バレンタイン赤安
バレンタインに、お互いがチョコを渡そうとして本命からもらったんだって勘違いする話
「お、シュウ珍しいな」
「何がだ」
「これだよ、これ」
赤井の同僚のジェイミーが、デスクに置かれていた小包を指さす。
「これ、バレンタインのチョコだろう?」
白色の包装紙に赤のリボンが巻かれた小さな箱は、赤井のデスクの上にちょこんと乗せられていた。
「一体どんな心境の変化だ?」
「てめえに教える義理は……おい、触るな」
箱を持ち上げようとするジェイミーを視線で制す。優秀な狙撃手の視線は、それだけで対象の動きを止めた。
「……おいおい本気じゃねえか、シュウ。一体誰からのだ?」
背中に伝った冷や汗を感じながら、ジェイミーは好奇心を抑えられなかった。FBIきっての切れ者、来る者拒まず百戦錬磨の赤井秀一がジョディ・スターリングと恋愛関係にあったことは同僚なら誰もが知っていることだ。潜入捜査のためにその関係を赤井から終わらせたことも知れ渡っている。なぜならジョディは男性陣の中で噂に上がるほどの優秀な捜査官で、そしてイイ女だからだ。
赤井が相手でなかったのならば、恋人に立候補したがる男はいくらでもいた。そんな彼女が振られたと聞いた時、当時ステディのいるジェイミーでさえ、シュウはなんて(勿体ない?なんて言う?)ことをしたんだと思った。
潜入のためとは言え、あのジョディを捨てるなんて“シュウED説”が真しとやかに――本人には悟られぬよう――噂されていたのも仕方ないことだった。どんなイイ女でもシュウが執着(笑、だじゃれ)することはない。そう言われていたのに。
あのクールなシュウを変えちまったのは、一体誰なんだ。
日本警察との(合同捜査?研修にするか)が始まってから
「」
そんな赤井の返答を近くで聞いていた人物がいた。公安警備企画課の降谷零だ。
特別……?
降谷の手には赤色で包まれた小さな袋。中身は手作りのガトーショコラだ。毎年公安の部下たち用に作って配っていたが、今年は甘いものが苦手な男のためだけにほろ苦な味付けに変えた。
それを今まさに渡しにきたところだったのだ。
扉に入る前に会話していることに気付き、降谷はその場で止まってしまった。会話している人物が目的の相手だったこともある。
赤井がバレンタインにチョコをもらわないというのは事前の調査でわかっていた。
FBIの連中は少し声をかけるだけで、別に知りたくもない情報も教えてくれる。こんな口の軽さで大丈夫なのか、と思いながらも偶然にも知り得た因縁の相手の情報を降谷はしっかりと覚えていたのだ。
僕だって同じ組織に属していたとしてもよく知らない相手からもらった食べ物を口にしようとは到底思えない。赤井の対応は捜査官として至極まっとうなものだと思った。
でも、僕たちは知らない相手なんかじゃない。同じ組織に潜入し、数々の(修羅場)を乗り越えてきた戦友のようなものだ。僕が作ったものをアイツが断るわけがない、多分。
赤井だけに渡してももらってくれないかも、そう考えた降谷はFBIみんなに行き渡るような量を作ってきていた。赤井のだけ甘さ控えめのものにはなっているけれど。
あくまで、日頃のお礼として。公安とFBIの友好の証として。
そう言い聞かせながら降谷はチョコを刻んだのだ。
まさか、赤井が特別な相手からチョコを受け取っていたなんて。それも、見せびらかすようにデスクに置いておくなんて。
降谷はドアの前から動けない。
「降谷くん、こんなところでどうしたんだい?」
「あ、あっ、赤井!」
いつのまに、ドアを開けたのは赤井秀一だった。ドアに寄りかかった赤井は左手に特別な相手から貰ったであろう箱を持っている。
これから、その箱を開けて楽しむのかも……そう考えると体の中心が冷たく冷える。誰からのですか、という言葉と一緒に唾を無理矢理飲み込んで、降谷は持っていた紙袋を手渡した。
「あの、これ……日本ではバレンタインでお世話になっている人にチョコを渡す文化があって、部下に作った分が余ったので良かったら、FBIの皆さんで、どうぞ」
「ああ、ありがとう。君は料理が得意だもんな。俺が預かろう」
「フルヤの手作り!?フルヤっ」
「マイク、お前は仕事があるだろう?仕事終わりに“コレ”で労ってやるよ。だから、絶対に開けるなよ」
「ッヒィ!……オ~ケェ~イ、OK……シュウ、わかったから。開けない。絶対に開けない誓うぜ」
「……君、それは?」
「あ、これは……」
失念していた。赤井の視線は降谷が持ってきていたもう一つの包みだ。大人数用で用意されたさっきとは別になった小包。青色のリボンだったのに対して、こちらは真っ赤な赤のリボンだ。
赤井だけに作ってきた甘さ控えめのガトーショコラ。
赤井がチョコを貰っていたことも、僕が持ってきたチョコに対してこんなにも反応が良いことも予想外だった。
計画としては、FBIの誰かにチョコを渡す。皆で食べているところから少し離れたところにいる赤井に近づく。「甘いもの苦手と聞いたので」と言って赤井に渡す。という流れだったのだが。
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