お題:カウントダウン
※レオ司
Countdown
「ライブのカウントダウンって、なんで3秒なんだろうな」
ぼんやり過去のライブ映像を見直していて、ふとそんな疑問が口を突いた。まだ映像は始まったばかりで、会場前方の巨大モニターに突如映し出された「3」の数字に、観客が一斉に静まりかえったところだった。
普段ならここで、あっ待って言わないで妄想させて!とひとしきり喚くところ。けれど今に限っては、なんとなくそうはならなかった。わざとそうしなかったというより、そうする気力がなかったという方が正しい。いくら作曲は呼吸だと豪語する天才・月永レオであろうとも、丸一日ひたすら作曲作業に励んで納品納品また納品を繰り返した日の夜などは、さすがに今はこれ以上作曲しなくていいかなと思うこともあるのだ。別にやれと言われたらやるけれど、ここでやってしまったら明日以降金輪際霊感が途絶えてしまうんじゃないか、という気もしている。ばねの弾性限界みたいなものだ。霊感をキャッチするアンテナを駆使しすぎて、ぽっきり折れてしまうようなことがあっては困る。と、脳内であれこれと考えては見たものの、まあ一言で言えばレオは疲れていた。よって、作曲はやめておこうかなという気分だったのだ。
「何見てるんですか?」
尋ねる声と共に、テレビの前のソファがもうひとりぶん沈み込む。正確に言えば朱桜司ひとりと、マグカップふたつぶんだ。はい、と手渡されたそれを受け取って、レオは「こないだ発売されたライブの映像!」と答えた。隣でずず、ともうひとつのカップの中身を啜る音が聞こえる。画面では、ちょうどトップバッターを務めるユニットが飛び出してきた。合同ライブなので、Knightsが登場するのはもう少し先だ。
「それで、なんでしたっけ」
「何が?」
「何か質問してませんでした?」
「え? ああ……カウントダウンってなんで3秒なんだろうなって」
促されて、先ほど口にした疑問を繰り返す。そもそも、あのタイミングでのカウントダウンに一体なんの意味があるのだろうか。あの3秒で何かできることがあるわけでもない。表示された数字が「6088573629」とかだったら話は別だが、それならカウントダウンの時間をもっと有意義な別の何かに費やすべきだろう。そういう意味では3秒くらいがちょうど良いのかもしれない。
「ふむ、考えてもみませんでしたが……3秒で特に何かできるわけでもありませんよね。心の準備をしろということでしょうか?」
司も言葉は違えど、だいたい同じようなことを考えていたようだ。カップをさらに傾けながら、レオは軽く首を捻る。
「心の準備かあ。ライブの心の準備、3秒でできる? だってライブって『ライブやります!』って発表があってさ、チケット取ってさ、それから当日までずーっとわくわくして待ち続けるわけだろ……多分。そんだけ期待して、準備3秒じゃ足りないだろ」
「……微妙なところですね。心の準備をすると言っても、待ち望んでいた瞬間がようやく来るというときに、それまでずっとそわそわしていた気持ちをひとまず抑えて無になる時間といった感じでしょうか。それなら、3秒くらいでいいのでは?」
「なるほど」
「気持ちの整理をするというよりは、ちょっと息を止めるくらいの感覚かもしれません。別に3秒じゃなくても『ちょっと』でいいんでしょうけど、『ちょっと待って』だと曖昧なので3秒と言っているだけなのでは」
1曲目が終わり、次のユニットが笑顔を振りまきながら登場する。レオはリモコンを手にして、少し音量を下げた。司の台詞で、別のことを思い出したのだ。既視感ならぬ既聴感があったとも言う。
「そう言えばスオ〜もさ、よく『ちょっと待ってください』って言うよな」
「そうですか?」
本人には、どうやらあまり心当たりはないらしい。まあそうであることにあまり不思議はないけど、と頭の端で考えつつ、レオは続ける。
「うん。おれがくっついたり、キスしようとしたりするときはいつもそう」
「……そう、でしょうか」
司はなんであれ、サプライズ的な要素をあまり好まない。不意打ちが苦手とも言うだろう。だからレオが急に司とくっつきたいなと思って距離を詰めたり、ふとキスがしたいなと思って顔を寄せたりするときには、ほとんど必ず「ちょっと待ってください」が入るのだ。そう言われたレオの方がおとなしく「ちょっと待つ」かそうでないかはその日の気分によるけれど、「ちょっと待ってください」が入らないことはほぼない。
「『ちょっと待ってください』って言われて何がしたいのかなってずっと思ってたけど、今のでわかった! わはは、おまえは『ちょっと』の間に無になってたわけだ」
「語弊がある言い方はやめてください! なんか変じゃないですか。まあ、否定はしませんけど」
カップを手にしたままで頬を膨らませた司の視線の先では、ライブがさらに進行している。あと数曲終われば、そろそろKnightsの出番だろうか。次の曲が始まって、またキラキラした演出で画面が埋め尽くされる。けれど、そのあとライブがどうなったかは、いまいちわからなかった。隣からの囁きに、完全に気を取られてしまったからだ。
「でも大事なのは『無になってる』かどうかじゃありませんよ、レオさん」
言葉が零されると同時に、体温が近くなる。司にしては積極的だったから、レオの心拍はいとも容易く上昇した。
「大事なのは、私がずっとそのときを心待ちにしていたということです」
そうして、手元のカップを奪われる。身体がぴったりとくっついて、長い睫毛がレオの頬を掠めんばかりに近づいたから。
「ちょ、ちょっと待っ……」
そう言ったのは、別に冗談でもなんでもなかったのだけれど。言葉の最後は哀れ、司の唇の隙間に飲まれて消えた。
おしまい。
ありがとうございました! なんかハートとぶのかわいい 
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