たまの休日なんだ、もっと羽目を外すなり体を休めるなり他にすることあったんちゃうん?と身内に言われそうだと思いながら、執務室の机の引き出しから裁縫箱を取り出した。裁縫箱といってもただのお菓子の空き缶。オスマンが外交先の有名な洋菓子店で買ってきたクッキーの缶々や。あのラング・ド・シャ美味かったなぁ。アイツの選ぶ菓子にハズレがあったためしはこれまでにない。
小洒落た缶から針と赤い糸を取り出して、いつの間にか俺のトレードマークとなった赤いマフラーのほつれを直す。
「ちっちゃい穴めっけ」
これはこないだゾムにやられたやつや。俺が徹夜明けで欠伸噛み締めながら廊下歩いとったら、背後からお決まりの「ぶーーーん!」ていう無邪気な声が聞こえてきて。なんか嫌な予感すんなぁと思って振り返ったら、ゾム愛用のダガーの切先が鼻っ面を横切ったとこやったわ。普通に危なくて草。
油断しすぎやトントン! とアイツけらけら笑っとったが、食堂行く道のりで何故自分の首の心配をせなあかんねん。しかも身内だらけの寮内で。
咄嗟に避けたとはいえ、あの時眠た過ぎて頭ぼーっとしとったからなぁ。ゾムのダガー、ちっとばかりマフラー掠っとったみたいやわ。
他人からソーセージと揶揄された人差し指で穴の状態を確認する。こんぐらいの小さい穴やったらすぐ終わるやろ。
ちくちく、ちくちく。慣れた手つきで針を動かす。
「あ、ここ焦げとるやないけ!」
穴埋めしながら視線を下げれば、マフラーの先端が気持ち縮れてる気がする。ああ、これ。あれや、あれ。先日の炎の料理人と鋼の料理人の(不毛な)対決の。
「トントン、お前は俺等二人の歴史的対決の瞬間を刮目するんやぞ!」と息巻いていたコネシマさんと「お米とげるようになったこの俺に、猫の手シッマが勝てるわけない!」と豪語してたシャオロンさん。もう過ぎ去った過去のことなので今更なのは承知の上ではありますが、恐れ多くもあの時のお二人さんに一言申し上げるなら「何故ワイを巻き込んだ?」それだけに尽きますねぇ、はい。他にも暇なやつ居ったやろ。鬱先生とかチーノとか、鬱先生とか鬱先生とか。
とにかく。対決内容は記憶の彼方に追いやってしまったので覚えとらんが、何故か厨房に似つかわしくない火柱がぼうぼうと立ち昇っていたことだけは鮮明に記憶している。……ほんまさぁ、何で素人がフランベやろうと思うたん? あれは香り付けなんよ。お前等のはただただ食材を消し炭にするだけの冒涜行為なんよ。
一人やればもう片方も真似したがるのがチンパンズ。シッマが先だったかシャオロンが先だったが、そんなんここではさほど重要ではない。
火炎瓶投げ込んでもあそこまで燃えん上がらんやろ! というぐらいの勢いで家庭用のフライパンから立ち上る二つの火柱。そこから慌てて子犬共を遠ざけて消火器を噴射した俺は、黒ずんだ厨房の壁と大惨事なガステーブルを見て目眩がした。俺の貴重な休憩時間が……! 後ろで爆笑してんじゃねぇよ、このポンコツ料理人共!!
結局、総動員でお片付けをしたわけだが、こればかりはいくら時間が経とうとあんまええ思い出にはならんかったわ。むしろ未だに胃がキリキリする。
はあ、と溜め息を吐きながら、草臥れたマフラーを撫でる。
こいつとの付き合いも随分長いもんだ。彼の地に降り立った時──諸悪の根源といっても過言ではない我が友が嬉々として語った野望の片棒を担ぐと決めたあの日から俺の手元にあるわけだが。そりゃあ年季も入っとりますわ。
でも、替え時は一生来ないと思う。新たにグルッペンやその他の奴からマフラーを貰う気も更々ない。
同じ色、同じ形で同じ長さ。探せばいくらでも似たようなマフラーはあるのだが。俺と共に積み重ねてきた時の流れまでは誰にも模倣できまいて。
「なんてな」
鑑賞に浸るなんて、らしくないことをするのは今だけだ。繕い直したマフラーをいそいそと首に巻く。縫い目の粗い手触りも少しくすんだ色の温もりも。やっぱこいつやないと落ち着かんわ。
ご苦労さん。赤を背負ったもうひとりの相棒にそっと労いの言葉を投げかけた。