日が傾き始めた頃、用事を終えたアーロンはルークの家に向かい足を進めていた。
通りがかった署の前でふと足を止める。そういえばここは、ルークの職場だったか。
近くの時計を確認してみれば、もうすぐルークの定時が近い。忙しいルークのことだ、定時後すぐに帰ることができるとは限らないが、まぁここまで来たついでに迎えてやるのも悪くないか。
そう考えた時、不意に悪戯心が湧いた。
出てきたルークを捕まえて、驚かせてやろう。それは子供じみた、ただの思い付きだった。
まだ定時には少し時間がある。近くの店に入り、ブラックコーヒーを注文して、テラス席へ。ちょうど署の扉が見える位置に腰を据えると、何とはなしに人の出入りを眺めた。
あまり面が割れていないとはいえ、こんな署の前で堂々と居座る怪盗がいるのか。自分でも随分と甘っちょろいもんだと笑みが浮かんだ。世界を騒がせる怪盗が、とある警察官を迎えに来て、署の前で大人しく待っている。なんてまぁ間抜けなものか。
ただ、それを悪くないと思っている自分がいる。この腑抜けた思考は誰に移されたものかと、一口、コーヒーを口に含んだ。
さて、ルークは定時で帰ることができるだろうか。自分が家にいる間は、できるだけ早く帰ろうとはしているようだが。ヒーローは相変わらず大忙しのようで、犬のように駆け回っては厄介ごとを引っ掛けてきているんだろう。ルークはあまり我が身を大切にしないタイプだ。放っておけば限界まで働いてしまう。こちらにはやれベッドで寝ないと疲れが取れないだの、野菜も摂らないと健康に良くないだの、口煩いというのに。
過ぎていく時計の針と行き交う人の流れを見ながら、アーロンはくわりと欠伸をひとつ漏らした。
「…アーロン!」
突然聞こえた声に、ゆったり目を開く。
そこには、こちらに向かってバタバタと駆けてくるルークの姿があった。
「………」
時計を確認すると、まだルークの定時には少し時間がある。一体なぜ。驚きに目を見開いていると、ぜぇぜぇと息を切らしながら目の前のルークがにかりと笑った。
「どうしたんだよ、一体。何でこんなところに?」
「いや……」
計画は失敗だ。ルークが扉をくぐったら、そっと近寄って驚かせてやろうと思っていたのに。
これではまるで、主人を迎えに来ていい子に待っていた犬のようではないか。
アーロンは、自分の行動がとてつもなく恥ずかしいことに気が付いた。あぁやっぱり、脳内まで甘味が詰まっているような目の前の男に絆されたからだ。ここに至るまで、その羞恥に気付かないなんて。
ルークを驚かせようと思って帰りを待ってました、なんて口が裂けても言えそうになかった。
「………たまたま入った店が、テメェの職場の近くだったんだよ」
何とも苦しい言い訳だ。少なくとも、自分がルークの立場であれば、その言葉の真偽を疑うだろう。
「……もしかして、待ってくれてたり…」
「してねぇ。今さっき来たところだ。それより、テメェはどうした。まだ定時じゃねぇだろ」
ここは誤魔化して押し通すしかない。話題をルークに切り替え問うと、ルークは頬を掻きながら笑って見せた。
「いや……実は、仕事が早めに片付いたから、出てきたんだ。そうしたらたまたま君がいて……」
「…そうかよ」
お互いにどことなく気まずい雰囲気が流れる。ルークはしきりにアーロンの持つコーヒーとアーロンを見比べていた。
「んだよ」
「……なぁ、アーロン。君、やっぱり僕のこと、少し前から待ってたんだよな。コーヒーは汗をかいてぬるくなってるみたいだし、半分以上減ってるし…」
話を蒸し返され、言葉に詰まる。ルークの顔を見れば、口元がふるふると震えていた。まるで、笑いたいのを我慢しているような、表情で。
「嘘は嫌いなんじゃなかったか?」
堪え切れなくなったのか、くすくすと笑いを漏らすふざけた顔。気付かれていた、すべて。
その事実に自分の頬がざっと染まるのが分かった。苛立ちを覚えて手を伸ばし目の前の頬を引っ張ると、痛い痛いとキャンキャン吠える。
「オイテメェ…知ってたんだろ……」
「あはは、ごめんごめん……って痛いから!君の照れ隠しって、本当に暴力的…」
「おうおう、一発喰らうか?」
「いえ…結構です……」
手を離し、低く唸る。随分と揶揄われたものだ。ドギーのくせに、生意気じゃねぇか。
「実は、同僚が教えてくれたんだ。赤い髪で赤いコートの大男が、向かいの喫茶にいるって。その話を聞いて、もしかして君なんじゃないかと思ってさ」
「………」
「……ごめん、僕も嘘ついた。たまたまじゃなくて、君がいることも知ってた。君だと思ったら一刻も早く会いたくて、仕事を明日に回して出てきたんだ。だから、おあいこ。これで機嫌直してくれるか?」
テーブルの向かいに座り、薄らと頬を染め困ったように眉を下げたルークに、アーロンは大きく溜息を吐く。この男はバカが付くほど正直だ。その真っ直ぐさに毒気を抜かれてしまう。
「………肉、五キロ…いや、十キロだな」
「仕方ないな…。なぁ、アーロンの用事が済んでいるなら、これから買いに行かないか?」
「肉持ってやる代わりに、さらに三キロ追加だぞ」
「これ以上!?」
傾いた日が、ルークの顔をあかあかと照らす。その眩しさに目を細めながら、アーロンは丸っこく煌めく髪をわしゃわしゃと撫でた。
帰ったらどうしてやろうか。こちらを揶揄った分、めいいっぱいに甘やかしてやろうか。この夕日を受けた顔よりもさらに赤く、茹るくらい。そして、降参だと白旗を上げさせてやろう。
これからのことを考え、緩やかに口元が上がる。
立ち上がったルークを追いかけるように飲み干したコーヒーは、何故だか少し甘かった。
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初公開日: 2021年05月03日
最終更新日: 2021年05月03日
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