★★★★★★★★
#ナカマルのイタチカ のお話は
「傷つけたかったわけじゃない」で始まり「腹が立ったから、脇腹をつついてやった」で終わります。
★★★★★★★★
 傷つけたかったわけじゃない。茅ヶ崎の瞳が悲しい形になっていくのを見て、背筋が凍る思いがした。返答を間違えたことに気づいて、すぐに「すまない」と謝ったが、茅ヶ崎は俯いてしまった。今日は前髪を下ろしたままだから、下を向かれると表情がわからない。
「謝るのは俺の方です、変なこと言ってすみませんでした」
 低い声で「先、寝てます」と呟くと、ジャージを着た後ろ姿はのそのそと梯子を上って薄い布団に潜り込んだ。
 俺はしばらく、茅ヶ崎が上っていったロフトベッドを眺めていた。膨らんだ掛け布団の形はぎこちなく上下している。あの茅ヶ崎が眠れているわけがない。時刻はたった今23時を回ったばかりなのだ。
 一先ず、部屋から出ることにした。このまま隣のベッドに上るのは多分、違う。電気を消し、スニーカーを引っ掛けてドアを開けると、夜風が前髪を揺らした。中庭に出て振り返ると、俺が今出てきた103号室と、一番奥の106号室を除いて、1階の部屋は全て電気が点いていた。
 ベンチに座り、先程の会話を脳内でリプレイした。あまりに冗談めかした口調だった。だから俺も冗談のつもりで返した。
 思えば俺がこんな風に劇団に身を置く前から、茅ヶ崎と話していて会話が止まることなんてなかった。その理由は、彼との会話の殆どが冗談だったからだ。ザフラの劇場でシトロンを救出しに行った時でさえ、俺と茅ヶ崎は冗談を言い合った。それなのに俺は、今回に限って、彼の真意を図って冗談をやめ、真摯に答えてやらねばならなかったのだろうか。それはあまりにもフェアじゃない。茅ヶ崎と話し合いをしなければならないのは確実だが、その前にコミュニケーションの形が不公平であったことを指摘する必要があるだろう。
 部屋に戻った後どうするかをシミュレーションしていたら、いつの間にか風が止んでいた。腕が冷たくなってきたので、捲っていた袖を下ろした。
 また振り返ると、101号室と105号室の電気が消えていた。俺としたことが、スマートフォンを部屋に置いてきてしまって、今の時刻がわからない。多分、日付が変わったあたりだろうか。
 茅ヶ崎はおそらくまだ眠っていない。薄い布団にくるまって、明日から俺にどう接しようか考えているのだろう。
 ベンチから立ち上がり、伸びをひとつ。そろそろ戻ろう。
 103号室のドアを開けて、部屋に入る。俺は夜目が利くから、すぐにわかった。ベッドに上がっていたはずの茅ヶ崎が、ソファーに座っている。電気を点けると、茅ヶ崎は俺の方を見た。
「先に寝てるんじゃなかったのか」
「眠れなかったんで」
「そりゃあそうだろうな」
 ふたつのロフトベッドのちょうど真ん中に掛けられている時計が、11時半を指して俺たちを見下ろしている。長いこと中庭のベンチで考え事をしていたような気がするが、実際のところ俺はたった30分しか外に出ていなかったのだ。
「先輩、なんですぐ戻ってきたんですか」
「思ったより、寒かったから?」
「俺が聞いてるんですが…」
「お前こそ、不貞寝するのはやめたのか」
「デリカシーのない人ですね…………」
 俺は「それはどうも」と軽く流しつつ、茅ヶ崎との会話のキャッチボールがスムーズにいっていることに安堵する。
「さっきの話だけど」
「あ、蒸し返すんだ」
「お前は本気で言ってたの?」
 茅ヶ崎は、ソファーの上で膝を抱えて「うーん」と唸った。
「先輩が本気で返してきたらこっちも本気ということにして、冗談で返ってきたら冗談にしとこうと思ってた、ん、ですけど…………いざ冗談で返されると、予想外にダメージが…………」
 照れ臭くなったのか、抱えた膝の間に顔を埋めてしまった。ドライヤーで雑に乾かした髪がふわりと揺れて、俺は素直に「かわいい奴だな」と思った。
「先輩出てっちゃったから、怒らせちゃったかと思いました」
 顔を埋めたまま、茅ヶ崎が泣きそうな声で言う。茅ヶ崎の態度がフェアじゃなかったことを咎めるつもりでいたが、予定は変更だ。俺は隣に座って、彼の話を聞いてやることにした。
「何時になるかわかんないけど、先輩帰ってくるまでやっぱり待ってようと思って。ねえ先輩」
 手を伸ばして、後頭部を撫でてみた。茅ヶ崎はもう一度「先輩」と言ってから、「千景さん」と言い直した。
「ヤでした?」
 膝の上に重ねた腕から紅色の瞳が覗く。
「嫌ではないよ。びっくりはしたけど」
「マジですか」
「マジ。で、どうしたいの」
 茅ヶ崎が顔を上げた。額に袖の跡がついているのがおかしくて、つい口角が上がる。
「付き合っ…………てくれなくてもいいから、これからも俺と同室でいてください」
「もちろんそのつもりだけど、付き合わなくてもいいんだ?」
「っえ…?」
 普段は眠たそうにしている瞳が丸くなっていく。
「付き合いたくないの?」
「そりゃあ付き合いたいですよ」
「じゃあ、付き合おうか」
 それでも構わないと思った。こいつが喜ぶなら。俺の言葉を聞いた茅ヶ崎は脚を床に下ろして、おそるおそる近づいてきて、倒れ込むようにゆっくりと俺に抱きついた。骨張った腕がまとわりつく感覚は、不思議と心地良かった。
「こういうの、嫌じゃないんですか」
「別に、お前がそうしたいなら」
 俺が答えると、腰に回った腕にきゅっ、と力が込められた。
「捕まえた」
 茅ヶ崎はそう言うやいなや、肩を震わせてふふふ、と笑い出した。
「ほんとはね、先輩が出てってからずっと作戦を練ってたんです。上手くいってよかった!千景さん、『やっぱりやめた』っていうのはナシですよ」
「はあ?」
「俺のこと見て『かわいい奴だな』って思ったでしょ」
 腹が立ったから、脇腹をつついてやった。
★★↓独り言スペース↓★★
今日もスマホから
お題むずい
おわり!
カット
Latest / 176:58
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知