俺の片割れには悪癖がある。
 まず大前提として俺とキャスターは一卵性双生児、俗に言う双子でそっくりさんのレベルを超えて鏡写しの人間が目の前に居るような感じだった。遺伝子とは本当に怖いもので、同じ顔・同じ声・同じ体格に思考回路もほとんど変わらない。
 何か不都合な事が起きれば自分そっくりの他人に擦りつけられるという利点こそあるがあまりに似すぎているのか、区別がつけられない奴は多く、片割れがやらかせば大体は連帯責任という謎理論で怒られるという不便さも感じる。
 そのせいもあるが、少しでも見分けがつくようにと最大限の配慮をするつもりで見た目にちょっとした違いをつけるようになった。
 腰ぐらいまである長い髪を俺は一つに結び、比較的に座学が長けていたキャスターは硬派ぶった話し方と振る舞いをして、着る服はなるべく同じ物にならないようにと避けた。
 そんな涙ぐましい努力で、アイデンティティを確立する思春期を乗り越えた過去があるというのに、キャスターはたまにだがわざと俺に寄せてくる時がある。
「キャス、また俺のアロハ着て行っただろ」
 寄せてくる行動の一つが、お気に入りの服の強奪である。ド派手な柄が気に入って何着か持っているがその中でも特によく着ているやつをキャスターはいつの間にか俺の部屋から持ち出していた。
 現行犯でなくともいつも置いてある場所になければキャスターの部屋に脱ぎ捨ててあるか、もしくは洗濯カゴの中へぶち込まれているかの二択で、今回は後者だ。
 腐れ縁からは「趣味が悪いな。少しは落ち着きのある格好をしたまえ」と嫌味を言われる事が多いが、キャスターもどちらかと言えばどこぞの赤白髪と同意見で「知的ではない」とよく言っているのに。
 つーかお前の知的基準って何なんだよとも思うが。
「昨日はアロハの気分だったんです〜」
 珍しく髪を結んでいるキャスターはまったくと言っていいほど悪びれもせず、スマホと睨めっこをしながら生返事をしてきた。勝手に着られるのは百歩、いや千歩くらい譲っていいとしても少しは申し訳ないという態度を見せてくれてもいいのでは。
 別に遠くまで出掛けようとしている訳じゃない。ちょっとコンビニに寄って、散歩しに行くぐらいであのアロハでなくとも何も困りはしないがそれはそれとして一言言うとかないのかと考えて、それはないなと自分で否定した。
「趣味でもねぇのになんで俺の着るんだ? オルタの着とけよ、それか末っ子の」
「アイツらの着たら怒られるだろ」
「いや俺も一応怒ってんだけどな⁉︎」
「はいはい、すみませんでした〜〜」
 謝る気ねーなコイツ!
 腹立たしいのは本当だが、もちろん俺も本気で怒り狂っている訳ではない。自分も必要とあらばキャスターの私物を勝手に使う事はあるし、借りたその日に返したのも片手で数える程度しかないからだ。
 意外と繊細なところがある(俺らが大雑把すぎるのかもしれない)弟たちを除いての物の貸し借りにいちいち許可なんて取らない。部屋だってノックなしに突入してもタイミングが悪かったことはまだ数回しかないし。
 一回だけマジ喧嘩になったのは確かキャスターが何日も前から楽しみにしていた(らしい)菓子を勝手に食った時ぐらいだ。小腹が空いて他に食い物がなかったとはいえ、あれは自分でも申し訳なかったと思っている。
「着るもんねぇなら俺の着とけよ。たまには知的に行っとけ、知的に」
「お前が言う知的マジで意味分かんねぇ〜〜」
 キャスターみたいな奴が仮に知的だったとしても、それはあくまで外面のみの話であって少なくともややくたびれたグレーのスウェットで寝転がっている姿はお世辞にも賢そうには見えない。休日のオッサンの間違いじゃねぇのか。
 一枚着られただけで着る服がなくなるほど手持ちに困っていないが、アロハを強奪されっぱなしは何となく癪に障るためジャケットでも、トップスでも何でもいいから貰い受ける。本人も良いって言ってるし。
 似たような体格でサイズ的にも何も問題はない。あるとするのならばキャスターの方がケツが豊かに育っているようで、残念ながら下だけは自前で行くしかない。
 ケツがデカいという事実をキャスターに突きつけると、奴は全く可愛くない拗ね方をする。具体的には家事のほとんどを担っているオルタが綺麗に畳んでくれた洗濯物を、わざわざ裏返しにして畳み直していたりする。
 地味でかつ面倒くさい嫌がらせをしてきて、イラッとする俺を見てニヤニヤ笑っているほど根性がひん曲がっているのはどうやら俺限定のようで。キャスターの片割れの人はもっと注意してやった方がいいと思いますけど誰ですか?あっ俺だわ片割れ。
 未だにスマホから目を離さないクソ兄貴(便宜上)を放っておいて、備え付けのカギが働いたことのないキャスターの部屋へそのまま押し入った。
 整理整頓されているとは言い難い、程よく散らかっているという絵に描いたような男の部屋だ。知的を自称するだけあって本棚は上から下まで分厚い本で埋まっている。ところどころエロ本っぽいタイトルがあるけども。
 ハンガーラックに掛かっている服はどれも身体のラインが隠れるような余裕のあるものが多い。本人曰く「ゆるふわモテコーデ♡」らしいが、ぴったりとした服の方が好きな俺からすれば理解し難い。とりあえずキャスターは可愛くないと思う。
 特にキャスターが着ている系統を考えると、百八十を超えたガタイの良い男をどこをどう見たらそう見えるのか知らないが、高身長の女と間違われて、声を掛けられることがあるのもまぁそうだろうなと思う。
 どんな服を着ようが個人の勝手ではあるけど。
 どれも俺に合わねぇやつだと思いながら一枚ずつ見て行くと、すぐ横に掛けられているネックレスと合わせた組み合わせで前にキャスターが着ていたような気がする。
 着ていたTシャツをとりあえず脱いで、キャスターの匂いがするカットソーに首を通した。ついでにネックレスも拝借しておいて「どうだ! お前の服着てやったぜ!」と見せつけるためにリビングに急ぐ。
 見せつけるもクソも、先に服を着られたのは俺なんだけども。
「なんかウケるな、それ」
 開口一番にウケるって感想は如何なものか。やっぱり元々着てたTシャツで、適当に済ませれば良かったと思うほどには借りたことを後悔している。
「おい笑うな。テメエのせいなんだからな」
「別に着ろって命令してませーん。どうせなら髪も解いとこうぜ」
 やっとクソ重たい腰をソファーからあげたと思ったら、俺の自由意思など関係ないように結んでいた髪留めをキャスターに掠め取られる。
「マジで何がしたいんだよ」
 切るつもりは今のところないが、下ろしているにはちょっと鬱陶しい長さの髪をキャスターは手櫛で整えて何故か満足そうだ。
 せっかく誰が見ても分かりやすいように、わざと違うところを作っているのに自分が俺に寄せたら、今度は俺を“キャスター”に寄せている。似たような人間が二人も居たら気色悪いだけだが。
「べっつにぃ?」
「嘘だ、絶対何かあんだろ」
「バレたか。オルタにおつかい頼まれてるから、俺の代わりに買ってきて♡」
「だからって格好まで似せる必要ねーよ!」
 どうせそんなことだろうと思った。キャスターがウルトラ出不精であることはずいぶん前から知っていたことだが、ここまで極まると文句を言う気も失せる。
 筋肉のつき方や髪の濃紺、その他諸々は確かに違っている。でも遺伝子レベルで似ている俺は、きっと見た目だけはほぼキャスターになっていることだろう。
 それは俺の服を着たキャスターも同じ事で、片割れの真似をして、同じ格好をしたがる理由はやっぱりよく分からない。
 こんなことをしても俺はキャスターではないし、キャスターもまた俺ではない。限り中自分に近く、血も繋がっているけどクローンではなく他人であることには変わらないのに。
「でも面白いだろ、俺がもう一人居るのって」
 キャスターは心底楽しそうに笑った。
 ただそれだけなのにどこか恐ろしさなんてものを感じて、俺は見つめることしか出来なかった。
「その見た目だとお前、キャスターって言われるんだろうなぁ。行こうとしてるあのコンビニでも俺の銘柄を渡されたりしてな」
「は、どういう……」
「昨日ランサーの服着て、ちょっと髪結んだら皆俺のことランサーって呼ぶんだよ。中身は俺なのに」
 それは、兄弟の中でも特に俺らは似ているからだ。おっかない雰囲気を出しているオルタも、少し前のめりで突っ走りがちなプロトも似せようと思えばいくらでもそっくりになれる。
 そう言いたいのに、今も髪を結んでいて“ランサー”と呼ばれることに愉悦を覚えたらしいキャスターの有無を言わせない重みのある言い方に戸惑う。
「俺がランサーだったら、お前はキャスターだもんな。だったら今日はお前の番って話さね」
 
 そこまで聞いて、やっとキャスターが言っていることの意味を理解した。
 俺の真似をして遊んでいるだけと思っていた悪癖はそれだけに収まらないらしい。俺の知らないところで、コイツは“ランサー”としての時間を過ごしたからそのお返しとして“キャスター”の時間をくれてやると言っているのだ。
 限りなく似ている他人などではなく、俺も含めて自分であると。
 髪を下ろしているのは結ぶのが面倒だからではない、本棚を埋め尽くほど本を読んで知的でいようとしているのは本が好きだからではない。
 極端に出不精なのも、硬派ぶっているのも、食の好みが合わないのも全部。周りが区別をつけられるようにではなく、ランサーではないという証明するためだけにキャスターとして相応しい行動を意図的にやっているだけ。
 何が涙ぐましい努力でアイデンティティを確立しようとした、だ。そんなもの初めからなかったって言ってるようなもんじゃねぇか!
「そんじゃおつかい頑張れよランサーくん。買うものはさっきスマホに送っといたからよ」
 ひらひらと手を振って、ソファーに座り直すキャスターは不気味なくらいいつも通りだ。座っている位置はいつもキャスターが好んで座っているところで、テーブルに置いているマグカップも自分のものを使っている。
 俺をランサーと呼んで、己をキャスターだと正しく認識している。
 でも、この家を……この箱庭から一歩外に出たら。自分が何者であるかという当たり前の自己意識は消え去って、コイツは“ランサー”か“キャスター”のどちらかになるのかもしれない。
 もしそんな風に思っていなかったとして、さっきの言葉がただのタチの悪い冗談だとしても。何かの拍子にそうなるのかもしれない、という危うさを感じてしまった。
「……もう絶対、お前にアロハ貸さねぇ」
 俺から貸したことは一度もないけど。なんとなくそうした方がいい気がしたから。
「はぁ〜? そんときはオルタの服借りるからいらないです〜」
「いや自分の着ろよ」
 別に双子の片割れだからって地獄の底まで付き合うつもりはないが、それに近いところまではコイツに付き合ってやろうとは思う。ついていけるの多分俺ぐらいしか居なさそうだし。
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キャス槍 小話
初公開日: 2021年04月24日
最終更新日: 2021年04月24日
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