『よるの光芒』
 何度か止めた覚えのあるアラームがいい加減に起きろ、とけたたましく鳴って、さすがにそうしようと決意した頃には開店の十分前だった。
 部屋着を乱暴に脱ぎ捨てて椅子にかけたままのジーパンとクローゼットから引っ張り出したシャツに着替えて髪を一本に結い、化粧をするひまもなく階段を駆け下りた。店を開いてから半年が過ぎようとしているけれど、今まで一度として開店前に誰かが待っているところを見たことはない。それでも開店時間だけはきちんと守り続けているのは、ある意味でのけじめのようなものだったからだ。
 レースのカーテンから漏れ入る陽の光は店内を淡く照らして、陳列されたガラス細工の食器たちがそれを反射して部屋中に光の粒をちりばめていた。照明無しでも充分明るい。準備に割く時間に少し余裕が出ると気持ちもいくらか落ち着いて、軽くため息をして工房につま先を向けた。
 生駒山の斜面に合わせてくり抜かれるように整えられた住宅地のはずれにあるこの店は、その立地のせいか工房だけ階段を数段降りる作りになっていた。売り場に排気がいかないように不格好で芋虫のようなダクトが外に伸びている以外、特に文句もない工房だった。
 炉に火を灯し、リューターやブラストのためのエアーガンに電源を入れる。エアーコンプレッサーの大げさな起動音さえなければ、もう少し早い時間に店を開けてもいいのかもしれないけれど。
 作りかけの作品に目を向ける。透明で丸みを帯びた果物のような形をしたガラスのコップが一ダースはある。これを仕上げるのに今日一日を費やすつもりだ。一人で全てこなすには時間だけが吸い取られていくような量だけれど、幸いなことに時間だけは山のようにある。
 開店祝いに母からもらった姿見は工房から売り場に上る階段の脇に追いやられるように置いてあって、いつも開店前の身なりを整える瞬間にしか使われないかわいそうな扱いを受けていた。昔からずっと厄介な癖毛とは高校で和解した(つもりだ)けれど、寝癖と手を組まれると手に負えない。でもこのくらいなら、と見切りをつけて前髪だけを簡単に整えた。
 時計が十一時を回ると同時に『OPEN』の札にかけ替え、レジ脇のラジオの電源を入れた。
 からからん、と客足を知らせる鈴が鳴って、陰気くさい顔に人前に出す笑顔を張り付ける。いらっしゃい、と言いかけたところで「郵便局です」と無慈悲な名乗りを受け、そんなに幸先の良いことが今まであっただろうかと戒めながら荷物を受け取った。
 荷物は小さな段ボールが三個と封筒が二つ。段ボールの方は覚えがあった。工房で使うリューターの替えと、試してみたかった塗料だろう。そのまま手ごろな位置にあった椅子に置き、封筒に手を付ける。
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よるの光芒 2021.1.9
初公開日: 2021年01月09日
最終更新日: 2021年01月09日
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コメント
新年の抱負としてツイッターで春までに書くと言った例のアレです。
春までに終わるか怪しいですが頑張ります。