、そこが己らしいと思う。人が撃てなくなって、みんなの足を引っ張らないためにも生駒隊を抜けた。だから今、わたしとイコさんは違う隊服を着ている。
「