『文明保全計画』
宇宙の片隅に、小さな岩塊がふよふよと漂っていた。見るものが見てもそれは単なる宇宙のゴミでしかなかったが、聞くものが聞けば、それは神の贈り物にも等しかった。
その岩塊は常に、特殊な電波を発信していた。
ある日、近くの惑星に住む高等生物が電波をキャッチし解読したところ、驚くべきメッセージがあらわになった。
――……年、光速度不変の法則が発見される。光速度不変の法則というのは――。
――……年、タイムワープ航法が開発される。タイムワープの原理というのは――。
まさにそれは、古代の超先進文明が残した歴史書であり、知識の体系であった。
惑星の高等生物たちはさっそくこの電波をたどって岩塊を捕まえ、惑星に持ち帰った。彼らは岩塊を、超先進文明が残したボトルメールのようなものだと考え、可能な限りの知識を吸収しようとしたのである。
高等生物は、宇宙に飛び交う電波をキャッチし、解読し、浮遊物を惑星に持ち帰るだけの技術力は有していた。ところが、超先進文明ほどは進んでいなかったため、岩塊のシステムに侵入し中のデータを抜き出すということはできなかった。そのため彼らは、岩塊が発する電波をリアルタイムで解読していくことになった。
岩塊との会話は非常に時間がかかった。
あらゆる歴史書を一つにまとめ、時系列順にひとつずつ読み聞かせられているような気分だった。
――……年、世界恐慌が発生。原因は世界一のIT企業による――。
――……年、世界中を巻き込んだ第四次世界大戦が勃発。原因は世界恐慌によって――。
そんな内容が延々と続くのである。
だが、高等生物たちが望んでいる情報は突然やってくるために、彼らは電波の解読をひとときも休めることができなかった。
――……年、タイムワープ航法を利用した新たなエネルギー原理TWE理論が発見される。それは――。
幸い、年代、出来事、それにまつわる補足事項、という形式だったために、高等生物による知識の吸収は非常にスムーズに進んだ。こうなると、間に挟まっているただの歴史の述懐も、技術を実験し、実践するにはちょうどいいインターバルとなった。
こうして、岩塊から得られる知識を用いて、高等生物たちは瞬く間に発展していった。かに思われた。
実際は、岩塊の所有権をめぐって高等生物同士の戦争が頻発するようになった。
だが戦争が起こるたびに、岩塊を所有する国が、新兵器を投入して無理やりに戦争を鎮圧していった。戦争を鎮圧すると、その国は敵国を吸収し領土を広げ、最終的には惑星の領土を丸ごと一国が納めるようになってしまった。
岩塊から得た技術による武力政治が始まってしばらくたったころ。
――……年、世界統一がなされる。そもそもの原因は、TWE理論を独占した国による一方的な武力支配。
その電波を解読したものは、まるで自分たちの歴史を聞かされているようなものだ、という感想を残した。
さらに電波の解読は進む。
――……年、世界統一がなされたものの、各地でクーデターが発生。TWE理論の内容と装置が外部に漏れだし、それを手にした民衆による放棄が原因。
――……年、統一国家は瓦解し、再び世界中に国が乱立するようになる。
解読班はその内容に恐怖を抱いた。というのも、岩塊を所有する国はTWE理論を用いた新兵器によって世界を統一した。同時に、戦争の戦後処理のどさくさに紛れて、TWE理論兵器が各地に流れ出してしまったのではないか、という報告も存在した。彼らは岩塊から聞かされていた通りにクーデターが発生するのではないかと危惧した。
早速解読内容を国のトップに報告するものの、そんなわけがないだろう、と軽くあしらわれてしまう。
だがその一週間後、解読内容と全く同内容の出来事が、現実にも起こるのである。
TWE理論兵器による各地でのクーデター。統一国家の瓦解。各地での独立。
岩塊は未来を予知していたのではないだろうか、そんな噂がまことしやかに囁かれるようになった。
確かにこの星の高等生物は、岩塊のお告げによってさまざまな科学理論を発見し、開発してきた。だがその直後に現実に起こる出来事を完璧に言い当てられてしまうと、既存の情報を与えられているのか、未来予知を行っているのかの判断がつかなかったのである。
岩塊の所有国は考えた。岩塊のお告げをリアルタイムで全世界に共有し、多くの頭脳を持って分析する。だが、お告げの利用において先を越されてしまえば岩塊の所有権という圧倒的なアドバンテージを失ってしまう。同時に、お告げの内容を改ざんしていないか、本当にすべてを公開しているのか、という他国からの視線も気になる。
最終的に岩塊所有国の決定は、しばらく様子を見ること、だった。ただでさえ各地で起こったクーデターにより国力は疲弊している。他国との関係改善も急務である。
――……年、クーデターによる独立によって元統一国家は孤立の一途。それ以外の国によって発足された国際同盟の発足式典に招待されず。
まさに、岩塊の言ったようなことが数日前に起こったばかりだった。
今現在、岩塊所有国にとって最もうれしいことは、岩塊が新しい科学技術をもたらしてくれることである。
新たな兵器を開発し、それによってこの疲弊した国力を回復するなり、惑星全土を支配しなおすなりができれば、すべての問題が一挙に解決するのである。
果たして、その通りになってしまった。
――……年、次元交換システムによる兵器利用の理論が完成。次元交換システムというのは――。
――次元交換システムを利用した兵器の基本運用方針は――。
まさに、岩塊所有国がのどから手が出るほど欲していた情報であった。
早速岩塊のお告げ通りに理論をまとめ、兵器を開発し、すぐさま所有国は、自国以外のすべての国が参加している国際同盟に対して宣戦布告を行った。
まさに惑星を二分する世界戦争の始まりであった。
岩塊所有国は新たに発明した次元交換システム兵器によって戦局を有利に進めていく。
だが国際同盟陣営も、TWE理論兵器によってぎりぎりで持ちこたえた。
戦局が動かないまま数年が経過し、兵器の出力は際限なくあげられていった。
そしてとうとう、高等生物たちの理論限界まで威力を上昇させられた両兵器が真正面からぶつかった。
――……年、次元交換システムとTWE理論によるインフレーション効果が発見される。このインフレーション効果というのは、一定以上に高められた次元交換エネルギーとTWEエネルギーがぶつかり合うことで、莫大なエネルギーが発生するというものである。
岩塊のお告げは、一瞬遅かった。
もしそのお告げを解読し、全世界に発信する余裕があれば、最悪の事態はまぬかれたのかもしれない。
結局、インフレーション効果は発生してしまい、惑星を丸ごと飲み込み、惑星に住むすべての生命とともに惑星は宇宙から消滅した。
だが岩塊は、非常に強力な合金に守られており、惑星の崩壊を免れ、再び宇宙を漂い始めた。
そして、相変わらず電波を発しているのである。
――……年、インフレーション効果によって惑星が崩壊。我々の文明も宇宙から消滅することとなった。
この岩塊は、我々の文明がどのような歴史を歩み、どのような発見をしてきたのかを端的にまとめ上げたものである。
開発者たるわたしはこのメッセージを、宇宙船のなかで書いている。
岩塊の設計理念はただひとつ。
この岩塊を拾い電波を解読できた文明が、我々と同じ道を進まないようにするためのものである。
宇宙からの電波に耳を傾けているということは、少なくとも相応の科学技術は持ち合わせているのだろう。同時に、遅かれ早かれ我々の発見した科学理論も身に着けるだろう。そして、我々と同じような失敗を繰り返し、文明ごと消滅してしまうかもしれない。
老婆心かもしれないが、わたしはそのようなことを望まない。
長い年月をかけてゆっくり成長してきた文明がこの宇宙から消えることを望まない。
願わくは、我々の失敗を糧に我々の文明よりもさらに前進し、宇宙にその名を刻んでほしい。
もうすぐで宇宙船のエネルギーも切れ、わたしの命も尽きるだろう。
頼んだ。新たな文明たちよ。
結局、この岩塊を拾った文明は、岩塊のメッセージを最後まで聞くことなく滅んでしまったのだが。
――繰り返す。この岩塊は、我々の文明の失敗を糧に、君たちの文明の進歩を促すものである。
そうしてまたとある星のとある文明が、この岩塊の電波をキャッチし、解読し、その内容に驚愕する。
はてさてその内容は、ただの歴史や科学技術の羅列としてとらえられるのか、あるいはしっかりと、新文明の進歩を願う作成者のメッセージだったのか。
文明の発展は究極の運試しなのかもしれない。