新年はキスをする理由に成り得るか?another
 氷の張った地面を用心深く踏みしめながら、歩く。肌に突き刺さるのは季節相応の冷たい風で、手袋をしている意味があるのかどうか疑わしいほど指がかじかむ。手に持っているスーパーの袋を、うっかり取り落としたりしないようにしっかりと持ち直しながら帰路を急ぐ。
 本日は年の瀬、大晦日である。
 帰路を歩む青年クロードは長年かけて口説き落とした恋人であるローレンツと、今年初めて二人きりでの年越しを過ごせることとなった。
 付き合うまでの紆余曲折も大変なものであったが、同居までも数多の時間を有することとなったのは、ひとえにローレンツのこだわりによる。それはもう日差しの入りからトイレの位置まで、ローレンツが納得するまで大いに時間をかけることとなった。いっそもう建てちまえと新居を建てることを決めてからも、ローレンツからの注文は多岐にわたった。
 だがそんな拘りの甲斐あって、クロードの生活は毎日が充実している。気に入りのテラスで優雅に紅茶を楽しむローレンツに「おかえり」と声をかけ出迎えられるのは、春や秋、まだ陽の強くない夏の時期のお楽しみだ。
 そして冬は冬なりの、お楽しみがある。二人向かいあって、談笑しながら蜜柑をむくひと時は悪いもんじゃあない。
 早く帰って炬燵で暖まりたい、そしてそれ以上にローレンツの顔が見たい。買い忘れのネギが入った袋をより強く握り直して、けれど早足にならないよう慎重に歩を進める。家の周りにブラックアイスバーンが多いのは、難点かもしれない。雪のない時期であれば歩きやすいこの道も、水が張り凍ってしまうとスケートリンクにも負けないツルツル路面だ。急いだがゆえに転び、折角買ってきたネギを駄目にしてしまったら、年越し蕎麦の中身が寂しくなってしまう。そもそも、ネギのない蕎麦なんて、と駄々をこねたのはクロードだ。寒いし道も悪いからというローレンツを説得してまで近所のスーパーへ向かったのだから、家に帰るまで、決して油断してはいけない。
 そうしてそれなりに時間をかけてわが家へ辿り着けば、遅かったじゃないかと言いながらローレンツがドアを開けてくれる。
 買ってきた外気で冷え切ったネギを手渡して、コートやマフラーを脱いでいく。転んだりしなかったかと身を案じる言葉には、気を付けていたらずいぶん遅くなってしまったと返した。そうすればローレンツはわずかばかりの沈黙のあとに、「やはりあの道は滑りやすいのか」と呟いていた。
「砂でも巻いておこうか」
「いや、それは後日でもいいだろう」
 折角の年末年始、動くのは年が明けて少ししてからでもいいだろうと、几帳面なローレンツにしては怠惰な返事。こんな時ばかりはゆっくりしたいんだろうな、と思ったクロードは何か手伝えることはないかと言いながら台所へと寄る。料理当番を特に決めていたりはしないが、キッチンは物の置き場にもこだわるローレンツが使いやすいようにと調味料の場所をあれやこれやと決めてしまったので、自然と料理の担当はローレンツになっていた。クロードに任せると後始末でお気に入りの皿を割られると、ローレンツが台所からクロードを遠ざけていたのも理由の一因であるのだが、そんなことをクロードは知らない。なので今回もローレンツは、無難な文句で自然とクロードが料理の手伝いを申し出たのを断った。
 手伝いを断られたクロードはすごすごと引き下がり、大人しく居間のテレビに視線を向ける。料理をしながらローレンツが流していた番組は、クロードの好きなバラエティではなく歌の特番。チャンネルを変えるかどうか熟考したクロードは、笑ってしまって作業が滞るからと言っていたいつかのローレンツの言葉を思い出してそのままにしておいた。あとで再放送したらいいな、なんて思いながら話題の歌手が流行りの歌を歌う様子を眺める。
 しばらくテレビをぼんやりと見ていたら、いつの間にか料理が出来上がっていたらしい。ローレンツがクロードの目の前に具材少な目の蕎麦を差し出す。
「トッピングはお好みで」
 そう言われて続けて差し出された皿に、先ほど買ってきたネギやかまぼこ、伊達巻に海老天が乗っている。
「意外だな? もっと凝ったものが出てくるもんかと」
「こんなときぐらいは、ゆっくりしても良いだろう」
「まあ、それもそうか」
 ネギを多めに盛り付けて、かまぼこと伊達巻を適量。最後に海老天を乗せて、シンプルな年越し蕎麦の出来上がりだ。食べる時間には少し早いかもしれないが、こんな日でもローレンツは日付が変わるまで起きているつもりがまるでないらしい。いつもの時間には寝ると宣言したとおりにするようで、台所もほぼ片付いている。恐らく明日の準備さえ、クロードが出かけている間に済ませているのだろう。だから早めではあるかもしれないが、二人で食べられる時に、揃っていただきますをする。
「来年もよろしくな、ローレンツ」
「こちらこそ。クロード」
 この歌手の歌好きだな、今年はこれが話題だった、なんて他愛無い話を挟みながら、食を進めればあっという間に空になってしまう。物足りない気持ちはあれど食べ過ぎても、と思いながら器をさげる。この時も、自分で洗うから大丈夫だと言ったクロードに対しローレンツは、君には危なっかしくて任せられないからとその申し出を断った。先よりも直球なその言葉に、しかし過去やらかした実績のあるクロードはおとなしく引き下がる。そのうちこっそり、練習しておこうなんて密かな野望を胸に秘めながら。
 そうして片付けが終わるのを見守りながら、歌に耳を傾けていれば時刻はもうローレンツの就寝時間になってしまった。
 おやすみ、と声をかけて自室へ戻っていくローレンツを見送ったクロードは、例年ならば一人でもそのまま起きて特番を見るところ、今日ばかりは寝てしまおうかと考える。年を越す瞬間起きているのも悪くはないが、それは恋人もそうだった場合でありやはり独りとなると少し味気ない。ならば自身も早寝をして、朝も早い時間から共に過ごすのが良いのではないかと思うのも無理はないだろう。
 出来ることなら、年明けの瞬間にキスでもして忘れられない一年の始まりにしたかったのだが、それはどうも叶わないらしい。寝込みにそっと口付けを落としていく手もあるが、相手が気が付かなければクロードは物足りない。それならばおはようのキスを、する方がいい。
 そうと決まれば善は急げ、名残惜しくもテレビの電源を落とし、居間の電気を消してクロードも自室へ。明日はとびっきり、良い日にしようと心に決めて。年越しの瞬間は、二人仲良く布団で過ごすことに決めた。
おわり
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クロロレ大晦日
初公開日: 2020年12月29日
最終更新日: 2020年12月29日
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